22世紀日本:モダンタイムス2.0
チャップリンの『モダンタイムス』(1936年)は、非人道的な工場労働をユーモラスに描いた映画です。
作中に出てくる、労働者に働かせながら食事ができるという触れ込みの、自動給餌器をめぐるドタバタの面白さは、80年以上がたった今も色あせません。
映画に出てきた、労働者をひたすら働かせるための自動給餌器──これの未来バージョンはできぬものかと考えて書いたのが、この掌編です。
バイト労働者がマリオネットに操られて働かされる、ディストピア未来を、ご笑覧あれ。
作業内容:荷下ろしと仕分け
勤務時間:4時間(充電休憩を含む)
給与:3万新円(法定最低賃金)
今日はバイトである。
工場の裏にある倉庫に行くと、マリオネットを渡される。
マリオネットは、アシストスーツの一種だ。今はほぼすべてのアシストスーツがマリオネット機能を搭載しているので、アシストスーツの代名詞ともなっている。
マリオネットを着込み、腰に電源ベルトを巻く。
マリオネットの重量は電源込みで10kgを超えるが、動きはじめれば、力はほとんどいらなくなる。それどころか、頭もほとんどいらない。マリオネットの指示するがまま、体を動かせばいい。人形使いの中にいるわたしは、人形だ。
まずは、荷下ろし。
着用者の体重くらいまでの重量物なら、マリオネットでやすやすと持ち上げられる。マリオネットが指示する動作パターンに従えば、腰にも膝にも負担はかからない。
スポーツで格闘技を学んでいる友人に聞いたのだが、マリオネットの動きは武術の達人に匹敵するらしい。立ったり座ったりする所作が、何千時間という鍛錬を積まねば到達できぬ高みにあるのだとか。それはそうだろう。全世界で日々、何百万という労働者がマリオネットを使って、荷物を持って立ったり座ったりしているのだ。行動データの蓄積量だけで、個人が一生を費やして獲得できるものを凌駕している。
ぼんやりと、バイトが終わったら何をしようと考えている間に、仕事内容が荷下ろしから仕分けに切り替わっていた。箱を開くと、中にはいっているのは野菜だ。倉庫の表側にある工場で裁断され袋詰めされる。わたしの仕事は、種類や大きさごとに野菜を分類して、決められた仕切りに放り込むこと。ここにある野菜は、どうせ裁断するので、多少は乱暴にあつかってもかまわない。
仕分け作業もまた、マリオネットにおまかせだ。手でつかみ、胸のところのセンサーにスキャンさせ、そして、指定された仕切りの中に放り込む。
野菜の仕分けは、ちょっとした訓練さえ受ければ、誰でも可能な仕事だ。マリオネットのなかった昔は、バイトも、マニュアルを渡されて仕事のコツや手順を覚えたという。信じられない話である。頭を使う仕事など、法定最低賃金でやる事ではない。
マリオネットに体を委ね、わたしは自分の生体モニタを見る。今のわたしの脳の活動は睡眠より少しマシなくらい。いるのだ。わたしのように、仕事をやらせると脳がダメになるタイプが。わたしは知性も教養も平均以上の持ち主だが、仕事にはまったく使えない。そんな人間でも、熟練労働者……は言い過ぎだが、それに近い仕事をさせてくれるのが、マリオネットのよいところだ。
脳を空っぽにさせて働いている間に、休憩時間になった。
充電コーナーにいって、マリオネットの電源ベルトを外して充電器にさしこむ。
マリオネットを脱ぐと、食事とトイレだ。
食事は、仕事をしながら注文済み。宅配ドローンが、休憩所に届けてくれている。
「ナンバー6。ナンバー6と……お、あった」
届いた箱に、親指の腹を押し当てる。生体認証でロックが外れ、隙間から湯気と香気が広がる。
「ふっふっふ。労働者の昼飯とくれば、これよな」
おにぎりである。
それも、ただのおにぎりではない。
米一合を握った、巨大なおにぎりだ。表面を炙って軽く焦がしてある。
オプションの漬物と味噌汁も外に出して並べる。
「いただきます!」
恋人にキスするがごとく。おにぎりにかぶりつく。
表面は炙ってわずかに固く。中はほどよく米がほぐれる。
味つけは塩のみ。米の甘みがひきたつ。
「むほほほ」
自然と笑顔になる。
バイト労働の苦しさが癒やされるようだ。
漬物をポリポリとかじり、また一口。
味噌汁をズズッとすすり、また一口。
家で食べてもおいしいが、満足度は労働して食べる方が圧倒的に上だ。
「ごちそうさま!」
食事が終わった。充電も終わる頃合いだ。
さあ、バイトも後半戦だ。
再び脳を空っぽにして、マリオネットに操られよう。
わたしはするっ、と立ち上がる。