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13.土へ還る者

 いつかあったように、真っ暗闇の中に俺と青い球体だけが浮かんでいた。


「『ミリート』、だな?」


 俺は、夢の中だと自覚していながら、意識がはっきりしているのに不思議な感じがした。その球体が顔もないのに笑ったのが分かった。


「これで会うのは三度目、ということか。」

「三度目?」

「一番初めの夢と、勇者の間。そして今回で。」


 勇者の間の再会は俺の中でカウントされていないのだけれど、それの中ではすっかり数のうちに入るらしい。


「で、いつ、俺を選んだ?」

「いつ? 選んだのはお前が生まれたときだ。」

「はぁ?」


 途方もない話。俺は俺が生まれたときから勇者として選ばれていた?


「契約したのは、お前の夢に出たとき、だがな。お前に我に触れよと言ったであろう? あれがそうだ。」


 あれが契約だったのか。全く、余計なことをしてくれる。


「なんで俺を選んだんだよ。他に相応しい奴、居たんじゃないのか? そうだな、村長の息子のディオとかさ。」

「はんっ、あんな馬鹿な奴を勇者に選ぶか。村の悪循環をそのまま継承した馬鹿じゃないか。我は血に捕らわれていないお前を選んだ。血に捕らわれていないだけじゃない。お前には誰も持ってないものがある。」

「誰も持っていないもの? 何だよ、それ。」


 『ミリート』はもったいぶったように笑った、ような気がした。


「知りたいか?」


 かすかな期待を込めて、


「知りたい。」

「はっ、教えると思ったか。」


 ない鼻で笑われた。


「ああ、そうだ。下らぬ無駄話で言い忘れるところだった。王都の南に魔力で侵された街がある。名前は確かフレステレーヌだ。その街に行け、さすれば運命は少し動くだろう。」


 そう言って、『ミリート』は消えた。そして、間もなくして、俺も目を覚ました。




 夢、というのだろうか。『ミリート』と話していたが疲れは感じない。ぐっすり寝た結果でもあるのだろう。腹が鳴り、そういえば昨日のお昼から何も食べていないことを思い出す。ベッドを起きだしたのは良いが、どこに飯を食べに行けば良いのか全く分からず、結局、ベッドに座って、飯を催促する腹を抱えているしかなかった。


「あ、ラズルフ、起きてる?」


 メルアンがやってきた。


「ああ、起きてるよ。」


 主張するように腹が鳴った。意図的ではない、偶然だ。


「ああ、やっぱりお腹空いてるよね。昨日夕食に呼びに来たらぐっすり寝てたもの。」

「ああ、そうなのか。で、どこで飯が食えるんだ?」


 俺は立ち上がり、メルアンより先に部屋を出る。


「神官用食堂があるの。そこで食べましょう。あと、食後に神官長様が、話がしたいっておっしゃっていたわ。」

「ああ、俺もちょっと話すことがある。」


 『ミリート』との話のことだ。

 俺たちは歩き出した。歩き出すと言っても、食堂の位置を知っているのはメルアンで、俺はメルアンの後に着いて行くだけだった。


「そういえばさ。」


 歩きながら、メルアンに呼びかけた。メルアンは振り返らずに


「ん、何?」


 俺は呼びかけたくせになかなか聞きたいことを言い出せなかった。でも、意を決して口にした。


「エズワルド、どうしてる?」


 思い出すと、ひどいことを言ったと後悔の念を抱く。俺は、彼の生きがい、生きる意味を奪ってしまった。彼が、心配だった。

 メルアンは、努めて無感情に


「彼なら、大丈夫よ。」


 と言った。


「そっか。」


 もちろん、嘘だろう。人は誰であれ、生きる意味を突然思わぬ形で奪われて、簡単に立ち直れるはずがない。特に、彼の場合はその意味合いが大きいだろう。勇者、という存在が大きいから。

 そうしてみると、勇者の座を勝ち取った俺は勇者になる気がない。これが一番彼に悪いと思う部分だと思った。思ったからと言って、そうホイホイ変えられるものではないけど。

 神官用食堂に入ると、皆の視線が一気に俺に集う。俺は思わず竦めた。


「気にしなくていいわよ。」


 メルアンがそういったが、俺に集まる視線の多くはどこか冷たく鋭い。まるでお前が勇者だと認めない。そう言うように。俺だって勇者になりたくてなったんじゃないけどな。

 俺は刺すような視線に耐えながら、あまり味のない食事を終え、早々に神官長室に入った。


「ああ、お待ちしていましたよ。ラズルフ殿。さぁ、おかけください。」


 俺は、ネフタスに進められ、座る。


「さて、早速ですが、これからのことをお話いたしたいと思います。」

「待ってくれ、昨夜『ミリート』から話しかけられた。」

「本当ですか。で、『ミリート』は何と?」


 ネフタスは身を乗り出さんばかりに聞いてきた。


「フレステレーヌという街に行け、といわれた。王都の南にあるらしい。」

「フレステレーヌ…。」


 ネフタスは地図を引っ張り出して、机に広げ、その街を探した。


「ああ、ありましたね。ですが、ここの地は魔力に汚染されているはずです。」

「ああ、『ミリート』もそう言っていた。そして、その街に行けば運命が少しは動く、と。」

 ネフタスは考え込んだが、すぐに答えを出した。


「分かりました。先の闘いでラズルフ殿は魔法が使えることを確認しています。なので、かの地に赴いてもおそらく、大丈夫でしょう。少々不安が残りますが、我々はあなたの行動を応援致します。」

「そ、そうか。」


 勇者としての行動を応援されてもな。

 俺はただ普通に神殿で働くつもりだったのだ。それなのにいつの間にこんなことになったのだろう。もし、ここ、神殿で普通に働かせてくれ、といわれてもうまいように煽られて勇者業をやらされる羽目になるのだろう。

 どっちみち、ここに居れば勇者として認識されるのだ。早いところここを出たほうがいい。

 俺に釘を刺すように、ネフタスは言った。


「お共に、メルアンをつけましょう。至らぬ娘ですが、神官としては一人前であります。そして、何より彼女は神官魔法に長けています。少々突っ走りますが、あなたのことを気に入っていたようなので、大丈夫でしょう。」


 え、そうなのか? と笑いながら俺は泣いた。監視付きか。

 そのとき、メルアンが入ってきた。俺が先に食事を終え、この部屋に入ったからだ。もちろん、メルアンには一言言っておいたから、文句は言われなかった。


「えっと、今、どのような状況ですか?」


 メルアンは話の内容を尋ね、ネフタスは答えた。


「『ミリート』がフレステレーヌという街に行くようにと告げられた。王都の南にあるらしい。メルアンも付いていきなさい。」

「フレステレーヌ? 聞いたことない街だわ。でも、行きます。」

「そうか、なら構わない。ところで、いつ出られますか?」

「早いほうがいいだろう。今日の昼でどうだ?」


 自分でも早いと思うが、早くここから、勇者という存在から離れたかった。


「ええ、ずいぶん早いですね。でも、すぐに準備は整いますよ。メルアンのほうは、いいですか?」

「え、も、もちろんです。」


 ちょっと慌てている。


「そうか。なら、いいでしょう。フレステレーヌの街がどこにあるのか分かりますか?」

「いや、分からない。説明してもらっていいか?」

「ええ。まず、ここが神殿のあるアクヴォで…。」


 ネフタスの説明は実に分かりやすかった。まぁ、神殿の教典や教義を人々に教える神官の長をしているのだ。これくらい、当たり前なのかもしれない。

 フレステレーヌという街は、王都の南にあり、物流で栄えた街である。最も、今は増大した魔力で都市機能はほとんど停止状態なのだそうだ。そして、そこの街に行くには、馬車を乗り継ぎ、森を抜けなければならないらしい。この森は最近人が立ち入るようになったので、あまり道が整備されていないらしい。なので、馬車は通れない、とのことだ。そして、その森を抜け、川を渡り、そこからまたしばらく歩くと、フレステレーヌに着くらしい。地図で上から見ただけでは分かりづらく、こういうのは歩いて知るほうがいいようだ。

 道のりの説明が終わり、旅支度は神官たちがやってくれる、ということなので、俺は出発まで暇が出来た。そこで、ネフタスは提案した。


「巫女に会われたらどうでしょう。巫女はあなたに興味をもたれていましたし…。」


 そうすることにした。巫女は神殿の地下にいるらしく、普段はそこで瞑想をしているとのことだ。


「ラズルフだろう、入りなさい。」


 巫女が居るといわれた部屋の扉の前に立つと、突然中から声がして、俺はノックしようとする恰好のまま、止まった。聞き間違えかと思ったが、再度「入れ」との言葉に、俺は恐る恐る扉を開けた。


「何をしている。さっさと入れ。」


 ぴしゃりといわれた。俺は全身に雷鳴が走ったかのようになり、まるで猫の前のネズミのような素早さで部屋に入った。

 巫女の部屋は、奥の壁に祭壇があり、そこに輝く水晶が置いてあって、それが部屋の一部を照らしていた。この部屋に照明となるものはそれしかなく、部屋全体は薄暗かった。巫女は祭壇の前に座り、祭壇に向かって祈りを捧げている途中であった。


「来たか。」


 巫女は、顔を上げた。動きのしなやかさからして、おそらく勇剣継承の儀で会った若い方だろう。


「ラズルフ、汝が勇者として預言を受けし勇者、エズワルドを負かしたことにより、彼を勇者としていた預言は消えうせた。」


 巫女の言葉は前のときより覇気がなく、この部屋を満たす空気に飲み込まれてしまいそうなほど、か細い声であった。


「しかし、これは終わりではない。来るべき災厄はもたらされ、勇者はそれを打ち破るのだ。」

「ま、待ってくれ。」


 俺は慌てて制止した。大きな声ではできなくて、抑えた、小さな声で。


「俺は勇者になる気はないんだ。エズワルドを負かしたのは確かだが、俺は、ゆ、勇者になりたくない。」


 最後は、尻すぼみになった。勝っておいて勇者にはならない。そう言って、叱責されると思った。しかし、巫女は黙り、やがて吐いた。


「勇者は最後に一人になるが、お前がその一人になるとは限らない。」

「えっ?」


 巫女は、静かに、さっきよりしっかりとした声で続けた。


「勇者には過酷な運命が待ち受ける。それは悲しみであり、怒りであり、喜びであり、苦しみでもある。そのすべてを通して、運命に打ち勝つものが来るべき災厄に立ち向かえる勇者となれる。」

「つ、つまり、俺以外に勇者がまだいる、っていうことか?」


 巫女は答えない。


「汝には『ミリート』がある。『ミリート』に従え。」


 巫女は、疲れたように、息を吐く。


「我は、預言を受けし勇者のために与えられた駒、その役目は、もう、終わった。」


 巫女は、祭壇からの明かりでも分かるくらいに、急激に老いた。そして、その場に崩れ落ち、俺は慌てて駆け寄ったが、そのときにはすでにただの土の塊と化していた。

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