49.勇者と仲間たち
「朝起きたら頭がすごく痛いんだ。何か知らないか?」
カズラへの道を歩みだしてから、レンティオが尋ねてきた。頭をさするレンティオ。確か俺が酒瓶で殴りつけたところだ。知っていて俺に尋ねているのか、知っていると当てをつけて尋ねてきたのか。
「さぁ、知らないな。酔って転んだんじゃないか?」
俺がそう言うとダルスが身を乗り出してきた。
「俺が部屋に戻ったときにお前は倒れていたからそうだろ」
俺は心の中でダルスに感謝を告げた。
「まぁ、酒はほどほどにしておけってことだろうよ」
適当な忠告をしておいた。レンティオはどこか納得のいかない様子だったが、結局そうかと無理矢理納得したようだ。
単純なやつ。
「この調子で行けば昼ごろにはカズラに着くわ。カリュア、確か言いたいことがあったのよね?」
先行く女三人。真ん中を歩くメルアンが振り返った。そして、メルアンの右にいたカリュアに代わる。
「『ミリート』を直すにはパルフニウムの扱いに長けただけでなく、どうやら魔法に関する知識を持っていないと難しいようです」
「魔法? そういえば『ミリート』には魔石がついているしな」
「そうなのです。『ミリート』にとって魔石は心で刀身は体です。その二つが結びつかなければ形が戻っても完全なる修復とは言えません」
俺が背負う荷物は時折金属のこすれる音を立てる。もちろん、『ミリート』だ。壊れたことが慣れてしまい、彼の感触、振り具合をすっかり忘れてしまった。
直るかどうかも心配だが、その後のことも心配は尽きなかった。そんなこと、今考えても仕方ないのだけれど。
「つまり、パルフニウムって金属が扱えて魔法の知識を持っている鍛冶師を探すってこと?」
バニラが要約した。それにレンティオがうなった。
「そんな鍛冶師、滅多にいないぞ。テルシナにはいただろうけどここでは魔法なんて早々学べるものじゃない」
もともと魔力の乏しい土地だったのだ。魔法が使えるものなんて限られているし、金属を鍛える鍛冶師がそんな知識を必要とするわけがない。
「パルフニウムを扱える鍛冶師は、いるのよね?」
「それなら、数人はいるだろう。あの金属は扱いにくい上に使い道があまりないからな…。鍋にも鋲にも剣にもならないなら、使い道なんてほとんどないしな」
「待てよ。『ミリート』はパルフニウムで出来ているんじゃないのか?」
「『ミリート』には魔石があるでしょう? パルフニウムは魔石との相性がいいから使われているの。魔石を用いるとパルフニウムは金剛のように硬くなるのよ」
「そうなのか?」
「ええ。用いる魔石にもそうなるものとならないものと違いがあるらしいけれど、ね」
『ミリート』はパルフニウムと相性がいい魔石と組み合わされて硬い刀身を持っていた、ということになる。金剛のように硬いと言っていたが魔王にあっさりと壊されてはその言われも形無しだが。
「ひとまずさ、パルフニウムを扱える奴を探したほうが良くないか? 魔法の知識は二の次だろ」
ダルスが小難しい話は勘弁してくれとうんざりとした様子で言った。俺は苦笑しながら彼の意見に賛同した。
カズラの街に入ると、門から伸びる大通りは金属を鍛える甲高い音と熱気で満たされていた。声を張り上げても相手が聞き取りづらいことが何度もあった。
「で、今回はどう分けるんだ?」
俺がそう切り出すと、レンティオが無精ひげをさすりながら
「くじでいいだろう」
と投げやりに言った。
「前と一緒でいいじゃないか。ラズルフとメルアン、カリュアと俺、レンティオはバニラだな」
「前はそれでラズルフが魔王に捕まったじゃないですか」
カリュアがすかさず切り返した。メルアンと一緒の方が良かったが、カリュアの言うとおり前の二の舞になる可能性も無くもない。けれど、ダルスとレンティオと組むのは進まなかった。
「じゃ、私ラズルフと組む」
バニラが俺の腕を引っ張った。
「分かりました。バニラ、ラズルフをしっかり見ていてください」
「任せて!」
何か俺、よく迷う子どもみたいじゃないか? けれど、文句は言えない。
「じゃ、俺はカリュアかメルアンだな」
「何でだよ!?」
レンティオの意見にダルスが吠えた。レンティオは悪びれずに
「おっさんは若い女の子がいいんだよ。野郎は黙ってろ」
「助平め」
「いくらでも言え。男はみんな助平なんだよ」
レンティオの言葉を受けて、バニラが俺を見上げた。
「そうなの?」
「違う。あれだけだ」
全力を持って否定した。何てことを言うんだ。あの男は…。頭が痛くなってきた。
流れを戻すためだろう、メルアンが咳払いをした。
「私はカリュアと組むわ。と、言うわけでダルスとレンティオ、ね」
男二人が嫌そうに声を上げた。
「嫌だぜ、こんなおっさんと」
「野郎は好かない。変えてくれ」
「お似合いですよ。それでは頑張ってくださいね」
突き放すようにカリュアが言うと、メルアンとカリュアは人ごみの中に駆け込んだ。
残った男二人は俺とバニラをじろりと見た。
バニラは俺の腕にしがみつき
「嫌だよ。絶対ラズルフは渡さない」
いや、バニラ。それは絶対に違うから…。
俺はため息をついてからバニラの腕を引っ張り小路へと逃げ込んだ。男二人は俺たちをすかさず追ったようだったが、丁度通りがかった人にぶつかり無様に転んだ。
俺は首だけ振り返りその様子を見て笑った。
そして、どれくらい走ったのだろう。立ち止まってバニラの手を離した。さすがのバニラも肩で息をしていて、膝に手を着いていた。
「あはは、楽しい」
乱れる呼吸の合間に、彼女はそう漏らした。
確かに楽しかった。誰かとふざけあうなんて、久しぶりだった。俺は呼吸を落ち着かせながら、額の汗をぬぐった。空を見上げると相変わらず霧で覆われていたが、俺には晴れ渡っているようにも見えた。今まで暗いと思っていたけれど、実はそんなに暗くないと思えた。
「そろそろ行こうか?」
俺はバニラに声をかける。バニラは体を起こし明るく笑った。
「まずはパルフニウムが扱える鍛冶師、だったよね?」
「ああ、ゆっくり行こうぜ。急がなくても見つかるだろう」
「うん」
俺はゆっくりと歩みだすと、バニラはその傍にやってきて同じ速度で歩く。歩幅が違う。俺の一歩は彼女にとって一歩より大きくて二歩より少ない。だから、彼女は小刻みに動いた。チョコチョコと動く頭はまるで小動物のようで愛らしかった。
「何か、久しぶりだよね。ラズルフとこうして歩くの」
バニラは首をかしげて俺を見上げる。
「そうだな。メルアンたちに助けられたのは少し前だしな。どうだ? その後魔力の影響はないか?」
「うん。大丈夫。腕輪があるからね」
腕に輝く小さな腕輪。こんな小さなものなのにバニラの体を魔力から護っているのだ。魔法の力は侮れない。
「その、カリュアとはうまく行っているか?」
前々から心配していたことだった。けれど、バニラは特に気にした様子もなく、
「うん、大丈夫だよ」
と答えた。俺に気を使っているのかとも思ったが、彼女の表情は嘘偽りのない純粋なもので、事情はよくわからないがうまく行っているようだと一安心した。
しかし、バニラのほうから説明してくれた。
「始めはね、怖かったよ。けどね、話していくと彼女と話が合うんだ。私の知らない知識をたくさん持っているし、私の持っている知識にも興味を持ってくれてね。だから、話していると楽しいんだ」
「へぇ、それは良かったな」
俺がそう言うと底抜けに明るい笑顔で頷いた。
小路に入っても鉄を叩く音は耳に届く。この街全体が鍛冶場のようだった。
「ねぇ、どうせだし小路のほうに店を構えている鍛冶屋から回ろう?」
「ああ、そうだな。せっかく来たんだし、そうするか」
来たとは言ったが、実際は逃げてきたのである。けれどダルスとレンティオが揃ったところで真面目にやるとはとても思えないので結局こちらがどうにかするしかないのだ。『ミリート』は俺のものなんだし…。
結局、俺とバニラはパルフニウムを扱える鍛冶師を見つけられなかった。あれから十数件回ったが扱える鍛冶師は一人もいなかったのだ。そして誰も扱えるという鍛冶師を知らなかったのだ。
国内最高の鍛冶師の街であったが『ミリート』を直せるか不安になってきた。
しかし、夕方宿に集まると以外にもレンティオらが情報を持って来たのだ。
「外れに住む鍛冶師がパルフニウムを扱えるらしい」
誇らしげにレンティオが言った。その後に堂々とダルスが胡坐をかいて座っていた。
「本当!? やったわね!」
メルアンらも見つけられなかったらしく、素直にその情報を喜んだ。
「どうだ、すごいだろう?」
レンティオが勝ち誇ったように俺に言った。
「ああ、そうだな」
俺は適当に言っておいた。
「でも、どうやって知ったのですか?」
カリュアが尋ねるとダルスが武勇伝を話すために口を開いた。
「それはまさに運命だったんだ。俺たちがラズルフに人ごみに投げ飛ばされて…」
「おい、待て。お前らが人ごみに突っ込んだんだろう!」
冒頭から盛大に誇張して語りだしたダルスに俺はすかさず訂正を入れた。
「何を言うか悪党め! お前のせいで俺たちがどれほど苦労したか!」
「苦労?」
「そうだ。俺たちは人ごみに投げられ財布を無くしたんだぞ。弁償しろ!」
「自業自得だろう」
呆れ半分、哀れみ半分に拒否した。
「スリでしょ。これくらい大きな街だったら特に珍しいことじゃないわ。どうせ大して入れていなかったんでしょう?」
メルアンも呆れているようだった。ただ、その言葉にダルスは激昂した。
「大して…? 金貨が入っていたんだぞ! 金貨が六枚も!」
金貨は確かに大きい。しかも六枚とは…。涙目のダルスに同情してしまう。しかしメルアンは神官らしい答えを告げた。
「その金貨はきっと困っている人に巡ったのよ。スリしなければならないほど生活に困っているんだから、寄付したと思えばいいんじゃない?」
「寄付…?」
納得できないダルスだったが悔しさを何とかしてごまかそうとしたようだ。
「とにかく、明日はその鍛冶師のところに行くことでいいのか?」
俺がそう尋ねると誰も異議を唱えなかった。




