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7話

 いつもと変わらない日常を、と言えるくらいにはここでの生活も慣れてきました。

 先輩諸兄に優しく時に厳しく時には優しく物事を教えられつつも(教えられつつというもただ見せつけられることも多々ありました)何とかこの学び舎の生活に慣れようと邁進している所存です。

 アユ様の助言に従って学び舎の学会に参加していた私ですが、その中でもその考えを更に知りたいと思える方に出会ったのです。

 それはもちろん憧れの学長様。……と言えればよかったのですが、学長様の率いる集団に名を連ねるのには様々な条件があるそうでとても私には縁遠いものでした。

 話を深く聞けば例え学長様に関知されていなくとも学長派を名乗るものも少なくはないものなのだとか。

 しかし、そんな紛い物になっても仕方がありません。

 少なくとも私は真っ当と私が言えるものになりたいと、そう願うのです。


「ローラちゃんや、渡した学説はもう読んだかい? じゃあ次はこれを頭にいれなぁ」


 そう言って本を渡してくれたのは入学した日に学び舎内を案内してくれて、そしてあの日私を諫めてくれた先輩、テレーサ・モーセッソンさんです。

 そう私は今このテレーサさんに師事しています。

 一般的な学校における先生と呼べるものがいないこの学び舎において同じ生徒である誰かに師事することは珍しくありません。

 そして誰に師事するも自由で基本的にお互いの了承が得られればそれは成立します。

 自分のやりたい事と系統が似通っている人に、まさに目標が同じであるとその研究グループの長に、研究テーマは全く違うけれどその知識量に魅入られて、単純に気が合ったからとお互いがお互いを弟子であり師であると笑ってる人もいました。

 あの時テレーサさんに新しい軟膏についてのお話を伺った後すぐにそれについて調べました。

 するとまさか、


「まさかあの時の先輩が新しい軟膏の開発者だったなんて、その場で言ってくださればよかったのに」

「自分で自分の発明(もん)を天狗になってひけらかすなんて恥ずかしいんだぁ」

「でもちゃんとあれが広まっていれば、あの武器軟膏の人だって……」


 あんな勘違いをしなくて済んだのにという言葉を私は飲み込みます。

 それはテレーサさんに対して失礼になるなんて弁えたような理由からではありません。

 だってもしあの武器軟膏の学説発表がなければ私はテレーサさんと会えていなかったかもしれませんもの。


「そういう面倒なことをやってくれるところが学び舎の良いところだよぅ。勝手に売って勝手に金に換えてくれる。発明する才能があれば商品を売るのだって才能ってやつがあるのさ、得意な奴に任せておけばいいし、何より同じ学び舎であるならそれだけで信用できるぅ」

「……いくら私の故郷が小さな村だと言ってもそういうのには敏感なつもりだったのですが、私は今まであれを噂すら聞いたことがありません」


 どれほど画期的な考えや物であっても、広まらなければそこで終わりです。

 私はあの軟膏がどうして世に広まっていないのか、不思議で仕方ありませんし、テレーサさんが何を恥ずかしがっているのか分かりません。

 とはいえ、学び舎内では当たり前のように広まっているのも事実で、どうして外には広まっていないのでしょう。


「まさか学び舎内で独占しようと」

「そんなことしたら、あの金に五月蠅い事務長が黙ってない。つかテレーサさんの手、煩わせてないでさっさと勉強して」

「あぅ、ごめんねトゥーちゃん」

「謝るのならテレーサさんに」


 学園に渦巻く大いなる陰謀を今暴かんとするも無碍もなくバッサリと否定されました。

 この切れ味のいい言葉を操る彼女はトゥーバ・ノベル、テレーサさんを師とする私の姉弟子です。

 物事をはっきりと物怖じせずに言える良い子、なのですが初対面の頃からこの調子だったので正直苦手でした。

 しかしそう、でしたです。彼女と一緒に過ごした時間は今もそう長いとはいえませんがそれでも彼女の優しさに助けられたことは何度もあります。

 ……いえ、これでは私が助けられてばかりのポンコツみたいでいやですね。


「はぁ……、それにしても学費免除の噂の新入生がここまで知識が無いとは思わなかった」

「なっ、今心の中ですごくトゥーちゃんのことを褒めていたのに」

「勉強の手が止まってると思ったらそんなこと考えてたのか」


 呆れ顔で私を見つめてくるトゥーちゃん。

 ふーんだいいんですよ別に、そんなつっけんどんな態度だと誰も寄ってこないんだから。


「それはそう。それでいい」

「ほえ?」

「うちはテレーサさんが自身の研究をできればそれでいい。お前みたいなテレーサさんの邪魔をする奴らを排除できればそれだけで」


 トゥーちゃんは疎まし気な視線でこちらを見ると


「だからあんたもいなくなるならさっさといなくなればいい」

「またまた~、だったらあんな丁寧に教えてくれないですよ~」

「目的が振れていないだけ。あんたが役に立つなら何も問題はない」


 わしりと私の頭を鷲掴むとテレーサさんが渡してくれた本へと視線を向けさせられました。


「だからこの程度も覚えていないならさっさと覚えて。できないなら帰れ」

「分かりました、分かりましたよ~」


 なんて、トゥーちゃんとのやり取りが楽しくこんな態度をとってみたり。

 私の故郷は小さな村でしたからね。同年代という言葉を使ってもどうしても年齢に大分な差ががありました。

 それが流石は都会にある学び舎というべきでしょう、えぇ同じ年頃を集めたわけですらないというのにそれでもアユ様をはじめアレクシス様にトゥーちゃんともう三人も年齢の差を感じなくて済む人に出会えました。

 気兼ねなく話せて、近しい年齢だからこそ共感できる感覚というものを一度は感じてみたかったのです。

 とはいえそればかりにかまけてはいられませんね。

 トゥーちゃん相手にはこんな感じでも、別に私はここでの勉強が嫌いというわけではありません。何より知りたい何かを調べられるだけの蔵書が、教えられる知識を蓄えた人が、あるいは探すための方法がここにはあるのです。

 分からないことを自分で考えるか諦めるかしかないのが当たり前で、分からないのに何が分からないのか分からないようなことがあっても相談できる人がいる。

 この環境は私にとって望外に恵まれたところです。


「ローラちゃんとトゥーや、昼食がてらお使いにぃ行ってきておくれ」


 黙々と私は勉強を、トゥーちゃんは写本をし続け、お腹の虫がそろそろ騒ぎそうな頃にテレーサさんがそう声を掛けてくれました。


「それならうちが先にお使いを済ませてきます」

「いんやぁ、急ぎの物でもなぃ。二人でランチでもして親睦を深めてくるといいさぁ」

「別にうちはここに友達を作りに来ているわけでは…」


 不服であることを隠そうともしないトゥーちゃんの口をテレーサさんが人差し指一本で次の言葉を出させないように押さえます。


「トゥーや、あんたは少し視野が狭いところがあるぅ。世の中何がつながっているかも分からないもんだぁ、色んなものを見て聞いて学べぇ」


 そう言われたトゥーちゃんに返す言葉は無いようでした。

 言葉を噤む表情をありありと浮かべつつも、むぅっとしたトゥーちゃんは何も言いません。

 そんな様子を見てテレーサさんは、


「そういう所だぞぅ」


 言外に、あるいは言葉通りに自身の後進を諫めているようでした。

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