8話
その部屋は独特の匂いが立ち込めていた。
とはいってもそれは誰もが顔をしかめるような悪臭というわけではなく、ある種の仕事に携わっているものなら嗅ぎなれたもので、大体の子供は嫌悪…というよりかは恐怖している匂いだ。
棚に所狭しと並べられた瓶詰の薬品、壁や天井から紐で吊るされている動植物の乾物や薬草。
商品の劣化招くために日の光が直接当たるのを嫌い、窓は最小限。それによって店内は常に薄暗くどこか不気味な雰囲気を醸し出している。
がらんがらんと、ドアにつけられた鈴が乱暴に鳴り響く。
店主は客の来訪かと品物を整理していた手を止めて振り向いた。
「はぁはぁ、た、助けてくれ」
一目で厄介事だと店主は察した。
辺りを走り回ってでもいたのか店に入ってきた青年は息苦しそうに肩で息をし呼吸を整えようとしている。
その青年の服はぼろぼろなのを差し引いてもあまり良い品ではなく少なくともこの町でこんな格好をしているのは浮浪者くらいなものだ。
そしてこの町の浮浪者であるならば少なくともここには寄り付かない。ただ飯を食べたいだけならば金の稼ぎ方を稼げる場所を知っているからだ。実際にやる奴は少ないらしいが。
この青年がこの町の浮浪者の一員じゃないというのであれば次に考えられるのはどこぞの農民や漁民あたりだろう。
「うちは物を売るのが商売でね、助けが欲しけりゃ医者にでも頼ってくれ」
店主は巻き込まれたくない一心でそういった。
それでもきっと食い下がられるのだろうなとも思いながら。
腹が減っているのなら食べ物屋に行くのが道理なら、薬関係を扱うこの店に駆け込んできたのなら病や怪我を治すことが道理だろう。
それもこの男は街中を走り回れるほど元気で、この町ではないどこぞの村からここに辿り着けるまでの体力がある。
となれば治してほしいのはその村で療養している誰かだろうし、それならば薬屋なんぞに直行しないでまず行くべきは医者だ。
診療し治療するのは医者なのだから。
薬がなければその診た医者が買い求めに来るの常だ、素人に任せて違うものを持ってこられたら間に合うものも間に合わなくなる。
だからだ。
「それが…「医者を複数当たって全員に断られたからなんて言うなよ。それなら尚の事俺には無理だ」
青年は開いた口を塞ぐのすら忘れたかのようだった。
両手で顔を覆い俯き、今にも泣き崩れそうな様子だ。
店主は溜息を吐く。今の一言で素直に出ていってくれればいいものを、ここで泣きはらされても何ができるわけでもない。お互いにないもできることがないのであればせめて俺の気分まで下げさせないでくれよと店主まで嘆きたくなっていた。
青年が絞り出すような声で、
「……そんなところまで行けない、そんな奇病は聞いたことない、金がないなら駄目だ。人によって理由は色々だった」
「おうそうか、金も運もなかったな」
「金なら働いて返す!!距離が遠いってんならその分の金も追加する!!実際の病人を診てみたらどうしたらいいかもわかるかもしれないだろ? なぁ頼むよ、金なんかが人の命よりも大事か?違うだろう」
よほど切羽詰まっているのだろう、青年の剣幕は相当なものだ。
店主はがりがりと頭を掻きながら迷惑そうに言う。
「例えばこの街で病人を受け持っている奴がお前の村まで行ったとしてこの街の病人には死ねとお前は言うのか?」
「それは…」
「例えばそんな奇病なんて知らないと医者が言わず、医者の適当な采配でさらに村が墓だらけになってもいいと?」
「………」
「よしんばお前のいう病を治せたところでお前さん今、金を持ってないってことは蓄える余裕もないんだろう? そんな皮すら持ってないような奴の皮算用になんで乗ってやらきゃならない」
店主の言葉に逆上することもなく、しおしおと俯いてしまう青年はきっと根が純朴なのだろう。
だからさっさと出ていってほしかった。
言葉を重ねて悪い奴じゃないと知ってしまえば可哀そうだと余計に同情し、それでどうにもならないのだからまた余計に気が滅入る。
「…おかしいだろ、人の命だぞ」
「そうさ大事な大事な人の命だ。みんな生きるのに必死なんだよ、お前たちだけじゃない」
青年はとぼとぼと踵を返しドアに手を掛けようとしたところで立ち退いた。
からんからんと、外からドアを開けられたからだ。
「あわわ、すみません!!ぶつかりませんでしたか?」
そこにはおよそこんな薬屋には似つかわしくないような女の子が立っていた。