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14話

〇月△日

 村に到着。

 保護及び看護を教会が担う。男性の知人が教会にいたので話はすぐにつきました。

 さっそく容体を見させてもらう。

 発熱、嘔吐、水状の便、肌の変質(黒っぽく爛れた様子)

 大丈夫、肌の様子はかなり悪そうだけどどれも対処できる。

 人手不足でターレンさんも手伝ってくれています。往復になっている分、私よりも体力の消耗が激しいはずなのに。余程、この村の事を大事に思っているのでしょう。

 必ず、助けます。


〇月×日

 村に来て3日。

 初日から薬を処方するも数名が死亡。間に合わなかったことが悔しい。

 せめて安らかに眠られるよう追悼を。

 同じく服薬に応じられた他の方々は便通、発熱共に改善されている兆候。ただし肌の様子はあまり変わらない様子です、塗布する頻度を上げるべきか。

 ターレンさんに休むようにお願いしました。ご本人はまだ大丈夫というけれど傍目から見ても彼が限界であることは明らかです。この病魔の手にかかりたくなければ、なんて脅すような形になったのは心が痛みますが引き下がろうとしない彼のためと思いましょう。


〇月〇日

 村に来て6日。

 確かに病の兆候は薄れてきているのです。元気になれるかどうかはあとはその人次第。快方に向かっている方もいるのです。あとはもう少しの辛抱でしょう。あと少し、あと少しです。

 ターレンさんもこの病に臥せってしまいました。

 休むふりをして裏で抜け出して仕事をしていたそうです。 最初から手伝わせるべきではなかった。下手に仕事を教えるべきではなかった。

「海の男の最後がこんなのであっていいわけがない」

 彼のうわ言にでたその言葉を私は果たしたい。


○月△×日

 おかしいおかしいおかしいおかしい

 どうして病の兆を抑えているのに死ぬ人が一向に減らない

 やはり肌、肌をどうにかしなければあの黒ずみ爛れた肌を

 でもどうやって?

 それでもどうにかしなければ


○月ー


 ターレンさんも起き上がるのが難しく

 もうどうすれば

 助けて

 いやまだあの肌を

 助けて

 やるしかない

 誰でもいいから




※※※




 ぐったりと重い身体をそれでも無理にでも起こす。

 眠れたのか眠れていないのかも私には分かりません。

 この教会の一室をお借りしてもう何日経ったのでしょう。

 書いている日記で確認する気も起きません。

 このこの数日の地獄のような光景を思い返したくないのです。

 今すぐこの寝台でもう一度眠り起きれば大好きなお父さんのいるあの故郷になっていないかとふと考えてしまうほどに。


「いいえ…いいえ、まだです。まだ…」


 一つ。一つだけ思い当たることが、まだやっていないことがあります。

 それをするにはそれでもまだ躊躇いがありますが、もう考え付く限りこれしかないのです。

 そうあの黒い肌さえなくなれば。

 私が唯一抑えられていない病の兆はそれだけです。

 それさえなくなればきっと。

 気が付けば私は、村で一番危険な状態にある方のベッドの傍で、どこから持ってきたかもわからない鋸を片手に立っていました。


――っ!、一体何をしようとしているの私は!!


 膝から崩れ落ちるだなんて言葉で聞いたことしかありませんでした。

 身体の力が一瞬全て抜けてしまうなど気力が失われるなど言葉にしようとすれば色々あるものの、実際にそうしてしまう側になってみれば、ただ気が付けば膝をついていました。

 せめて放心と脱力と共に手から離れていてくれればいいものを固く握られたそれは私のやろうとしていたことを確かに証明しているのです。


「いやぁ!!」


 思わずそれを投げ捨てました。

 からんからんなんて可愛らしい音はたたず、ダッという鈍い音をたててその切れ味を誇示するように床に突き刺さります。


「私には……もう何も」


 何もできない。出来ることが思いつかない。

 熱にうなされる声、糞尿の悪臭、まるで体の中から蝕んでいるかのような黒い皮膚、そのすべてから逃げたいと解放されたいと、私は外へと続く扉に手をかけた、その時です。


「……何の音?」


 聞いたことの無い何かが外から聞こえてくるのです。

 ボッボッボッという何かくぐもった何か。

 それは近づいてきているのか、次第に音は煩わしいほどに大きくなっていきました。

 得体のしれない何か出現に身を隠そうかという考えがよぎった途端にその音は止み、扉が外から開け放たれたのです。


「おや最初で正解を引いたようだ、運がいい」 


 私は目を疑いました。

 この方がこの場にいるわけがないのです。

 私がその方を見たのはたった一度しかありません。ありませんがこの方だけは見間違えようがない。

 だからこそ今この場にいることが、いてくれていることが信じられません。


「なん…で、どうしてここに?」

「いやなに不始末の後処理だよ。一人じゃ知り得ることが限られてくるが集団になればそれなりに、ね」


 縋るように伸ばした手をその方は優しく握ってくれました。

 その手は手袋を嵌められていて優しさなんかとは無縁の無機質さでしたが、私にはとても優しくて暖かく思えました。

 その温かさで私はようやくこの方が、学長様がここにいると実感できました。


「しかしそうか。なかなか酷いようだね」

「……たくさんの人が死にました。たくさんの人が苦しんでいます、このままだと彼らも」

「そうだろうね」


 学長様は辺りをぐるりと見回し、


「なるほど。君、ちょっと村の入り口までお使いを頼むよ」


 そう言うと学長様は女性が付けるには物々しいマスクで顔の下半分を覆います。


「私の仲間たちが追い付く頃合いなんだ、『旗色は黒、全部装備で』と伝えてくれ」


 しかし学長様がそれを付けると、なぜかそれが本来あるべき姿のように見えるのですから不思議でした。


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