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13話

「おや……なるほどなるほど。トゥー、あんたがこんなに分かりやすい奴だったとはねぇ」


 研究資料を纏めるため机に齧りついていたところを頭の上から声が降ってきた。

 こういった作業は途中で中断せずにせめて切りの良いところまでは進めてしまいたい性分だ。それに最近はあのお邪魔虫がいるせいで効率が悪くなっている、だからあれがいない今こそマイペースで仕事を進めていきたい。

 けれどこの声の主がテレーサであるのだから中断しないという選択肢はない。


「何がですか?」

「何がって、もうお昼の鐘が鳴るころだよぅ」

「それがどう…」


 言いかけたところでトゥーは気が付いた。テレーサの視線が自分の手元にある書面に向いていることに。さらに言えばその内容が可笑しなことになっていることにも。

 計算していた内容が途中から書面の上ではそれっぽく取り繕われているけれど、現実的に考えれば有り得ない数字になっていた。

 せめて言い返そうとする前に確認しろ、そう心の中でトゥーは自身に悪態を吐く。


「気になるのなら……いいや、違うねぇ。行きたいと思うのなら今からでも追って行ってかまわないよぅ。場所は聞いているんだろう?」

「確かに気になってはいます、けれど行きたいかまでは……」


 飛び出していったお邪魔虫、ローラ。その後を追うということはあの男の村に蔓延っているという病を治めるということだ。

 あの後すぐに分かれたためトゥーはその村の様子を人がバタバタ倒れて死人も出ているくらいしか聞いていない。

 そんな話だけではトゥーは自身の手におえるものなのか判断がつかなった。

 いいやそんな話だけではまともな人であれば軽率に引き受けるわけがない。

 仕事を引き受けるということは責任を持つということ。金銭なり物品なり報酬を約束するのならそれは当たり前の事だ。


「テレーサさんはどうしたらいいと思いますか?」

「別にどうにでも」


 トゥーは知っている。こういう時のテレーサはこう答えるということを。

 分からないことを聞けば教えてくれる、悩んでいることがテレーサにも分からない事なら一緒に考えあるいは一緒に調べてくれる。

 ただし何をしたいのかだとか何をすべきなのかといった悩みのときは口を出さない。

 問題を解く手伝いはしてくれても、最期に解くのはトゥー自身だったし何を決めるのもいつもトゥー自身に決めさせていた。

 曰く、


「…楽な方を選ぶのならともかく楽な方に流されちゃ駄目、ですよね」

「良い子良い子、今まで教えてきた甲斐があるってもんだよぅ。やるもやらないも、望むも望まぬも、そうなってしまった以上は受け入れなきゃいけないよぅ」


 そう言って頭を撫でてくれるテレ―サさんの手はいつだって優しい、いつもトゥーを元気にさせてくれるのになぜだか今日は少しだけもやもやが生まれる。

 ローラがやると言って勝手に出ていった。

 あの調子では自分の手におえるかどうかなんて微塵も考えてはないだろう。

 そりゃ失敗することだってあるだろう、人のやることだから仕方がない。ただこれは人の命に携わることだその重さをあいつは本当に分かっているのだろうか。


「……やりたいことをね、自分の意志で選べるということはすごく幸運なことなんだよぅ、トゥー」

「前にも聞きましたよ。だからこそやりたくない事でもやり遂げられるって。……うちはうちの意思でローラについて行かなかった、それだけです」

「ほほ、ほんに物覚えのいい子だねぇ。じゃあもうひとつ、だ」


 もうひとつ、テレーサが新しいことを教えてくれる時の口癖。

 それはテレーサが本当に伝えたいことを言う前の癖だともトゥーは知っている。


「トゥーあんたあの娘、ローラをどう思った?」

「どうって…、()()()()()()()()でよく学園に入って来られたなと」

「よぅく見えてるね、それならあの娘が助けに行ったっていう村はどうなるだろうねぇ」


 テレーサはただ答えを教えるということあまり好まない。自分で考え、導き出した答えこそ身になるといつだったかそう言っていた。


「何も変わらない、と思います」


 助けを求めていた男の言うような病が蔓延しているのだとすれば何もしなければ全滅に違いない。

 或いは村が()()判断を下せば犠牲を出すだけで済むかもしれない。


「あんたはほんに優しぃ。それは悪いことではないけんどいつもそれが美徳だとは限らんよぉ。あんたはもう考え至っているはずだぁ」


 嘘は言っていない。

 考えついたことを全て言っていないだけだ。

 テレーサはそれを優しさと言ったが、トゥーはそんなつもりはなかった。

 別にローラのためを思って伏せた訳じゃないからだ。


「良くて何も変わらない、でもローラが行くことで余計に悲惨なことになる可能性が高くなると思います」


 医者が来た。藁をも縋る状態の村であれば期待するだろう。それが学舎からと言う箔が付いていれば尚のこと。

 それが例え知識のない阿呆だとしてもだ。

 周りは信じては縋り、治ることを夢見て、希望を抱いたまま死ぬ。

 個人であればそれだけで済む。でも今回は悪いことに村という規模だ。

 聞いた話では随分と小さな村という話だったけれど、どれほど小さかろうと村と呼べるほどには集まっている人の群れだ。

 希望が無ければどこかで()()判断をする、ようするに見切りをつける考えも浮かぶだろう。

 けれそあと少しすれば助かるかもしれないと思えばこそこれ以上広まらないように始末つけるという選択はとれなくなる。そうして事を始めてからケロッと治る者が出始めれば目も当てられないのだから。

 希望があれば最後まで縋ってしまう、たとえそれが望みの無い希望であっても。


「どうせ滅びゆくには変わりない事だったのかもしれないよ」

「その原因の1つに学舎の名前が関わりそうになってるのがうちは気にしてるんです!何度止めそうになったことか」

「止めたのかい?」

「…それは学舎のマナーにもテレーサさんの教えにも反しますから」


 どれほど危険な行いであってもそれを止める事や咎める事は学舎ではマナー違反とされている。

 やっている者が必要性を感じて行なっているのだから周りが何かを言うべきではない。と言う方便で、自分のやりたいことを煩わしいことなくやりたい輩が集まってここはできている。

 この話にしてもそうだ、ローラも学舎の一員であり、村へ向かうという判断を下した以上、トゥーの勝手な判断で止めるわけにもいかない。

 もしかするとトゥーの知らない技術をローラが持っていることだってあるのだから。

 

「いい子いい子、なぁに案外ローラちゃんが上手い事やってくれるかもよぅ」


 そんなわけがない。

 それがトゥーの率直な感想だ。

 けれどローラが上手くやっていればいいと心の底から願う。


「どうしてローラはあんな特別な待遇だったのですか」

「さぁねぇ。あたしも何も聞かされてないからどういう腹積りだったのかは分からなぃ」


 せめてローラが学舎に来る前のただの田舎の医者の娘だったらそこまで信用もされなかっただろうに。

 はぁ、と思わずため息が出る。


「ふぅむ、こりゃあ重症だねぇ。……しょうがない、事の発端にでも追及してきてやるぅ」

「事の発端?」

「あぁそうさぁ。どういうつもりかは知らないけんど、あれはあれなりに責任を持つやつだかんなぁ」


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