4.密かに狙う者
その日の夕方、クメイラという町に着いた。今まで見た中で、最もにぎやかな町だった。
それをメルアンに言うと、
「まだまだ全然寂しいじゃない。」
と、言われた。どうやら、メルアンはもっとにぎやかな街を知っているようだった。
その日の宿をとり、食事を取るために宿の一階にある酒場を兼ねた食堂に入った。そこは、まるで祭りのような光景だった。酔った男が騒ぎ、喧嘩し、女にちょっかいを出す。机には見たこともない料理が並び、みな口を大きくして放り込む。
「ほら、ラズルフ、こっち。」
メルアンは片手で布に包まれたものを抱え、もう片方の手で、俺の服のすそを引っ張った。運よく空いている机を見つけたらしく、近くの給仕女に適当な注文を言いつけた。
「あなたって、本当に田舎者ね。」
「悪かったな。」
「別に、謝ることじゃないわ。ただ、騒がないでね、恥ずかしいから。」
メルアンは布に包まれたものを自身の傍に立てかけた。部屋に置いておけば? と言ったけれど、それでは誰かに盗まれてしまうからこうして持っているのが一番安全なのだという。自分だってそれを盗んだくせに。
「さ、食べましょう。」
運ばれてきた料理にフォークを伸ばしたメルアン。俺も倣ってそうしたとき、一人の男が俺たちの机の傍に立っていた。
「いや、悪いね。他に席が空いていないんだ。同席して構わないか?」
その男は言った。メルアンはフォークを置いて、椅子をずらし、彼を招いた。彼の後から小柄な少女が顔を出した。彼の連れのようだ。彼は椅子を引き、まず彼女を座らせ、それから自分も座った。
「ハーデンス・カロイルだ。こっちはライナ。二人で旅をしている。」
ハーデンスは言った。小柄な少女は軽く会釈をした。
「メルアン・ミシュエルよ。」
「ラズルフだ。」
ハーデンスはまさに好青年というべき容姿だった。輝く金髪に新緑を思わす瑞々しい緑の眼、顔立ちも整い、話し方や所作が昔話に出てくる王子のようだった。一方、ライナという小柄な少女は、物静かな人だった。褐色の肌に茶色い髪、そして黒い目という、異国人のような容姿をしていた。
「君たちも旅をしているのかい?」
「いえ、今は帰るところです。」
「そうなのか。どこに行っていたんだ?」
「山脈のほうです。あの辺に親戚が住んでいるので。」
メルアンは事実と嘘を織り交ぜて答えた。それからずっと会話は食事が終わるまで続いていたけど、会話をしていたのはハーデンスとメルアンだけで、俺とライナは頷く程度しかしなかった。
そして、借りている宿が違うために、ハーデンスらと別れることになった。
「いやぁ、有意義な時間だったよ。」
「ええ、私も楽しかったわ。また会えるといいわね。」
「ああ、私もそう思うよ。今度は、ラズルフともっと話せるといいんだが…。」
急に名前を言われ、彼を見た。彼は、爽やかな笑みを浮かべ、
「さ、私たちは宿に戻ることにするよ。ラズルフ、いい剣を持っているね。」
そういい残して、町の人ごみの中に消えていった。
俺はさっきのハーデンスの言葉が理解できなかった。いい剣を持っている? 俺が持っているとすれば、さっきメルアンに押し付けられたこの布に包まれたものだけだ。
「おい」
メルアンのほうを見ると、メルアンも口に手を当てて考え込んでいた。
俺たちは部屋に戻り、
「どうして、どうして『剣』だって、分かったの?」
メルアンは部屋の真ん中に立ち尽くし、そう吐いた。
「これ、剣だったのか? 『ミリート』って呼ばれているのは知っているが…。」
俺がそういうと、メルアンはまたも信じられない、という顔で俺を見つめた。
「な、何だよ…。」
「あなた、『ミリート』も知らないの?」
「知らないよ。でも、これのことなんだろ?」
俺は布に包まれたものを軽く叩いて示した。
「ね、ねぇ。ラズルフは勇者伝説をどれだけ知っているの?」
「勇者伝説? 昔、アークロイって勇者が魔王を倒したってことだろ?」
「それだけ?」
俺は頷いた。
メルアンはわざとらしく大きなため息をついた。
「あなた、本当に勇者の血を引いているのか疑わしいわ。」
「別に血にこだわるつもりはない。俺は俺だ。」
「あっそう。でも、これだけは知っておいたほうがいいわ。神殿に仕えるためにも、ね。」
メルアンはベッドに腰掛け、勇者の昔話を始めた。
その昔、天から星の降った日があった。それは悪魔が人々に災いをもたらした証であり、悪魔はそのときの王を操り、世界を破滅に導こうとした。しかし、神は人々を救うべく、人々に勇者ととある金属を贈った。その金属は魔力と非常に相性がよく、まさに完璧な金属であった。そのため、その金属と強力な魔石を用いて、一振りの剣を鍛えた。これこそ勇者のために鍛えられた勇剣『ミリート』である。勇者アークロイは『ミリート』を用いて魔王を討ち、人々に平和をもたらした。
これが、人々に親しまれる勇者伝説である。
「つまり、この『ミリート』って言うのは、かつて勇者が魔王を討った剣?」
「そうよ。こんなこと、誰でも知っているのに…。」
知っているのに、といわれても知らないものは知らない。誰も教えてくれなかったのだから。もちろん、俺も知ろうとしなかったのも悪い。
「あれ、布がゆるくなってる。ねぇ、巻くの手伝ってよ。一人じゃ大変なの。」
「はいはい。」
俺は『ミリート』を持ち、メルアンは布を取っていく。次第に、勇剣といわれたその剣が現れる。
「すごい装飾だな。」
第一の感想がそれだ。
白銀の刀身を持ち、親指の先より一回り大きな青い水晶が埋め込まれている。その水晶の周りに細かい装飾がなされていた。見たところ翼と花、そして人の手のようなものが彫りこまれたり、くっつけられたりしている。もちろん、この装飾が何を示すのか、俺には全く分からない。
「しっかり持っていてね。」
メルアンは、取り外した布を一つにまとめ、それを器用に巻いていった。そうして、剣は再び布に包まれていった。
その晩、夢を見た。夢を見たと分かったのは、現実ではありえない出来事だったからだ。俺は、暗闇の中に立ち尽くしていた。自分の手は見ることができた。
俺の少し前に青い球体が現れる。その球体は俺に言った。
「我と手を組まぬか。」
ただの球体でしかないお前とどうやって手を、組むのか、俺は悩んだ。少しして、それは協力する、という意味だと気づき、尋ねた。
「何でだ?」
「何で、だと? そんなのは決まっている。魔王を倒すのだ。」
「冗談はよしてくれ、魔王はずっと昔に討たれている。アークロイっていう勇者にな。」
「懐かしい名だ。だが、今はアークロイがいない。だから汝に頼んでいるんだ。」
「他を当たってくれ、俺は魔王や勇者に興味はない。」
「ふむ、そうか。では、我に触れよ。」
「え?」
「この話は終わりだ。我に触れよ。」
「は、はぁ…。」
俺は納得のいかないまま、手を伸ばし、その球体に触れようとして、手を引っ込めた。
「貴様!」
球体は怒った。当たり前か。俺は苦笑しながらも、その球体に触れる。すると、球体は光を増し、俺を、暗闇を包み込んだ。




