39.導かれる二人の勇者
朝起きると、何故かアーネストの家にいた。そして、朝食の席を囲むリハンナとアーネスト、そしてバニラ。
アーネストとバニラは仲良さげに話しており、いつの間にか仲直りしたようだった。
「あ、ラズルフ。おはよう」
フォークをくわえながら、バニラが微笑んだ。
「おはよう、フォークを食べるなよ」
「ラズルフすごい寝癖だな」
コップを傾けながらアーネストが言った。顔を洗う際に整えたつもりだったが、どうやらこの髪は強情なひねくれ者らしい。
「さ、ラズルフ、座って」
髪を一つに纏めたリハンナが俺に椅子を指して、その前にパンとチーズを置いた。
「ありがとうございます」
俺が椅子に座ると、アーネストが切り出した。
「これから、工房跡に行くんだろう?」
「えっ、何でお前が知っているんだ?」
「ああ、私が教えたの」
バニラとアーネストはいつの間に仲良くなったんだろう。それに、何だろう。バニラの感じがいつにもまして強い気がした。
「多分、それ、俺が知ってるところだと思うんだ」
「本当か?」
「ああ、あの辺は昔の遊び場だからな」
この辺の地理に詳しい奴がいるなら心強い。
しかし、何故だろう。彼は昨日に比べて明るく、前向きな印象を受けた。いや、明らかに違う。もっと細かく言うなら、目の輝きが違う。昨日はまるで陸に跳ねてしまった魚だが、今日はそれが小さな池に入れられたようであった。水を得た魚という言葉が相応しいかもしれないが、それ以上に何かあった。
「案内、してくれるって」
「そうなのか? 助かる」
「まぁ、たまには、な」
少し照れ臭そうに手を振った。
荷物の中身を確認し、俺たちは村を出た。
今日はいつになく魔力の霧が薄く、日の光が薄く地上に届いた。
「太陽見るの、久しぶりだね」
霧の中にくっきりと浮かぶ太陽を見上げてバニラが言った。
「ああ、そうだな。今日は少し温かくなるかもな」
アーネストは弓矢を背負い、そう答えた。俺たちを案内するついでに狩りをするそうだ。この状況で、魔力の汚染を受けていない動物がいればいいのだが。
俺たちが村を出て少しして、俺が二人に尋ねた。
「そういえば、昨日の夜、何かあったのか?」
「あったよ」
バニラが言った。俺は驚いて彼女を見つめた。するとからかうように
「ラズルフが襲われていたね、勇者の一人に」
と笑った。
「あ、いや、あれは…」
そうだ。ディオのことをすっかり忘れていた。昨日何だかんだ悩んで落ち込んでいるときに襲われたから、抵抗する気すらなく、されるがままになっていた。
「ディオ、どうなったんだ?」
恥ずかしいのを承知で尋ねた。なんせ、自分は途中で気を失ったのだから。
「ディオ? ああ、あいつそう言う名前なんだ」
「ああ、ディオ・アークロイだ」
バニラとアーネストは顔を見合わせた。
「どうした?」
「勇者の子孫って、本当なんだ」
「ああ、あいつは、な」
俺はそっぽを向きながら答えた。
「それで、どうなったんだ?」
「さぁ、何と言うか。バニラにやられたな」
「えっ?」
バニラにやられた? バニラは胸を張りながら仁王立ちした。
「そう、私が彼に勝ったの。だから、彼は勇者じゃなくなったんだよ」
呆然と、その小柄な金髪の少女を見つめた。
「バニラが、勝った?」
そして、ディオが勇者じゃなくなった?
バニラは大きく強く頷いた。
「そ、そっか」
動揺していた。あいつは俺を狙っているから俺が仕留めると思っていたからだ。でも、俺がもしあいつの相手をしたならば、勢い余って殺していたかもしれない。そう考えるなら、彼女が彼を始末してくれて良かったのかもしれない。
急に無口になってうつむいた俺を心配したのだろう。バニラが顔を覗き込んできた。
「いや、なんでもないよ」
「本当?」
「ああ、大丈夫だ」
口を吊り上げて笑った。目も笑ったつもりだけれど、どうだろうか。
「そういえばさ、ラズルフが剣を盗んだって言っていたけれど、あれはどういう意味なんだ?」
「あ、ああ」
「あ、悪い。答えたくないなら、答えなくていい」
アーネストは慌ててそう言った。
「いや、いいんだ。第一、盗んだのは俺じゃない」
「へ? そうなのか? でも、あいつはそう言っていたが?」
ああ、面倒臭い。俺はため息を吐きながら、一つ一つ説明していくことにした。
「剣を盗んだのは俺じゃなくて、俺の仲間の神官だ。そいつがディオの村から盗んで俺を巻き込んだんだ」
「巻き込んだって…。盗んだ剣って、それか?」
アーネストは俺の腰にささる剣を指で示した。これはイーライでケインからもらったものだ。
「いや、これじゃない。『ミリート』だ」
「ああ。なるほど」
アーネストはそれで納得した。
勇者の子孫が、勇者が振るった剣を持っていてもおかしくない。そして、それが盗まれたとなれば血眼で探すだろう。そして、たまたまその探すのが勇者であったディオとなっただけ。人選ミスは否めないが。
「あ」
先行くバニラが声を漏らした。彼女を見ると、いつの間にか少し先の坂の上におり、村を見下ろしていた。
「ん、どうした?」
大股で彼女の横に立ち、同じように村を見下ろした。すると、俺も言葉を失った。
村の周りに広がる田畑。霧が薄く日の光が届いた今日だから見られた光景だろう。広がる田畑のあちこちで煌々と様々な色の光が照っていた。
「魔石だ」
遅れてやってきたアーネストが教えてくれた。
「魔石?」
「ああ、この辺りは特に魔力が多いらしくてな、数日で拳大の魔石が採れるんだ。畑で作物が取れなくなったけれど、代わりに魔石が採れるようになったんだ。今、村じゃあれを街に売っている」
「へぇー、綺麗だね」
見とれるバニラ。その腕にはアーテンベルズでベニゼラから作ってもらった腕輪が踊る。
「でも、魔石は今安いんじゃないか?」
「ああ、売るときはどれだけ高値をつけるか、が大変だ。だが、この村の魔石は他の村より純度が高いらしくてな、割と良い値を付けてくれるんだ」
得意げに言うアーネスト。彼が何故この村に残ったのか、何となく分かった。この村はまだ生きている。
それから間もなく歩くと、崖に突き当たった。崖の上を見上げると、微かに霧がかかっている。そして、その先はおぼろげにしか見えなかった。
「ここ?」
バニラがアーネストを振り返る。
「ああ、ここの辺りにあったと思った」
「何も見当たらないが…」
俺は辺りを見回したが、目の前には絶壁、背後には木々が生い茂っているだけであった。
「ここは私に任せてよ」
バニラが歩み出て、
「まぁ、見ていてよ」
と、崖にその右頬にある緑の痣カイロをあてた。
ゆっくりと目を閉じる。すると、彼女のその緑の痣はより一層強く輝き、その後姿からでも光をはっきりと見えるほどであった。
緑の痣から放たれる緑の光。それはバニラの頬を、肩を、腕を照らし、白い肌を緑で染めた。
バニラに風が吹く。それは横からではなく真下から。服のすそ、髪が舞う。そして痣からの緑の光。異様な雰囲気が漂う。
バニラを包む光が強くなったと思うと、絶壁に緑の光の線が数本走り、消えた。
ゆっくりと、バニラが目を開く。すると、それに合わせて痣は輝きを失い、彼女のただならぬ雰囲気も消えうせた。
「見つけたよ」
すごいでしょう? 自慢するようにニヤリと笑うバニラ。そのバニラはいつもの彼女だった。
「あったのか? 工房跡、という奴は」
アーネストがバニラに駆け寄り尋ねた。
「うん。まさにこの壁の中だよ。アーネスト、教えてくれてありがとう」
「まぁ、見つかったならいいさ」
照れ臭そうに頭をかくアーネスト。バニラは俺を振り返り、
「入り口、探そう」
と呼びかけた。
そこで思い出す。アーネストは案内をしてくれるだけで、ここで分かれるのだと。彼はこれから狩りをすると言っていた。
「アーネスト、ありがとな」
俺がそういうと、バニラのときとは違い、ただ手を振っただけだった。
「じゃ、俺は行くよ」
バニラを名残惜しそうに見つめながら、そう言い、彼は去った。
彼が去ってから、俺はバニラに尋ねた。
「昨日、やっぱり何かあったのか?」
バニラはまたもからかうように笑う。俺はそれを再び言われるのを防ぐために先に釘を刺した。
「アーネストと、さ」
バニラは不満そうに眉を寄せたが、俺は得意げに笑っておいてやった。
そして、バニラは
「別に何もないよ。ただ、ちょっと話しただけ」
そっぽを向いて、そう答えた。そして、先に行くね、と駆け足で絶壁に沿って行った。




