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スライムライダーな物語

スライムライダー・プロローグ A‐part【短編】スライムライダーな俺~いつか伝説の戦士になる所存 

冒険者を志すジャンは、冒険者登録で『天職』スライムライダーを得る。が、スライムに乗り戦うという姿がしっくりとせず、普通の冒険者として活動を始める。街の薬師に薬草の採取の仕方を教わる為、ジャンは薬師の見習であるジャンヌと近くの森へと足を踏み入れる。やがてそこでスライムと邂逅したジャンは、スライムライダーの真の力を知る。



「父さん、母さん行ってきます」

「おう」

「どんな職業になるのか楽しみねジャン。行ってらっしゃい」


 ジャンは鍛冶屋の息子。鍛冶屋の息子は鍛冶屋になるのが世の習いだが、ジャンの父親のピエールも、母のマリエンヌも息子の将来は息子に決めさせようと考えていた。


 今日は、ジャンが冒険者の登録に行く日。冒険者は誰にでもなれる職業であり、傭兵と猟師の中間のような仕事を「依頼」を受けて行う仕事だ。


 口の悪い人間は「誰でもなれる破落戸と変わらない仕事」などと言うが、ちょっとした用事を頼む人も少なくない「便利屋」「お手伝い」といった性格もある。少なくとも、世間を知るために若いころ一時期、そうした職業につく意味はあるとジャンの両親は考えた。


 職人として一流になるには子供のころから鍛冶に専念した方が良い。けれど、大概の鍛冶屋は二流三流の腕になる。同じ三流なら、使い手の立場に立った物作りができる職人の方が好まれる。


 腕の良い職人であるだけでは商売は成り立たない。お客と対話できる職人になるために、冒険者として依頼を熟し、実際に道具を使う側としての経験を何年か積むのも悪いことではないだろうと。





 ジャンの住む小さな街には冒険者ギルドの出張所はあるが、登録迄できる支部はない。なので、隣町まで行く知り合いの馬車に乗せてもらうことになっていた。


 街の出口で待ち合わせしていたジャンは、挨拶をすると馬車に乗り込む。


「ジャンは鍛冶屋を継ぐんじゃねぇのか?」

「判らないよ今は。冒険者として世間を見て来いって父さんは言ってくれたからね。鍛冶屋もいいけど、生まれ育った街以外も知りたいんだよ」

「そりゃそうだな。俺も、若い頃は行商人をして、あちこち歩いたもんだ」


 今では街の雑貨屋の店主となっているが、若い頃は、国中を行商して

歩いたのだという。


「俺もそんなことしてみたい」

「駆け出しは、薬草摘みと雑用依頼だろ? 冒険者としてあちこちいくなら商人の護衛とかになるから、パーティーを組まなきゃだしな。それには、ある程度、腕が立つと認められることも必要だ」


 ジャンは街の守備隊長に剣の手ほどきを受けていた。父親の客でもあった守備隊の兵士たちに混じって、剣と槍の操作を教わったのだ。隊長には「筋は良い。あとは自分で剣を振り続けなさい」と言われ、この一年、剣を振り続けたし、剣筋も良くなったと褒められている。


「剣はそれか」

「ショートソードで街中でも邪魔にならないからって」


 未だ成長途中のジャンには大人用のロングソードは大きすぎて振れない。護身用のショートソードで十分だ。柄を長めにしてもらい、両手でも振れるように加工してもらっている。


「親父さんの餞別か」

「仮成人の祝だよ」


 子供は七歳くらいから親の手伝いをし、将来の仕事の見習を始める。とはいえ、それは本業に差しさわりの無い雑用の手伝いだ。鍛冶の業を学ぶのなら、十から十二歳くらいになってから徐々に技を教わっていく。本格的には成人の十五歳からだ。


 仮成人とは、その前の十から十二歳の間の「仮」の成人。貴族の子息なら「騎士見習」となる年齢であり、それ以前は「小姓」と呼ばれる貴族としての振舞いを学ぶ期間だ。


 体が大人に近づき、そろそろ本格的な大人の仲間入りをする準備をする年齢でもある。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 冒険者ギルドの建物に到着する。中に入ると、既に昼近くであることもあり、混雑してはいない。左手に依頼の掲示板が難易度ランク別に貼りだしてあり、正面には依頼の受付と買取のカウンター。右手には食堂兼打合せ用のスペースが広がっている。何人か遅い朝食を食べている。


「ようこそ冒険者ギルドへ。冒険者登録でしょうか?」


 ジャンも話には聞いていたが、冒険者ギルドの受付の多くは若い美人さんだ。男の冒険者が多いので、必然だとか。


「はい、俺、ジャンと言います。これ、登録の書類です」


 住んでいる街の出張所でも、登録の書類は扱っている。仮登録ならできるのだが、正式な冒険者証ではないので、冒険者としての依頼達成の情報などを集積できない。簡易的な採取依頼などの買取に用いられるのだ。


「書類に不備はありませんね。この承諾書は自筆ですね」

「はい。名前は書けるので」


 ジャンの家は職人なので、契約書自体は代書屋に書いてもらう事も少なくない。鍛冶屋のギルドで定型の契約書で事足りるし、その程度の書面は職人でも一応は読める。が、書き足したり修正するのは代書屋に頼む。書けるのは簡単なメモ程度と自分の名前だけだ。ジャンも同じくらいには勉強した。


「では、冒険者登録の手続きを始めます。先ずは、冒険者の心得を読み上げますので確認してください。その後、内容を承諾した旨、サインをして貰います」

「わかりました」


 これは、通過儀礼的なものだ。ギルドに加わる場合は、そのギルドの定めたルールに従うと承諾する必要がある。違反すれば戒告や追放もあるのだ。


 犯罪を起こすな、依頼を履行しろ、冒険者同士協力しろ、他の冒険者を貶めるなといったマナー的なものが多い。約束守れで通用するように、事細かく定めているのだろう。言い換えれば、そうしなければならないほど、冒険者の素行がよろしくないとも言える。





 それなりの時間をかけて冒険者登録を行い、最後に職業の選択となる。これは、『役割』を大まかに定めておくことで、パーティーを編成する際に総合的な力を発揮するバランスをとる為の目安になる。


 全員が「戦士」というパーティーより、「斥候」「魔術師」といった技能を持つ者が加わる方が選択肢に幅が出る。敵を先に発見したり、罠を見破り、また、人ならぬ者に対応するには魔術を用いる方が効率が良い。


「斥候は専門の教育を受けるか、弟子入りする方が良いのよね」


 ジャンは魔術師ではないし、斥候の教育も受けていないので、恐らく『戦士』もしくは『剣士』としての登録となるだろう。


「街の守備隊の訓練に参加して、剣と槍の操練は教わりました」

「それは優秀ね。いきなり冒険者になろうとする子が結構多いのよ」


 小さく溜息をつく受付嬢。実際、相手をするのは大変なのだろう。子供の想像力というか妄想の中では、いきなりすごい力に目覚めて、英雄なり勇者になると考えて冒険者ギルドに意気揚々と現れるのだという。


「いないわけじゃないけど、ギルドの月報に載るほどの大ニュースなのよね」

「へぇ。でも、どうしてそんなことわかるんですか?」

「ああ。実はね」


 冒険者のギルド証をつくる際に、魔力を採取するのだという。本人確認のもっとも確実な手段らしい。その場合、登録した職業とは別に『天職』が表示される場合があるのだという。


「例えばどんな職業ですか?」

「高位の精霊がついている魔術師なら、『精霊魔術師』とかね」


 精霊魔術は『魔法』とも呼ばれ、自身の魔力を媒介として精霊の力をかりて大きな魔術を小さな魔力で引き起こす事ができる。空を飛び、雷雲を呼び寄せ雷を落とすこともできるとか。


「他には」

「勇者というのもあるわね」

「勇者!!」


 受付嬢さん曰く、世の中で「勇者」と呼ばれ者は、冒険者ギルドでは『英雄』とカテゴライズされるのだという。それは職業ではなく業績によるものであり、職業・天職とは異なるのだという。


「勇者は『加護』の一つで、周囲の人間、凡そ中隊規模の人員の戦闘力を10%押し上げる効果があるのよ」

「一割増って微妙ですね」

「いいえ、そうではないわ。戦場で一割増の力が発揮できれば、相当有利になるのよ」


 兵士同士の能力差は平均すればそれほど大きくはないのだという。相手を一割上回ることで、こちらの戦力は実際、五割近く増す計算になるのだという。


「一箇所戦列が崩されると、形勢が決まってしまうのが戦場よ。だから、扇の要の部分に勇者の中隊を配置することで、戦況を一気に有利にすることができるのよ」

「そんなものなんですね」


 とはいえ、数が互角ならともかく、圧倒的に不利であったり奇襲をかけられると、この勇者の能力は十全に発揮されないのだとか。使い所を選ぶ『加護』らしい。


「じゃあ、登録するわね。この魔石に手を置いて。魔力は勝手に採取されるので気にしないでいいわ」


 登録証の作成。天職が現れるかどうかの期待が高まる瞬間。しかしながら、自分に特別な力があるとは思えないジャンは、対して期待していなかった。


「どうです?」

「……何か出たわ『天職』」

「……え……」


 受付嬢は「ちょっと待っててね」と言いながら、背後の扉へと走り去って行った。暫くすると、初老の男性を伴って戻って来る。


「彼がジャン君です」

「俺はギルドの支部長だ。よろしくな」

「ジャンです。えーと……」

「おう。ちょっと『天職』が出てた。その……」


 支部長は言いにくそうなのだが。何か問題でもあるのだろうかとジャンは心配になる。


「いや、悪くはねぇ。ジャンは剣や槍を装備するつもりなんだろ?」

「そうです」

「なら問題ねぇ。お前の『天職』は『スライムライダー』だ」


 ジャンの頭の中は一瞬で真っ白になる。スライムライダー……なにそれと。


「スライムライダーってのは、戦士系の『天職』でな。騎士ってのは、騎乗して闘うから騎士なわけだろ? それが馬じゃなくってスライムなんだよ」

「……え……」

「だから、スライムに乗って戦うんだ」

「……え……」


 スライムに乗る……謎のパワーワードにしかジャンには思えなかった。スライムは知っている。あの水辺や草原の湿地に棲む不定形の魔物だ。馬は知性もあり言葉は無くても人間と意思疎通することができる。年齢だって人間ほどの寿命だし、寒い土地では人間と馬は同じ部屋で寝起きしているほどだ。


 けれど、スライム? スライムに乗るってどういうことなんだ。


「魔物使いって天職がある」

「はい」

「そいつらは、魔物と心を通わせることができ、馬や牛、犬のように飼いならすことができる。自分で戦うだけじゃなく、使役する魔物にも戦わせることができるんだよ。強いのは『魔熊使い』だな」


 魔熊とは、灰色熊が魔物化したもので、背丈は5m近くある。狩人や冒険者、あるいは兵士が百人単位で駆り出される討伐対象だ。


「スライムライダーってのは、スライム限定の魔物使いであり、戦士だ」

「どういうことですか」

「スライムに乗ることで、特定の「武技」を発動することが可能となる」


鋭い突撃と斬撃の攻撃『スラッシュ』やその上位技の『ブレイク』を発することができる。が、スライムに乗らなければ発動すさせることができない。


 徒歩あるいは、騎乗ではその「武技」を発することができない。スライムがいなければ、普通の「戦士」あるいは「剣士」にすぎない。


「悪い天職じゃねぇ。だがよ」

「魔物を同行させることに忌避感がある冒険者が少なくないわ。それと、護衛の依頼などの場合、依頼主が嫌がることがあるわね」


 スライムとはいえ魔物。これが、『魔熊』であれば元は熊であり、熊は飼いならせる動物なのでさほど忌避感はない。が、スライムは蟲のような感覚なので、余り嬉しくないのだという。


「それに、余り綺麗な場所に住んでいる印象が無いのよね」

「ああ……」


 川の流れの澱み、あるいは沼、もしくは街の排水路などにピンク色のブヨブヨとしたゼリー状の物質がいることがおおい。それがスライムに持つ一般的な印象だ。


「飼いならすなら、草原の薬草畑にいる『キュアスライム』だぞ。あれは、傷を癒す力を持っているからな」

「それに、飼いならして鍛えていけば、病気や毒といった異常も回復させる事が出来るようになるわ。戦士と回復系の魔術を扱える稀有な職業になるようなのよね」


 あやふやな言い回しをされたのだが、どうやら、登録の記録そのものが少なく、尚且つ、大成した記録がないのだという。


「孤独な天職っぽいですね」

「……なので、無視してもいいんじゃねぇか。無理してスライムを飼う必要もねぇだろうしな」

「もし、スライムを飼うなら、従魔登録が必要になるわ。それに、人魔一体の戦士と言うのも『伝説』のような存在だから……ダメもとで目指すのもお姉さんは有りだと思わ」

「おい……無責任なこと言うもんじゃねぇ」


 支部長は見た目よりもずっと真摯なようだが、受付嬢の話も理解できなくはない。ジャンも一生冒険者を続けるかどうか、全く決めていない。なら、伝説目指す方が夢詰め込めるんじゃないかと思わないではない。


「スライムを仲間に出来ないと始まりませんよね」

「まあな」

「そうね」


 ここにいても何も始まらない。ならば、先ずは薬草採取、そして、スライムと遭遇する事から始めなければならない。


「まずは、スライムと会ってきます」

「おう」

「従魔登録は出張所でもできるから、すぐにするのよ」

「わかりました!」


 ジャンは、歩いて自分の街へと戻ることにする旨、伝言を残してもらい、途中にある薬草の採取地を歩きながら帰ることにしたのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「薬草、けっこうみつかるもんだな」


 ジャンは道すがら薬草を採取しつつ自分の住む街へと戻っていく。薬草は時間が経てば劣化してしまうので、ある程度定期的に需要があるものの一つだ。乾燥させた方が効果が高まるものなどもあるらしいが、それは薬師の領分だ。


 ジャンの街にも薬師のお婆さと弟子の少女がいる。少女は近隣の村からお婆さんに誘われて見習として街に奉公に来ている態らしい。何度か挨拶したことはあるものの、ジャンの事を避けているように思える。


 ジャンはイケメンと言えるほどでもなく、愛嬌も今一だ。兵士の訓練に参加している時に、薬師の御遣いなのか詰所に来る時に顔を見ることがある。知り合いとはいえ、同世代の少女に避けられるのは少々心に来るものがある。


 そんな少女は、街の近くで薬草の採取をお婆さんとしているのだが、質の良い薬草はやはり森の中や街から離れた草原などで採取することになる。薬草の見分け方を教わったり、練習用の薬草なら近場でも問題ないのだが、薬効を考えると、冒険者などに依頼して採取してもらうことになる。


「これも見てもらって値段が付けばいいんだけど」


 採取した薬草を鞄に詰め込みながら、ジャンは街へと戻っていった。しかしながら、スライムはやはり街道沿いの人の気配の多い場所の近くにはいないようで、その辺も薬師のお婆さんに相談してみようかとも思うのだ。





「スライムライダーの天職か」

「まあいいじゃない。『勇者』の天職持ちは、国に召し上げられて、騎士にさせられた挙句、戦争で使い潰されるとかいうじゃない。そんなのよりもずっと良い天職だよ」


 確かに。騎士と並んでスライムに乗った自分が突撃をする姿とか想像することができない。多分、端っこのほうに独立して配置されるんだろうなとジャンは想像する。


「スライムってどうやって移動するんだろう?」

「さあね。ナメクジみたいにうねうねするんじゃないの」

「動いているの見たことねぇなそういえば」

「……」


 ナメクジに乗るのは想像したくない。なら、いなくてもいい気がする。とはいえ、魔物使いというのも悪くない気がする。荷物を持たせたり、自分の代わりに薬草採取させたり、色々働いてくれるのではないだろうか。


「スライム探してみるよ」

「おう、気をつけてな」

「無理するんじゃないよ」


 ジャンは、「薬草を見てもらってくる」と両親に告げ、薬師のお婆さんのところへ向かう事にした。




 ジャンは冒険者登録をしたこと、薬草を見てもらって買取をしてもらえないかと聞いた。薬師は弟子の少女に「見てやんな」と言い、工房へとジャンを案内させた。


「うはぁ、こんなに薬草があるんだ」

「組合せとその順番で、効果が変わるんです」

「へぇ」


 少女の名はジャンヌといい、年はジャンの一つ下だという。口減らしを兼ねて薬師のお婆さんの店で奉公しつつ、弟子のようなことをしているのだという。


「弟子じゃないんだ」

「弟子にすると……嫁にいけないからって」


 薬師を『魔女』だと思い込んでいる人間もいる。なので、薬師の弟子となると、そういう人間から目を付けられかねないらしい。


「表立って騒いでいませんけど」


 どうやら、大きな街の裕福な商人や工房主アタリが被れているのだという。


「碌なもんじゃない」

「そう思います。病気やけがを癒す、立派なお仕事なのに」

「薬師になりたいんだ」

「せっかくだから。農家の嫁なんて、子供産んで家畜みたいに働かされる何もない人生だもの」


 そんなものかとジャンは思う。なんだか結婚に夢を見る、近所のお姉さん達とはちょっと違うみたいだと。


「それでね。これは薬草じゃない分」

「え」

「そして、これは薬効がない時期の葉だから買い取れない分」

「ええ!!」


 結局、採取した一割くらいしか買取にならなかった。そして、採取の仕方が悪いからと査定も下がってしまう。


「結構大変だったんだけどな」

「……それでも、駄目なものは駄目よ」

「ですよねー」


 その日の売り上げは銅貨十枚だった。本来は、冒険者ギルド経由で遣り取りするべきなのだが、「見習の見習以下」ということで、手数料と査定の下がる分相殺してくれての値段だという。


「もう少しマシな採取をしておくれ。ギルドなら全部をはねられても文句言えない程度だわ」

「剣を振る練習はしたけど、薬草の採取は……見様見真似だから」


 ジャンの言い訳に薬師は頷き、指名依頼をギルドに出してやるという。田舎の出張所だから出せるインチキ技なのだという。本来は、高名な冒険者にのみ許される依頼方法だとか。


「ジャンヌが森に採取に行くときの護衛を頼むよ。それで、ジャンヌはこの子に薬草の採取の仕方を教えてやんな」

「じゃあ、森に入ってもいいんですねお師匠様」

「そうだね。魔物が出たら、ジャンに任せて逃げな。ジャンは、ジャンヌを無事に送り届けることを優先しな。魔物と闘うことばかりじゃ、護衛にならないんだからね」

「わかってる」


 兵士の訓練を受けたジャンには、自分の手に余ると思えば、時間を稼いで味方を待つという選択肢も頭の中に当然置いてある。


「天気が良ければ、明日の三の鐘で南門で待ち合わせだ。いいね」

「はい」


 薬師はジャンに依頼書を渡して、自分で出張所に届け出るように伝える。初めての指名依頼、最初で最後かもしれないのだが、ジャンは胸が高鳴るような気がした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ジャンヌとジャンは翌朝、南門で待ち合わせると街の外へと歩いていく。ジャンヌは長女で、下に弟と妹がいるらしい。弟は跡取り、妹は嫁にやる先が既に決まっているらしい。


「村ってそんなものよ」

「じゃあ、ジャンヌは?」


 ジャンヌは、妹の嫁入り費用を稼ぐために年季奉公として薬師の家に連れてこられたのだという。


「年季が明けるまでは、家にも帰れないの」


 年季奉公をするような子供は、一度帰省すると里心が付いて戻らない事があるのだという。なので、年季が明けるまでは、親元には帰さないというのが暗黙の了解だ。勿論、冠婚葬祭なら話は別だが、基本日帰りだけらしい。


「寂しい?」

「最初はね。今は、全然。師匠には親より大事にして貰っているから」


 長女というのは、母親からすれば「助手」のような扱いであり、自分の役に経って当然とでも言わんばかりにされる。なので、ジャンヌからすれば、同じ子どもなのに何で自分だけという気持ちが無くならなかったのだという。


「弟妹が甘えるのは良くて、私には許されないのが納得いかなかったわ」


 兄弟のいないジャンには耳の痛いはなしだ。年下なのにしっかりしているのは、そういう事も影響しているのだろう。


「薬草を採る場所は分かってる?」

「凡そね。森の中に入るのは初めてだけど、師匠から目印を聞いているの」


 薬師は若い頃は一人で森に入り、素材採取もしていたのだというが、今では冒険者ギルドに依頼を出して採取させるに任せているのだという。自分とジャンヌが生活できて、薬師として役割が果たせれば十分だと考えているから、余計な事はしたくないらしい。


「それでも、必要な時にすぐ手に入るわけじゃないから」

「だから沢山薬草が干してあったんだ」


 昨日の工房で見た薬草は、乾草のようにたくさん積んであった。どこになにがあるのか、よくわかるものだとジャンは感心していたものだ。


「季節によって薬効のあるものとないものがあるのよ。だから、その時期に採らないと意味が無いの」

「そうなんだ」


 葉だけではなく、実・花・根など、それぞれ部位ごとに効果の異なる薬草もある。丸々すべて薬になるのだとか。


「毒のあるもの、直接触るとかぶれるものもあるから」

「だから、革の手袋なんだ」


 ジャンも剣を振るう時には厚手の手袋をしているのだが、ジャンヌも手袋をしているので不思議であったのだ。


 草だけでなく、木の皮やキノコ、苔も場合によっては薬の材料となる。


「でも、見分けられないと駄目なの」

「なるほど」


 今日は傷薬・解熱剤・痛み止めの素材を採取する予定だという。一番、数が出る薬の材料を覚えるほうが、一つ一つの金額が低くても結局お金になる。珍しい高価な素材は、使う人も少なく、こんな田舎の街ではあまり需要が無いらしい。


「偶に領都や王都に送る事もあるみたい」

「へぇ。王都か」

「行ってみたい?」

「ジャンヌは行ってみたくないのかよ」


 ジャンヌは首を横に振る。知らない方が幸せなこともあるって師匠である薬師は話していたのだとか。


「お貴族様とか、大金持ちの人が居て、反対にすごく貧乏で仕事もなくって住むところも食べるところもない人が沢山いるんですって」

「なんでだろうな」


 この辺りではあまりないが、人が余って村を追い出される事もある。追い出された人が王都辺りに集まって、仕事や食料が無いかと探しているのだとか。病人や餓死者も沢山出ているらしい。


「教会が助けてくれたりしないんだ」

「都会の教会は、そういうことあんまりしないんですって。教区の人間じゃないからでしょうけど」


 隣近所で助け合うのが『教区』だ。しかし、その外から来た人間まで助けるほどの余裕はない。


「王様って何してるんだろうな」

「今は女王様だよ」

「そうなんだ。女でも王様になれるんだな」


 他愛のない話をしているうちに、目的の森の中の薬草畑へと到達する。『畑』といっても、群生している林間の草原であり、誰かのものではない。


「さて、教えるわよ」

「よろしくお願いします」


 鍛冶師の父親にも、教練を受けた兵士にも言われた事だが、「教えを受けるなら相応の礼儀を示せ」ということだ。年下であったとしても、女の子であったとしても、教えを乞うのはジャンであり、教えるのはジャンヌなのだ。





 それぞれ、傷薬となる薬草、解熱剤、痛み止めとなる素材を採取した。ジャンヌの手つきは既に熟練者のものであり、最初は違いが良く理解できなかったジャンだが、何度かダメ出しをされ指摘されてようやくOKが出された。


「まあまあね。精進なさい」

「はい師匠」

「……先生くらいにしておいて」

「ジャンヌ先生」


 揶揄いを少し込めたお道化た言い回しでジャンが言うと、ジャンヌも照れたように軽く肩を叩く。随分とこの半日で仲良くなったものだとお互い思う。


「ジャン……いたわ」

「いたわって……おお、スライムだ!!」


 大きな声を出したジャンに気が付いたスライムは、プルプルと震えている。


「なんだか、緑色してるな。なんでだ?」

「おそらく、キュアスライムよ」


 キュアスライムとは、薬草を食べ体内で薬効成分を生成したスライムで、自然界では上の捕食者に「薬になる魔物」としてよく食べられてしまうので、生き残るものが少ないのだという。


「珍しい?」

「そこそこ大きくなるのがね。この薬草畑にはあまり魔物が来ないからでしょうね」


 リンゴの実ほどの大きさの緑色のスライム。「ライダー」にするのは

無理だろうとジャンは思う。


「あれに乗るのは無理だよね」

「今は無理ね。スライムナイトの相棒は、見習時代に従魔にして騎士になるまで育てていくのよ。最初は戦闘になんか出せないのよ」

「……詳しいな……」

「お師匠様が騎士物語好きなのよ。だから、沢山ご存知だし、蔵書もあるの。私も手習いは騎士物語が教本だから、それなりに読めるわ」


 子供のころに弟子入りさせる理由は、薬師になる為に読み書きがある程度達者でなければならないということもある。勿論、商売として薬師をするなら算術もできなければならない。一人分の薬をつくるのと、百人分では扱う量も集める素材の数も変わる。計算できなければ、素材の量を数える事も出来ない。


「結構、頭いいんだなジャンヌ」

「村では村長くらいしか必要ないから、それを基準にすればそうなるかもね」


 多分、ジャンより格段に優秀だ。鍛冶師はそこまで計算高くなくていい。必要なのは、身体強化する魔力の方だ。


「ジャンヌは魔力あるのか」

「すこーしね。無い人の方が珍しいでしょう? ジャンは?」

「父さんほどじゃないけど、鍛えれば増えるって言うから、これからだよ」

「そうなんだ」


 ジャンヌは若干羨ましそうである。どうやら、薬師から魔力のある人は「錬金術師」になれるのだという。師匠である薬師はジャンヌと同じ程度の資質であったので、その道に縁はなかったという。


「ちょっとかっこいいな」

「でしょ? それより、スライムどうするの」


 ピンク色のブヨブヨよりも、回復してくれるかもしれない緑のスライムの方が格段にマシだ。臭くなさそうだし。


 ジャンは腰を下ろして、スライムににじり寄っていく。


「なあ、一緒に行かないか?」


 手袋を外し、右手を差し出す。


「俺と仲間になって欲しいんだ」

『……』


 スライムは最初逃げようと後退したが、ジャンの素手から放たれる魔力を感じたのか、動きを止めて様子を見ている。


「先ずは、触ってくれ」

『……PYU……』


 声ではないが、何か音を発してスライムは魔力を感じたジャンの手へと少しだけ触れる。


「ほら、悪いことは何も無いだろ?」


 スライムが魔力をジャンから吸い出すように感じる。


「大丈夫?」

「魔力を少し吸われた。けど……どうだ。仲間になるか」

『ナル』

「え……」


 スライムの感情、感覚、意思がジャンに伝わって来る。


「俺はジャン。スライムライダーの天職持ちだ。今は、駈出しの冒険者だ」

『ライダー……』


 どうやら、スライムは人間の記憶や感情を魔力を摂取することで読み取ることができるようだう。


『ライダー理解。冒険者理解』

「どうだ」

『名前を付ける。従魔になる。毎日魔力をくれる?』

「少しならな。お安い御用だ」

『少し……分かった。名前』


 名前を付けるか。


「名前、何がいいかな」

「名前ね。スライムだから、スラちゃん」

「だ・め!!」


 ジャンは御神子の使徒から名前を頂くことにした。


「堅固な意思を持つ使徒『ペーテル』の御名を頂く。岩の如くと言う意味だよ」

「スライムなのに岩の如くね」

『ペーテル。我が名はペーテル』


 緑色をしたスライムは、強く輝き一回り大きくなった気がする。


「大きくなったな」

「大きくなったわね」


 ジャンとジャンヌは互いに顔を見合わせる。かぼちゃほどのサイズに大きくなった『ペーテル』はポヨポヨと跳ね回っている。


「さて、ペーテル行こうか」

『主』


 ペーテルが森の奥に体を向ける。


『緑色のゴブゴブ言う奴来る』


 緑色のゴブゴブとは……


「ゴブリンか」

「ひっ、ゴブリン!!」


 村人にとってゴブリンは厄介な相手だ。夜中に村の畑を荒らしたり、家畜を襲ったり、時には百を超える群をつくり村を襲う。さすがに壁で囲われた街を襲う群は滅多にいないし、いたとすれば、軍隊が討伐に動くことになる。


 ゴブリンの恐ろしさを子供のころに刷り込まれたジャンヌにとって、ゴブリンは怖ろしい相手に思える。それは、ジャンにとっても怖ろしくないとは言えない。人間相手よりも気分はマシだが、簡単に殺せるかどうかわからない。


「逃げて」

「えっ」

「約束!」

『ダメ。主。別の待伏せがいる』

「「えっ」」


 ゴブリンは馬鹿だが間抜けじゃない。狡猾なのだ。逃がした相手を待伏せして、隠れていたゴブリンが捕らえる。さらに、捕らえたものを人質にして武装解除させようとする。武器を手放せば人質諸共殺されるだけであろうし、ジャンヌは巣穴に連れ去られる可能性が高い。


「ここで戦うしかないか。ジャンヌ、あの木迄移動しよう。背後に回り込まれないようにする」

「わかった!」


 やがて、薬草畑にグギャグギャ叫びながら、手に棒きれや石を握った三匹のゴブリンが現れた。


 二人を見つけ、指をさし何がおかしいのかゲラゲラ笑っている。


「腹立つな」

「冷静にね。あれも、奴らの手よ」


 挑発し「ゴブリンなんかに舐められるか」といきり立つ結果、些細な見落としから罠にかかり致命傷を与えられる。ゴブリン一匹ずつはジャンより弱いが、仕掛けてくる方法は狡猾なのだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ジャンはショートソード一振りに、鉢金を頭に締めている。手袋をしている以外は普通の格好だ。駆け出し冒険者としてはマシだと言える。ジャンヌは採取用のナイフだけ。無手ではないが、棒切れを振り回すゴブリンにはリーチで劣る分マイナスだ。


「今度の採取では、杖を持って来よう」

「お祖母ちゃんじゃないわよ私」

「旅人や巡礼も持ち歩いているけど、あれは自衛用の武器になる」

「……分かった……」


 二人は内心「次があれば」と思いつつ、口にはしない。


 ニヤニヤしつつ、口からよだれを垂れ流した半裸の小鬼。ノームの生まれ代わりであるとか、悪霊の影響を受けた精霊の成れの果てと言われるが、この辺では狼より珍しい存在だ。


「なんで」

「なんでだろうな」


 先頭の棒きれを持ったゴブリンにショートソードの切っ先を向ける。一体多数であるなら、突きや大振りは下策だ。出足を潰すように牽制し、相手の攻撃のカウンターを小さく狙う。


 剣先を向けられた小鬼の顔が歪む。しかし、調子に乗った別の小鬼がジャンに襲い掛かる。握りしめた石を叩きつけようと振りかぶる。


 DONN !! 


 剣を寝かして胸を突き、そのまま蹴り飛ばす。ギャッと声を上げ後ろに吹き飛ばされたゴブリンは、起き上がろうとするが糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。


 胸を貫かれて、心臓が何度か動こうとして止まったといったところだろう。


 その隙をついて、棒持ちゴブリンがジャンを叩く。


「痛ってぇ!!」

『主』


 跳ねたペーテルがジャンの頭にぽよんと飛び乗る。


『刺突』

刺突(Terebrare)


 格段に速い『刺突』がゴブリンの首を一撃で刎ね飛ばす。


「ジャン!! 凄い!!」


 最後の一匹が逃げようと後ろを向いて走り出した。


『主』

「おう! 刺突(Terebrare)


 10mは離れていただろうか、一瞬で距離を詰めたジャンの剣が、ゴブリンの背中を水平に貫く。


『Gugya……』


 剣を引き抜くと同時に、グシャっと潰れるように地面に崩れ落ちる。


「ジャン!!」


 駈出してきたジャンヌがジャンの背中に抱き着く。


「あ、ありがとう」

「約束だからな。けどさ……」


 ジャンの『天職』はスライムライダー。スライムに乗る事で能力が発揮されるはず。しかし、今のペーテルは頭の上に乗っかっている。まるで、緑色の兜のようだ。


「あのね、ジャン」

「おう、俺も思っていたんだが」


 どうやら、ジャンが「乗られる」場合も、天職の効果が発揮されるのだと二人は思い至る。


「スライムを頭の上に乗せた伝説の戦士ね」

「お、カッコいい……わけねぇだろ。伝説っちゃ伝説だよな。スライムライダー」


 ジャンヌの知るスライムナイトのお話は、あくまで狂言回しの役割りを持つスライムに乗った騎士のようで、あくまで笑い話の類だという。弱い魔物であるスライムに乗った騎士が強いわけがないという。


「けど、すごい早さだったね」

「身体強化したらどうなるんだろうな」

「……身体強化していないのに、あの速さなの」

「おう。まじで驚いたぞ」


 10mを一瞬というのは、決闘なら無敵となる要素だ。冒険者は決闘しないと思うけど。


「さて、帰ろうか」

「討伐証明持って帰らないと。あと、ゴブリンが出たって報告も必要でしょ」


 ジャンヌに指摘され、その通りだとジャンは理解する。それだけではない。


『主、まだいる。森の出口の方角』


 ペーテルは、待ち伏せしているゴブリンが後三体、そのうち一体はホブではないかと言う。


「遠回りして逃げようか? 道は分かるよ」


 ジャンヌの言葉に一諾し、ジャンは遠回りして森を抜けることにする。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 後の世に、『スライムナイトのジャン』として知られる伝説の戦士の物語はかくして始まるのである。やがてジャンヌもジャンと共に旅立つのはだいぶん先の話。




《了》


8/26.27.28日間アクション〔文芸〕ランキング第1位を頂きました。評価・ブクマいただきありがとうございます。続編『【短編】スライムライダーなアイツ~伝説へ至る道、切り拓くは今この時』に続く☆220902投稿しました!! 下のバナーから移動できます。


【作者からのお願い】

 夜中に思いついて書きたくなった「スライムライダー」。元ネタはもちろんあれです。


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[良い点] 短編で起承転結、丁寧なまとまりをしていて、オチまで付けて良い物語でした [気になる点] 主人公とヒロインの名前が紛らわしいのでもう少し変えてほしいと読んでいて思いました
[一言] 父親(および作者)の名前のほうが、スライムライダーに相応しい名前だと思いました(小並感
[一言] いろんな意味でスライムのほうが優秀じゃん 賢さ、索敵能力、身体能力、特殊能力 全部上回ってる 主人公頑張れや
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