うたかたの -参
「趣味嗜好は夫々と言うけれど――」
2本の針金が鍵穴に差し込まれる。
先端が複雑な形の針金、油の小瓶、鞣した薄皮をサイドテーブルの上に広げ、カインは「なるほど、サバノス式か」等と呟きながら針金を巧みに扱う。随分と手慣れた様子だ。
「年齢的にも、肉体的にも、この娘がきみを受け容れるには少し早いと思うがね」
「……だから違ぇっての」
冗談に聞こえないカインの言葉に、ディランはいつの間にか用意された来客用の椅子に腰を落とし、疲れたようにガクリと項垂れる。
言い返すだけ無駄と悟ったらしい。
ディランがカインと顔を合わせるのは彼此半年振り、今回を加えると3度目になる。友人と呼ぶには程遠く、顔見知りと呼ぶのが正しいだろう。
だが、遠慮のない物言いは初対面の頃から変わらない。
初対面の時も、
『医者のような者ですよ。開業はしていませんが』
冗談のような自己紹介を受けてから何気なしに「先生」と呼んでいる。
年齢が近いこともあり、互いに丁寧口調は即座に崩れたが、ディランのカインに対しての呼び方だけは変えていない。
今回は少女の特殊な状況もあり、淡い期待を抱いての訪問だったが、カインに解錠技術があったことは嬉しい誤算と言えた。ただ、こうなるとディランは本来の目的の姿がない事に気が気でなくなってくる。
「……」
先程から針金の動く様子が気になるのか、少女の視線はカインの手の動きを追っている。表情こそ変わらないが、ディランに連れてこられた頃と比べても随分と警戒心が薄れたようだ。
「っと、もう終わりか」
鍵穴から錠の外れる音がした。
カインがゆっくり手を離すと、少女の首を覆う鋼鉄製の枷が自重に負けてズルリと床に落ちる。
枷ひとつの解錠に2分も掛かっていない。
錠の構造が単純なのか、解錠者の技術が優れているのか、素人にその判別できない。だが、その後もカインの手は止まることなく、両手の枷もあっさりと解錠してしまった。己の役目を終え、鎖と絡み合う姿を晒した枷の姿が答えなのだろうと、ディランは自分なりの結論を出す。
「……」
枷から解放されても少女は逃げ出す素振りすら見せない。
諦めているのか、それともこの場を安全と感じたからかは分からない。
「ふぅん、さすがの造形だな」
カインは無遠慮に少女の細い顎を持ち上げ、顔の角度を変えさせては何度も見て回し始めた。
少女も抵抗らしい抵抗はしない。
「せ、先生いきなり何してんだよ!?」
人形を品定めするかのような扱いに、さすがのディランも椅子から腰を浮かせて止めようとする。
少女の過去は憶測の域を出ないが、汚れた格好を見れば好待遇でないことは容易に想像ができた。だからカインの粗暴とも受け取れる行為は辛い記憶の引き金になると考えてのものだった。
しかし、カインは人差し指を唇に当て、何の感情も動かない冷徹な瞳をディランへと向ける。
椅子から浮かしかけた腰は、それだけで空中でピタリと動かなくなる。自分より線の細い優男には有無を言わせぬ圧力があった。詰まる所「黙って聴け」ということだろう。
「これに心当たりは?」
「!? なんだよこれ!?」
カインが少女の髪を掻き分け、それがディランの目に飛び込んできた。
次の瞬間、カインに対する感情はどこか遠くへと吹き飛んでいた。代わりに沸いてきたのは腹の奥底からの静かな怒りだった。
「指の痕じゃねぇか…!!」