【05】勇者と従者と猫
◆◇◆
「──で、この首輪にぶらさがってるのが、世界を滅ぼす秘宝ってこと?」
翌日。宿屋兼大衆食堂である「鹿角兎亭」一階のテーブル席にて。
僕は暗黒騎士レナザムド──の中の人だった鬼人の少女、レナに改めて問いかける。
「ああ、私の聞いた『刹晶石』の特徴と符合している。何より、それの内側からすごく……嫌な感じがする」
なるほど、魔族にだけ感じ取れる何かがあるのだろうか?
「だから、なんとか法師もその猫に手を出したのかな」
「焔獄法師ジェインフェルだ。まあ、奴はもともと、街ごと焼き尽くせばいいと主張していたから、なんとも言えないけど……」
形の良い眉をひそめながら、テーブルの真向いで静かに答える彼女は、この街で暮らしていたころに着ていたという若草色のワンピースがよく似合っていた。
額の角が髪飾りに見えるように前髪を編み上げ、尖った耳先が目立たないようにふんわり波打たせた髪型もまた、良家のお嬢様みたいで、うん、なんというかすごく良い。
「あれ……トアル様、レナのことそんなに気に入ったの?」
テーブルの右手側から、膝の上に丸くなったハチワレの仔猫──秘宝の持ち主を撫でつつ、悪戯っぽくサリアさんが問いかけてくる。
「いっ!? いえいえ、そういうんじゃなくて、ただなんていうかほらあれですよ、客観的に、かわいいなって思っただけで」
「かわっ──!? ぐっ愚弄するのもいいかげんにしろ!」
蒼白い頬を真っ赤にして、レナはきっと睨みつけてくる。怒らせてしまったらしい。うーんだめだ、やはり僕には女の子がさっぱりわからない。
「ごめんなさいね、トアル様。レナったらツンデレなとこあるから」
「サっサリアおねえちゃん変なこと言わないで!」
「あ、あの、せっかく再会した幼なじみなんだから、喧嘩はやめましょうよ!」
割り込む僕に、くすくす笑うサリアさんと、憮然とした表情のレナ。ああ、いいなこの空間、なんだか幸せな気持ちになってしまう。
──昨日、あの激闘の後。
もうひとりの魔蹂将、焔獄法師の魔力が、戦闘体勢に入った直後に完全消滅した──おそらく何者かに瞬殺された──というあり得ない事実に混乱するレナだったが、僕にはだいたいの察しがついていた。
そんなことができるのは、うちの勇者──最強と名高いリュクト・アージェントしかいないだろう。
しかし翌朝になっても一向に姿を現さない勇者。そこで僕は恥を忍んで、自警団のみなさんに捜索の手伝いをお願いしたのだった。
結果、路地裏でみゃーみゃー鳴く仔猫に導かれ、その先で空腹にへたりこんでいた勇者を発見したのは……捜索隊ではなく、独自捜査を敢行していた例の小さな男の子だった。
というわけでいま、勇者リュクトは僕の背後の席で、テーブルいっぱいのご馳走を片っ端から平らげている。
その姿を、おかみさんや給仕の女の子たちがうっとりしながら眺めている。
そして男たちは、なにかを諦めたような表情でかぶりを振ったり、うなだれたり、あるいは女性たちと同じ目をしていたりする。
──まあ、この勇者と旅をしていれば、わりとよく見る光景だ。
「と、ところで刹晶石って、確か……古の鬼神を封印した石の呼び名だったような……」
荷袋の奥に収納された稀少秘宝のひとつに、【自動年代記】という鈍器として使えそうな分厚い本がある。
そこには神話の時代にさかのぼる世界の成り立ちから、人間と魔族の戦いの歴史までが事細かに延々と記され、魔王の撃退から百年後の復活、そして三王国の滅亡まで到り、そこから後半はすべて白紙になっている。
その名の通り、自動的に世界の歴史が記されていく魔本なのだ。
と言うとすごく便利そうだけど、「歴史」として確定するまでに十年ほどのタイムラグがあるらしく、いま世界中で起きてることをすぐ知るような千里眼的な使い方はできない。
まあとにかく、わからないことがあれば何でもすぐ聞いてくる上、答えられないと不機嫌になる勇者に即答するため、僕はこの本の内容をそれなりに頭に入れてある。
わりと、歴史の闇に葬られた真実みたいなことも普通に書いてあるので、内容を喋るときには気をつかうのだけど、このへんは問題ないはずだ。
「古の鬼神……もしくは破壊神、【悪鬼羅刹】ラクシャーサ。手の付けられない暴れん坊で、神々と魔族と人間が協力してようやく『封印』できた……らしい」
であれば、世界を滅ぼすという話にも納得はできる。そしてもしかすると、魔王はこれを脅威と捉えている可能性もある。
「へええ……トアル様って、強いのに物知りで、なんだか凄いね」
そこにかけられたサリアさんの優しい言葉に照れまくる僕。
基本的に誰からも褒められないので、どう反応すればいいのかわからないのだった。
「いやあ、僕なんてただの器用貧乏ですから」
「ただの器用貧乏に、魔蹂将が倒せてたまるか……」
レナも不機嫌そうに同意する。これはこれで嬉しい。
「それはそうだけど、たまたま色んな事がかみ合っただけで」
「噛み合わせられることが、凄いことなんだよ。なんでもこなせて、それを使いこなせる、トアル様は器用貧乏じゃなくて──」
サリアさんは僕の目を真っすぐ見つめながら、言うのだった。
「──万能、なんじゃないかな」
万能。なんて魅力的な響きの言葉だろう。いまの自分がそれに相応しいとは到底思えないけれど、そのとき僕は、自分の目指すべき道がぱっと明るく照らされたような気がした。
これが天啓と言うものだろうか……さすが、元・女神の巫女……。
「……でもそれじゃあ、このにゃんこが、その鬼神だったりしてね」
しかし、当のサリアさんはもう元の話題に戻って、言いながら膝の上の猫を覗き込んでいた。
──みゃあ。
ひとこえ鳴いて応える。いやいや、そんなはずはないでしょ、さすがに。
「さっき聞いたんだけど、うちの曾祖母様が子供のころにもそっくりの猫を見かけたことがあるって。きっとどこかの家の飼い猫で、代替わりしてるんだろうって言ってたけど……」
「へ……へえ……」
とりあえず。どうやら雌らしいこの猫の名前を「ラクシャ」にすることと、不用意に首輪から石を外すのはやめておこうね、というのがこの場で下された結論だった。
ちなみにその曾祖母様は、いまは勇者のテーブルの真正面に陣取っておられる。
「──馳走になった」
その熱い視線の先で、勇者が口元をナプキンで拭いつつ、綺麗に空になった食器類を前に立ち上がった。女性陣の視線がナプキンの行方を追っているが、全員が牽制しあって誰も動けない。
「あ、お代はけっこうですので! よろしければ今晩は、うちにご宿泊を……」
そう言うおかみさんは、きのう僕を部屋に案内した時よりお化粧が完璧だった。
「いや、美味の対価は支払わせてくれ。それと、申し訳ないが先を急ぐ旅でな、このあとすぐに発つつもりだ」
迷子の行き倒れ勇者がどの口で、と言いたいところだが──まあこれも、彼と旅していればままあることだ。とにかく自由気まま、方向音痴、そして人間には無愛想。好きなものは猫とそれから、「強敵」との戦い。
そう、いわゆる戦闘狂というやつだ。彼が勇者をしているのは、たぶんそれがいちばん「強敵」に巡り会えるから。
この街にはもう、魔蹂将はいない。だからさっさと次の街に向かうというわけだ。
ちなみに、旅の最終目的は魔山嶺にあるという魔王の玉座。しかし、そこまで一体どのくらい掛かるかは誰にもわからない。レナの話では、魔蹂将にさえその真の場所は知らされていないらしい。
そんなわけで、魔物狩りの賞金で常にそこそこ余裕のある財布からお代を支払い、僕個人の財布はそこそこ寂しいので宿代は遠慮なくサービスしていただきつつ。
僕ら主従は「鹿角兎亭」を後にするのだった。
さっさと先に立って歩く勇者の足元を、仔猫が付いていく。早く行かないとまたどこかに迷い込んでしまうことだろう。
僕はそれを目で追いつつ、ドアのすぐ傍らにでんと鎮座させてある【暴食の似袋】を、ほぼ無意識で発動させた【浮揚】と共に背負い上げる。
そして歩き出そうとした目の前に──レナが、うつむいて立っていた。
「大丈夫。みんなが門まで案内しておくって」
見ると、店にいた女性たちが大挙して勇者を追いかけていく。その最後尾から、意味ありげな笑みを浮かべたサリアがこちらを一瞥して手を振り、そのまま一団に紛れていった。
「私は魔王軍に戻って、焔獄法師が倒され秘宝は勇者の手に渡ったと報告する」
足元を見つめたたまま、淡々と話しはじめる鬼人の少女。まあたしかに、どうやらあの猫は勇者が気に入ったようだし、勇者の方は言わずもがなだから、結果そういうことになるだろう。
つまり、嘘はついていないことになる。
「大丈夫なの?」
「ああ。それで、もうこの街が襲われることはないだろう」
「それもあるけど、レナにお咎めとかないのか、心配だなって」
「……ぼ……っ……!」
レナは謎のリアクションののち、しばらく沈黙する。また怒らせてしまったのかと冷や冷やする僕だった。
「……余計な、お世話だ。それに、お前たちの方が狙われることになる可能性が高い。他人の心配してる場合じゃないだろう」
「なるほどそうだね。でもまあ、うちの勇者様的には願ったりかなったりじゃないかな」
「そうか……。それと、これなんだが……」
そして彼女は後ろ手に持っていたものを差し出す。その綺麗に折り畳まれた紺色のジャケットは、きのう僕が彼女の肩にかけたものだ。
「ああそうか。忘れるとこだった、ありがとう」
しかし彼女は何を思ったか、僕に渡す前にそれを思いっきり胸に抱きしめる。
「って何を──」
驚きつつもその愛らしい仕草になんだか胸が高鳴ってしまった僕に、彼女はそれを押し付けるように渡しつつ、言うのだった。
「その服、いま私が魔蹂将としての呪いを掛けた! もし他の人間の肩に同じことしたら、そいつを呪い殺す!」
「えっ……!? わ、わかった、たぶんもうそんなシチュエーションないと思うけど、気を付けるよ」
僕は困惑しつつも、レナにこう伝える。
「このジャケットをかけてあげるのは、きみだけにするよ」
それを聞いた彼女は、一瞬だけ目を見開いて僕の顔を見つめ、それから無言で背を向けてものすごい勢いで走り去ってしまった。その顔は、尖った耳の先まで真っ赤だった。
……また、怒らせてしまったのだろうか。
やっぱり、しょせん器用貧乏な僕には、気になる女の子との距離を縮めるとか、そんなことはできやしないのだ。
落ち込みつつ、いったん荷袋を置いてジャケットに袖を通す。
ほんのりと、甘い移り香がした。
……いつかまた、会えるといいな……。
そして僕が街の門に着いた頃には、お見送りは住民総出の規模に膨れ上がっていた。
例の小さな男の子が、千切れそうな勢いでぶんぶん腕を振ってくる。
彼の首に掛けられているメダルは、勇者が子供の頃に故郷の武闘大会で三連覇したときの、殿堂入りの証だったはず。
たくさんの感謝の言葉を背に、街を後にする。何度か経験したことだけれど、今回はその感謝が、勇者だけじゃなく僕にも向けられている。
なんだか不思議な、でもあたたかい気持ちになりながら、後ろ髪を振り切って僕は、木々の間の街道を歩く。
一度だけ振り向いたとき、豆粒みたいになってもまだ手を振っているサリアさんの横に、レナが立っているのが見えた気がした。
「ああ、そう言えばおまえ──」
と、前を歩く勇者が、振り向かずに声をかけてきた。ちなみにラクシャは、その肩にちょこんと乗っかっている。
「どうかしました?」
はいはい、またなにか無茶ブリですか? と思いつつ応じる。
でもいいんだ、そうやって何にでも対応していくことが、僕にとっての強さになる。目指せ、万能!
「──よくやったな」
まさかの言葉に、一瞬かたまってしまう。褒められたのはたしか、キンキンに冷えたフルーツオレを砂漠の真ん中で出したとき以来だろう。
「はい!」
そんな僕の返事に答えるように、勇者の肩で仔猫が「にゃあ」と鳴いた。
◆◆◆
さてさて。
勇者と従者と仔猫の旅は、まだまだ続くのだけれど。
物語ここで一旦、幕とさせていただこう。
──ひとつだけ、付け加えるなら──。
十年の後、この一連の出来事によって、トアル・ポアールの名が【自動年代記】にはじめて刻まれるのだった。
やがて【最強の勇者】リュクト・アージェントに並び、【万能の勇者】と称される彼の、これがはじまりの物語である。
(最後までお付き合いありがとうございます。
楽しんでいただけたら何よりです。
ブクマや★(何個でも)はなにより励みになります。
それではまたどこかで……)