19話
海辺に散歩に出た。
あの学び舎から人が来てからというもの、あっという間に病は村から追い出されていった。
助けを求めた時は話も聞いてもらえなかったというのに、もう駄目だと覚悟した最後の最後に来るとはいったいどういう心変わりだったのだろう。
海から吹き付ける風は村の人達が病に臥せる前と変わっておらず、病が治るように祈願していた時とも変わっていない。
ただ変わったのはその潮風を感じる僕自身の身体だ。
「ターレンさん、お散歩ですか?」
彼女と会話するのは目を覚ましてからこれが初めてだ。
彼女を見かける機会は何度もあった。
ただいつ見かけても彼女は忙しそうに働きまわっていて、とてもじゃないが声を掛けて呼び止められる様子ではなかった。
前だったら彼女の背を追いかけて手伝うことを理由にできただろう。そうしてありがとうと感謝を伝えることができただろう。
あれから、少なからず時は経っている。
だというのに俺は未だに気持ちの整理がついていない。
「……この身体にも慣れないといけないからね」
口から出た言葉は冷たいものになった。
無意識に先の無くなった太腿を擦る。
彼女が悪いわけではない。
それは分かっている。
ならこの態度はなんだ、まるで彼女を責めているようじゃないか。
「ごめんなさい」
「いや待ってくれ、ちが…」
彼女の方へ振り向こうとした拍子にバランスを崩した。
持ち直すこともできず、無様に尻もちをつく。
彼女が駆け寄ってきているのを後目に立ちあがろうとしてまた転けた。
見れば足の代わりだと言う器具が外れていた。
「大丈夫ですか!そのまま座っていて下さい、私が……「やめてくれっ!!!」」
分かってる、頭では分かってるんだ。
ただそれでも俺は…
「たくさん死んだ。だから生きているだけでも幸運で、何より家族が死んだ奴らの前でこんなことは口からが裂けても言うべきじゃない。それでもだ、それでも俺はどうしてこんなになって生きている?」
村の奴らが死んだのは、ましてや親爺が死んだのは彼女達のせいじゃない。
彼女達は救ってくれたんだ。
彼女達がいなければ今頃村のみんなは一人残らず死んでいたかも知れない。
どう考えたってこんな言葉をぶつけられる筋合いなんてないんだ。
「見ろこの恥かく姿を!ただ歩くだけでも苦労して、たかだか転けて起き上がるだけでも難しい」
本当に恥ずかしいのはこんな八つ当たりで叫んでいる俺だ。
俺が探して、俺から助けを求めて、今俺はその手を思っていたのと違うと喚いている。そんなことってないだろ、子供の癇癪と何も変わらない。
そうだ、何も変わらない。感情のままにただ怒って叫んで地団駄を踏む。
あぁおい待て、待ってくれ。それは不味いその言葉は駄目だ。彼女にこんな罵声を浴びせているだけでもよほどなことなんだ。
だからせめてそれだけは言わないでくれ。
「こんな状態でどうやって漁をするっていうんだ。こんなことならいっそ…いっそ…!」
頬を流れたもののせいで潮風がやたらと冷たい。
その冷たさで自分が泣いていることに気が付いた。
「いや…違う、分かってるんだ。治してくれたんだよお前達は。だから生きている」
そう生きている。足が一本なくなっただけだ。他はもう問題なく動かすことが出来る。
だけれど、いいやだからこそ、もし違う世界が未来があったなら
「初めから…あいつらが、『パンドラ』が来ていれば変わっていたのかな」
「パン…ドラ?」
彼女の言葉にさっと血の気が引く。
「ローラさん、君は!?」
そんなはずはない。知らないはずがない。
だって彼女はあの学び舎の学徒だ。
出会った薬屋でも学び舎にいる先生だか師匠だかのお使いって話だったじゃないか。
あのパンドラの悪名も名声もこんなひなびた海村にすむ俺だって聞いたことがあるっていうのに。
いやそんなまさか……、
「……そうか俺が馬鹿だったのか」




