2.仲を取り持つ者
気がついたときは、すでに山のふもとの宿場町にいた。気がついて、だんだん今の状況が理解されていく。そして、俺は頭を抱えた。
もう、家には帰れない。
「あ、気がついた?」
顔を上げると、女が立っていた。俺を勝手に仲間呼ばわりして、村に帰れなくなった原因を作った奴だ。
俺はふつふつと怒りがこみ上げてくるのが分かった。俺はその怒りをそのまま女にたたきつけた。
「お前のせいだ。どうしてくれる!」
「何が?」
怒りが増した。
「村に帰れなくなったことだ! どうしてくれるんだ?」
宿場町の中心にある噴水の傍。声は朝の静かな空気を打ち破るように響いていたが、今はそんなことを気にしている場合じゃなかった。
「なんだ、そんなこと?」
「そんなこと!? お前にとってはそんなことかも知れないが、俺にとっては一大事だ。」
「そんなこと、よ。勇者にこの剣を届けるためだもの、仕方のない犠牲だわ。」
女の全く悪びれない様子に、俺は怒りが収まらなかった。それに“勇者”という単語が俺には最も気に食わない部分だった。
「勇者? ふざけんなよ。またそれか。たかが魔王を倒したくらいでなんだっていうんだ? 勇者なんてただ剣を振るうしか脳がなかった屑だろ!」
「勇者を侮辱するの? それは恐れ多いことだわ。あなたが勇者をどう思っていようと勝手だけど、それを口にするのは許されないわ。特に、私の前じゃ、ね!」
女は数歩下がり、辺りに魔力が集まる。魔法を使う気か。俺は立ち上がり、俺の脇におかれていた、女が大事そうに抱えていたものを握り、それで女を殴ろうとした。
「やめないか、二人とも。」
俺たちの間に割ってはいるものがいて、結局殴ることは出来なかった。
「デニス?」
それはこの宿場町を切り盛りする初老の商人だった。
「つまり、ラズルフは彼女に巻き込まれて、村を出る羽目になったんだね?」
デニスの家の応接間、そこに俺たちはつれて来られていた。町の中心地であれだけの騒ぎをしていたのだ。この町の顔であるデニスの耳に入るのにそう時間は要らない。デニスは、俺たち両方の話を聞くことにした。
「さて、神官のあなたのこれまでのことを聞こうか? その前に名前を教えてもらってもいいかね?」
デニスは俺の向かいでふくれっ面をする女に尋ねた。
「メルアン・ミシュエルよ。命令であの村に行って、これを受け取ったの。結果的に彼を、ラズルフ、だっけ? ラズルフを巻き込む形になったわ。」
「そうか。」
デニスは、メルアンの脇においてある、メルアンが受け取ったものを見た。布で厳重に巻かれたそれは、中身が長くて細長いもの、ということしか分からない。
「それは『ミリート』、だね?」
メルアンは驚いてデニスを見る。
「昨晩の騒ぎは、私の耳にも入っているよ。もちろん、君のこともね。」
メルアンは布に包まれた『ミリート』を自分の方に寄せる。
「ああ、警戒しなくていい。私はあの村の者ではないからね。君がどういう方法でそれを手に入れていようと、私は一切関与しない。それより、ラズルフのことだ。」
一息ついて、デニスは続けた。
「彼は村人との間に確執はあったが、あの村で暮らしていた。まぁ、平穏にね。しかし、聞く限り、君はラズルフのその平穏を奪ってしまったそうじゃないか。」
「ええ、でも、それは仕方のないことだわ。」
「仕方のないことかも知れないが、事実だ。これは勇者に頼んでも変えられない。」
メルアンは押し黙った。
「あなたを責めるわけではないが、彼をこうしたのは勇者ではなくあなただ。さ、君はどう責任を取るんだ?」
「神殿に連れて行くわ。神殿で仕えれば、食べるところにも住むところにも困らないし…。私からも神官長に申し出てみる。」
メルアンは誰もいないどこかを見て、言った。
「だ、そうだ。ラズルフ、どうする?」
「し、神殿か…。」
最も行きたくないところではある。しかし、彼女のこの話を断れば、明日はどうなるか分からない。それに、いつまでもこの町にいるわけにはいかない。村はすぐそこなのだから。
これって、初めから選択肢がないんじゃないか?
「分かった。それでいいだろう。」
ため息と共に、その言葉を吐いた。
「そう、なら、決まりね。」
メルアンは、話は終わったと立ち上がり、部屋を出て行った。俺も仕方なく立ち上がり、着いていこうとしたが、デニスに呼びとめられた。
「ラズルフ、災難だったな。」
「ああ、迷惑をかけて申し訳ない。」
「なに、誤ることはない。困ったときはお互い様だ。」
デニスはいい奴だった。時々町におりて来るとき、必ずと言っていいほど、彼のお世話になった。結局、彼に恩返しはできそうにない。
「これを持っていくといい。」
デニスは後に控えていた給仕が持っていた小さな鞄を押し付けた。
「何だ?」
「旅支度だ。どうせ何も持っていないんだろう?」
「デニス…。」
「ほら、そんな顔するな。ほとぼりがさめたら一度顔を見せろ。母親の墓は、私たちが面倒を見てやるから。」
「本当に、何から何まで…!」
「何、息子のいない私にとって、お前はそれに値するものだ。これぐらいさせろ。」
俺は目頭が熱くなる。
「ああ、それと…。」
デニスは急に険しい顔になって、俺に言った。
「お前は知らないようだが、お前の父は村から宝を盗んで逃げた。もしかしたら、どこかで会うかもしれない。盗んだのは『パーツォ』という首飾りだ。」
早口に言い切ると、さぁ行けと俺の背中を押した。
俺はデニスの言った言葉がずっと頭から離れなかった。
「遅い。」
メルアンはデニスの家の前で仁王立ちして待っていた。
「悪かったな。」
俺はデニスに受け取った荷物を担ぎ、悪びれた様子もなく応えた。
「さっさと行くわよ。」
メルアンは歩き出す。俺はその後から着いていく。そんな風に俺の旅は始まった。




