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六、道づれ靴ずれ 四

 漁船は、船首から数えて一本目とニ本目のマストの間に横たわっていた。上空から見おろせば、十字架のような格好になるだろう。


「チェザンヌが……やったのか?」


 カボは用心しながらゆっくり身体を起こした。


「はい」

「どうやって?」


 カボは、ぱんぱんと手で服のほこりをはたいた。


「その……ただ、なんとなく」


 もう少し、なんというか穏やかな称賛のねぎらいが欲しい。


「魔法なんでしょうか?」


 クナムもようやくたちあがった。


「さあ……私にもよくわかりませんわ」

「なら、そうだな、俺の小屋で試してみてくれ」

「はい」


 頭の中で、カボとともにすごした小屋を思いだすのは簡単だった。しかし、さっきのような内なる力のうねりは全くない。


「申し訳ございません……無理なようですわ」

「よし。となると個人的に知っているかどうかが発動条件ではないし、恣意的に使えるのでもなさそうだ」


 サメに加えて未知の力が増えてしまった。


「私はお客様が心配です」


 クナムは客船の甲板をじっと見つめた。


「海賊に襲われたはずなのに、新品と変わらない状態でございますわね」

「地面の下からでてきたのに、土ほこりさえついてないよ」


 ルンは、いつの間にかチェザンヌの肩に座って足をぶらぶらさせていた。


「お客様も一人もいません」


 クナムが不安げに右人さし指を曲げて自分の唇にあてた。


「その通りだ。死体どころか血のり一つない。仮にナプタ氏がまだ生きているなら有意義な情報が得られるかもしれん」

「それでは客室を探しますの?」

「ああ。それと、船長室もだ。まず船長室をあたろう」


 カボに異論を唱える人間はいなかった。


 チェザンヌ達は漁船から一人ずつ飛び降り、そのまま上甲板を歩いて船長室へ進んだ。途中でプールの脇を通った。


「あっ、プールの底になにかある!」


 ルンが右手を伸ばした。チェザンヌ達も興味を持った。


「よく見えないです」


 クナムに限らず、チェザンヌもルンも同じだった。


「クナム、プールの深さはどのくらいだ?」

「私の背の倍はあります」


 クナムは船内の設備にも詳しいところを示した。


「寄り道する値打ちがあるかどうかだが……」

「魔法がかかってるよ」


 ルンにしては辛抱強い説明だった。


「それなら、調べた方がいいですわ。先生、道具を作ってよろしいでしょうか?」


 『さざ波の淑女』号そのものが自分の力でやってきた以上、チェザンヌとしてはささいな手がかりでも逃したくなかった。


「よし、これも訓練の一環だ」

「ありがとうございます」


 チェザンヌはまず、森で拾った枯枝を一本だした。たきぎにするために集めていたものだ。それを両手で包むように持ち、カボから学んだ要領で思念を集中する。


 枯枝はたちまち長く整った形の棒になった。鉄茶色をしており、太さはチェザンヌの親指くらいだ。長さは彼女の十倍ほどある。長い間持ったままでも疲れにくいように重心が調整してあった。


 棒の端に目あての品が触ったら、磁石と鉄のようにくっつく。少し強く振ったら外せる。あまり重いと引っぱりだせないが、まずは試すのがいいだろう。


 チェザンヌは、棒の端を両手で持った。もう一方の端を水につける。


「ルン様、どの辺にあるのですか?」

「えーっとね」


 チェザンヌの身体が、振り子のようにがくんと前後に動いた。


「チェザンヌ!?」


 仰天したカボが駆けよるひまもあればこそ、チェザンヌは棒ごと水中に引きずりこまれた。派手な水音があがり、辺り一面にしぶきが跳ね散る。


 辛うじて水を飲まずにすんだ。水面を求めて棒を手放し、ばたつかせようとしたチェザンヌの左足首になにかが巻きついた。振りむくと、吸盤つきの触手が脱出を阻んでいる。その根元を目で追うと、巨大なタコがプールの底に潜んでいた。かと思うと見えなくなった。保護色で周囲に溶けこんでいる。しかも、頭の部分だけでもチェザンヌとカボを合わせたくらいの大きさがあった。


 タコは身体を浮かせ、もう二本の触手でチェザンヌの太ももを外側から絞めつけた。もう浮上どころではない。その反対だ。


 いくら両腕をばたつかせても、タコはゆうゆうとチェザンヌを沈めていった。四本目の触手が首に迫ってくる。


 一匹の小さなサメが、チェザンヌの目の前で四本目に噛みついた。触手はちぎれ、力を失い沈んでいく。今度はタコが動揺する番だった。チェザンヌはそのままにしてまだ使える触手をいっせいにサメに差しむけたが、サメは小さなぶんなかなか捕まらない。触手をかわしつつ、サメはチェザンヌを拘束する触手を一本ずつ食いちぎった。


 チェザンヌが自由になったところで、ついにサメは触手に捕らえられた。チェザンヌに助けだす力がないのは明白だ。それより、タコがサメにこだわっている間に脱出しなければならない。


「ぷはぁっ!」

「チェザンヌ!」


 カボが、ロープをつけた浮輪を目の前に投げた。夢中になってしがみつくと、カボとクナムが必死にロープをたぐった。チェザンヌも足を動かして助勢する。


「大丈夫か!?」


 やっとの思いでプールサイドにあがったチェザンヌを、カボとクナムの両手が支えた。


「水際から離れて下さいませ!」


 そう叫んで、カボ達を抱きかかえるようにしてプールから遠ざかる。再び水しぶきがあがり、タコの触手がたった今まで三人のいた場所を空ぶりして上甲板に叩きつけられた。水面からぬーっと頭が現れる。本来タコは八本足だ。触手……つまり足は四本が失われ、もう四本が残っていた。それだけに、かえって凄味が増している。ルンだけはずっと空に浮いているので安全だが、船長室にいくならさけられない。

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