俺様教師に迫られたので撃退しました~黒幕はそろそろ諦めて欲しい~
太陽はすっかり傾いて、まぶしい光が混沌教材室に射し込む。今日の授業はとっくに終わり、さっさと下校しようとした私を呼び止めたのは、混沌化学の教師だった。
「マイカ君、呼び出したりしてすまない」
マイカというのは、私の名前だ。
さほど親しくない間柄なのに、家名ではなくそれも生徒と教師という関係であるとはいえ、異性を名前呼びするというのはいささか砕けすぎだ。作法の授業でこんなことをすれば、確実に補習が待っている。
けれど、用件がはっきりしない今は、波風をあまりたてるのも良くなかろうととがめることはせず、いえ、とだけ答えた。
「用件は他でもない。本当はいけないことだと分かっているんだ。教員失格だということも」
「先生……?」
おっと、雲行きが怪しくなってきた。このパターンは、今年に入ってから四度目だ。
いわゆる、告白、というやつだ。私は諸事情あって、結構この告白というやつをされる。
なお、断じて私がモテるからなんていう分かりやすい理由ではない。本当に事情があるのだ。
「僕は君のことを愛している!」
「そうですか。因みに先生、それはいつから?」
今回は、禁断の恋、っていうやつを再現したいみたいだ。
私は無駄と知りつつも、一応先生の愛の告白を聞くことにした。
「いつからなんて分からない!けれどこれは絶対に運命だ!」
「あー、はいはい」
特にエピソードもないパターンですね。これも毎回のことだ。そろそろ、シチュエーション以外も、作り込んでほしいものだ。
「素直になれよ、マイカ」
教師はメガネを外して、前髪をクシャりとかきあげた。
おお、これは。一部の方々からは蛇蝎のごとく嫌われるが、それはそれとして一部では根強い人気のある、眼鏡は実はカムフラージュのためで眼鏡を外せば本性俺様!展開だ。
ちょっとだけ、この場をセッティングした黒幕を内心で褒めてやることにする。
「俺のことが好きなんだろう?」
「………!」
俺様による壁ドン。
その前の、ギャップも相まって、これは芸術点高めだ。
それはそれとして、無理やりこっちの顎を掴んできたのはうざいので。
「ポチ、おいで」
私は混沌教材室に備え付けられた異界の門を開く。呼び出されたのは、皆が授業でお世話になる神話生物だ。私は、自分に障壁を張りつつ、その小さいものを撫でてやる。
『縺斐?繧薙#縺ッ繧難シ』
「おお、よしよし。あっちだよー」
『縺願i縺願i?』
「ぎゃあっ!」
なんでも人間の耳では理解してはいけない言葉で鳴いてるらしいその子を、教師の方にぶつけた。混沌化学の教師であるとはいえ完全に無防備な状態であったので、それなりのダメージを負わせられるだろう。まあ、多分数分間の気絶で、他のダメージは特にない程度だと思うけど。私なら、障壁なしだとそうはいかない。
かくして私は無事に、禁断の恋イベントからの離脱を果たしたのだ。
◆
『なぜお前はいつもそうなんだ!答えろ、マイカ・クアラトリウス!』
今日も今日とて、異常に私をモテさせている黒幕さんは、私が一人になった瞬間にクレームの声を届けにきた。
「だめ、名前長い。マイカ」
『マイカ!』
うーん、毎回この下りやるのめんどくさいから、はじめから名前で呼んでくれれば良いのに。
『最近流行の胸キュンシチュを全て取り入れたというのに、なぜお前はころっと堕ちない!』
胸キュンって。
「最近はもう、俺様は古いらしいよ?」
『まじで?』
まじまじ。流行り廃りのスピードは著しいのだ。本人は引きこもりで、遠隔で教師を操って私を墜とそうとする奴には、とてもついていけない程度には世の中は移り変わっていくのだ。
「それと、禁断の恋ってやつを狙ったんだと思うけど、そんなもんより安定が私は欲しい」
『お前本当に若者か?』
失礼な。
「あと、私見だけど、教師と生徒っていう関係でも、仕事相手ってことには代わりないのに、そんな相手を口説こうとする男は普通にどうかと思う」
『ああ……それは確かに。昨日の隣国の奴もそんな感じで、うざかったな……』
そういえば、昨日隣国の姫君がこちらに外遊に来られているっていうニュースが流れていたことを思い出した。
「その経験をちゃんとこっちにも活かすべきだったわね。それで、隣国の方は断ったの?」
『無論だ。めんどくさかったが』
ああ、良かった。この黒幕さんは、私と違って普通にモテるのだ。
少し話がそれた。
「それで、まだダメ出しするけど、相手役が一目惚れしかしてこないの、いい加減ワンパターンが過ぎるよ?」
『う……』
「素直に、あなたが直接、私に普段感じてることを伝えてくれたら万事解決するのに」
『…………。…………言えるか!』
ちょっと考えたくせに。
相変わらず素直じゃないんだから。
この黒幕さんとは、長い付き合いだ。基本的に良い人なんだけど、厄介な点は、私を他の男とくっつけようとするところだろう。ぼちぼち腹をくくって欲しい。
『絶対お前を、渾身の胸キュンシチュでときめかせてやる!』
「だったら、直接来なさいよ」
そしたら、一発でときめいてあげるから。
そういえば、日課を忘れていた。
「因みに私は、あなたの事を愛してるわよ、許嫁さん」
『!???!おまっ!?!!!!』
声の主が狼狽している様が目に浮かぶ。私は軽い足どりで、自宅への道を歩く。夜空には、真ん丸のお月さまが浮かんでいた。
主人公 婚約者がモテモテでちょっと困ってる。
黒幕さん 最年少大賢者。めっちゃ偉い。婚約者が別の男にもときめくということを証明したい。男のツンデレ。
ポチ かわいい。たまに精神に干渉してきたりする。
教師 今回の被害者。黒幕さんから、後日身に覚えのない謝罪の手紙とお金が届いて、目を白黒させた。