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21.喝采を受ける者

 荷車の護衛は、頼むまでは長い道のりであったが、いざ共に街道へ出て、護衛の仕事をしてみると、大した敵にも会わずに、あっという間にフレステレーヌへと着いてしまった。

 厄介な魔物との戦闘も覚悟していただけに、拍子抜けな結果となった。


「無事に着いたんだから、いいじゃない。」


 メルアンは呆れながら、そう言った。


 荷車の食料を管理している商人とは、フレステレーヌの門で別れた。お互いの無事を願いながら。


「にぎやかな街ですね。」


 街の様子を見渡して、カリュアが感想を述べる。

 フレステレーヌは王都から離れており、さして栄えていない街であるはずなのに、人々の顔は喜びで一杯だった。

 その喜びもそうだが、この街だけ、魔力に満たされていないというのが不思議でならなかった。街を囲う城壁の外には霧や靄のような魔力が控えているといるのに、城壁に囲われた内側は、魔力増大前のように適度な魔力しか感じられない。

 この街にも、聖具のようなものがあるのだろうか?


「そういう話は、聞いたことがないわ。この街にも神殿があるのは確かだけれど、大して特徴があるわけでもないし…。」


 メルアンはあ、と短く漏らし、


「そうよ、この街は武道で有名だったわ。」

「武道、ですか?」


 カリュアが興味を持って、振り返る。


「ええ。この街は昔有名な武道家がいたらしくて、ここに道場を建てたのがきっかけで武道が広まったらしいの。」

「武道、ねぇ。それってこの街の状況と何か関係あるか?」

「うーん。」


 メルアンは街の様子を見渡して、


「なさそう、ね。」


 と結論付けた。


「まぁ、そうでしょう。武道と魔法は時に相反するもの。魔法は自然そのものの力を利用するものですが、武道は己の力を最大限に発揮するものですから。」


 根本的な違いって奴か。


「さて、ひとまずどうしましょうか?」


 カリュアが、尋ねた。俺はメルアンにその答えを求める。メルアンは、


「ひとまず、この街の魔力について調べない? 聖具と違った魔力を元に戻す方法があるなら、多くの人を救えると思うの。」


 そういうことで、俺たちは宿をとってから、三人で行動することになった。イーライでの反省からだった。

 この街はイーライほど大きくないようで、領主邸を中心に展開された街だった。武道で有名というだけあり、街の北側には巨大な道場があり、その周辺には武道に励む人々が特殊な空間を生み出していた。

 建物のほとんどが木で作られ、塗装もされていないから木本来の色が建物の大半を占めていた。店は少なく建ち並ぶ建物ほとんどが住居として使われていると分かった。

 丁度、その一角を通りがかったときだった。


「だからさ、あいつは武道家に向いてなかったんだって。見ただろう? あの魔法。裏で密かに習っていたんだよ。」


 数人の黄ばんだ白い胴着を纏った少年たちが、地に座ったり、樽に腰掛けたり、建物の壁に寄りかかったり、くつろぎながら談笑していた。


「弱い奴だったしな。女のベーネスに負けてたしさ。」

「ああ、あれはありえなかったな。思いっきり投げ飛ばされてたの。あそこまで弱いとは思わなかった。」


 どうやら、彼らの話の話題は良い事ではないようだ。誰が笑われているにしも、不快な会話だった。

 ラズルフは彼らから気を逸らし、先行くメルアンを追った。彼女曰く、酒場なら情報が集まる。ということなので、酒場を捜し歩いていた。

 武道を行うものたちが、酒をたしなむとは考えにくいと思わないのだろうか。そう思ったが、他の考えが浮かばないので黙っておいた。


「ねぇ、あれ。何しているのかしら?」


 メルアンが立ち止まり、前方を指差す。その先には、大きな人だかりと、木で出来た舞台。その舞台の上には一人の男が堂々と立っていた。

 俺たちはその人だかりに近づき、舞台での出来事を見守った。


「さぁ、挑戦者はいないか? 腕に覚えがあるなら俺が相手になろう!」


 舞台上の男は太い眉に伸び放題の髪とひげ。いかにもむさいという言葉が相応しい。胴着は着ておらず、ズボンだけははいていた。だから、胸毛まみれの胸をこれでもかと惜しげもなく突き出して、挑戦者を募っていた。


「おい、これで九十九勝だろう。まさか百人勝ちしちまうかね?」


 前の男たちの会話。彼らは若いがしっかりとした体つきをしており、胴着を着ていることから武道家ということが分かる。しかし、彼は決して舞台の上に上がろうとしなかった。


「いないのか! どうだ?」


 舞台上の男は叫ぶ。しかし、誰もが敵わないと決め込み、周りを見回して誰かが舞台上に上がるのを願っていた。

 舞台上の男もいらだち始め、声を荒らげて怒鳴るようになっていた。

 人々は焦り、誰か行けよとさらに視線を泳がす。

 そのときだった。


「俺が相手になってやるぜ!」


 勇ましい声が、俺たちの後から響いた。人々は振り返り、彼を見る。

 短く切られた黒髪の少年で、余裕を持った笑みを浮かべている。周りにいる武道家と同じ胴着を纏っていることから、彼も武道家だと分かる。


「ダルスか。お前ごときが俺に勝てるとでも?」


 さっきの苛立ちはどこへやら。舞台上の男はダルスと呼ばれたその少年を見下ろした。ダルスはゆっくりと前に進む。人々は左右に分かれ、道を作る。堂々としたその姿勢は、武道家に相応しいものだった。

 舞台に一飛びで飛び乗り、男と対峙する。


「確か、ヘンゼン師範のところのジョメレイだったな。」


 ダルスは自分より頭一つ分も高いジョメレイを見上げて言った。


「俺の名を知っていたか。落ちこぼれムラシラの力馬鹿に知られて、光栄なこった。」


 挑発だった。ダルスは拳を握る。どうやら、頭に血が上りやすいらしい。


「俺の門下などどうでもいい。やるのか、やらないのか?」


 構えるダルス。ジョメレイは鼻で笑い、構えた。そして、舞台の下に控えていた仲間に合図を送り、仲間は鐘を鳴らす。

 鐘がなったと同時にジョメレイは動く。あれだけの巨体を瞬時に動かし、ダルスとの間合いを詰め、右手を下から突き上げる。ダルスは身を翻し、それをかわす。そして自らの足をジョメレイの足に絡ませ、体勢を崩そうとする。しかし、それは避けられ、放たれた裏拳を見事に食らった。

 俺はいつの間にかその攻防に釘付けになっていた。見る限り、武道家と言うのは男が多いらしく、その男たちが素手で戦うというので汗臭く、うっとうしいものと勝手に思い込んでいた。しかし、実際に見てみるとまるで舞踏のようであった。蝶のように華麗で、鳥のように奔放で、しかしその中に熊のような雄雄しさと猪のような荒々しさが潜んでいるのだ。

 勝負は、ジョメレイの優勢のままであった。始めの裏拳がよほどこたえているらしく、ダルスは鼻血を出しながら、攻撃を避けていた。しかし、次第に反応が鈍っている。これは勝負が決まったかもしれない。

 その瞬間であった。ダルスの目が一瞬鋭く輝いた。そして、繰り出された拳が耳を掠め、掠めたのと反対の拳をジョメレイの頬に叩きつけた。そこから、ダルスの反撃が始まる。ジョメレイがよろめいた隙に、顎に拳を、腹に蹴りを、そして、頭突きを食らわせ、ついにジョメレイは舞台に倒れこんだ。

 舞台を囲む観客は勝負がついた瞬間、そこに立つのがダルスであると確信するまでに時間を要した。しかし、ほんの少しの張り詰めた沈黙の末、一斉に喝采をダルスに送った。

 ダルスは舞台上で、深々と一礼すると、取り囲む観客を飛び越え、さっさとどっかへ去ってしまった。

 彼を追うものもいれば、去る姿を見つめるものもいた。勇姿とは、まさに彼のことだろう。




 ダルスとは、意外なところで話すこととなった。

 それは、武道家たちの区域の外れにあるこじんまりとした酒場であった。ひっそりとある酒場で、店内も薄暗く、密かに訪れるのに適した店構えだった。


「あれ、お前ら確かさっきいたよな?」


 カウンター席でどっかりと座るダルスが、来店してきた俺たち三人に話しかけてきた。


「ええ、あなたは、ダルスよね?」

「ああ、ダルス・ムラシラ・フェステイ。ムラシラ師範の一番弟子だ」


 酒の入ったコップを傾けながらそう名乗る彼が、さっきほどあの舞台で拳を交えていた武道家とはなかなか結びつかなかった。


「おや、珍しいお客ですね。さ、どうぞ」


 奥からこの店の主人がやってきて、俺たちに席を勧めた。

 ダルスの席から一つ空けてメルアン、俺、カリュアの順にカウンターに座った。適当に注文したところで、ダルスの方から尋ねてきた。


「旅人か?」

「ええ、そんなところ」


 メルアンが答えた。俺は話すのが得意ではないし、カリュアは席が離れているので自然とメルアンが答えることになったのだ。


「なぁ、途中でカルティスって奴に会わなかったか?」

「カルティス? ごめんなさい。会っていないわ」

「そうか…」


 何故だろう。カルティスという名が出た瞬間、店の主人の顔が強張った。


「ねぇ、こちらからも尋ねてもいいかしら?」

「答えられることならな。」

「魔力のことよ。なぜこの街だけ魔力が正常なの?」


 正確には違う。この街が異常なのだ。

 ダルスはカップの中の酒を一気に煽り、立ち上がった。そして、


「ついて来い」


 と、言った。

 俺たちは顔を見合わせ、席を立った。

 彼に連れて行かれたのは、領主邸の前にある広間の中央付近だった。そこには、人の背丈ほどの透き通ったオベリスクが突き立っていた。


「これは?」


 カリュアが尋ねた。


「分からない」


 ダルスは首を振った。


「何だか分かる?」


 メルアンが俺に尋ねたが、俺も分からない。カリュアはそのオベリスクに近寄り、見つめた。


「どうだ?」

「このオベリスクは、純度が非常に高い魔石です。こんなの、はじめて見ました…!」


 口に手をあて驚くカリュア。ダルスは呟くように語り始めた。


「少し前に、王兵が攻めてきたんだ。理由は知らないけどな。そのときカルティスが魔法で追っ払って、街に満ちてた霧を払って、これを立てたんだ」


 王兵が、せめて来た? 理由もなくそんなことをするだろうか? いや、それより霧というのは魔力で間違いないだろう。それを払ってってことは、そのカルティスというのは相当の魔法師のようだ。


「ねぇ、そのカルティスって人はどこにいるの? 魔力を継続して払う方法を尋ねたいの」

「奴はいないさ。追放されたんだ」

「追放…?」

「ああ、奴は武道家の誓いを破ったんだ」


 一転、ダルスは声を荒らげて怒鳴った。酒が回っているようだ。


「ちなみに、その武道家の誓い、というのは?」


 カリュアがオベリスクからダルスに首だけを向けて尋ねた。


「いろいろあるけどよ、魔法に頼るなってのがあるんだ。なのに奴は密かに魔法を習ってたんだ。でなきゃあんな魔法、使えっこねぇ!」


 どうやらダルスは悪酔いしているらしく、そのカルティスなる者の愚痴や悪口をわめき散らした。俺たちはメルアンの魔法で何とか眠らせ、宿を借りてダルスをベッドに寝かせた。彼の家が、どこだか分からなかったからだ。


「さて、どうするよ?」


 ダルスから少し離れたところで、俺たちは話した。


「まず、魔力を払う方法が知りたいわ。だから、カルティスって人を探しましょう」

「あのオベリスク、そして、王兵を追い払ったことを考えると、その人は相当の魔法師だと思います。私ですら、そんなこと出来ないのに…」


 カリュアは信じられないといいながら、どこか悔しそうだった。カリュアは魔法に対して自信を持っていたようだから、仕方ない。


「じゃあ、彼が起きたら、そのカルティスって人のこと、尋ねてみましょう」

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