表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

22世紀日本:モダンタイムス2.0

作者: 銅大

 チャップリンの『モダンタイムス』(1936年)は、非人道的な工場労働をユーモラスに描いた映画です。

 作中に出てくる、労働者に働かせながら食事ができるという触れ込みの、自動給餌器をめぐるドタバタの面白さは、80年以上がたった今も色あせません。

 映画に出てきた、労働者をひたすら働かせるための自動給餌器──これの未来バージョンはできぬものかと考えて書いたのが、この掌編です。

 バイト労働者がマリオネットに操られて働かされる、ディストピア未来を、ご笑覧あれ。


 作業内容:荷下ろしと仕分け

 勤務時間:4時間(充電休憩を含む)

 給与:3万新円(法定最低賃金)


 今日はバイトである。

 工場の裏にある倉庫に行くと、マリオネットを渡される。

 マリオネットは、アシストスーツの一種だ。今はほぼすべてのアシストスーツがマリオネット機能を搭載しているので、アシストスーツの代名詞ともなっている。

 マリオネットを着込み、腰に電源ベルトを巻く。

 マリオネットの重量は電源込みで10kgを超えるが、動きはじめれば、力はほとんどいらなくなる。それどころか、頭もほとんどいらない。マリオネットの指示するがまま、体を動かせばいい。人形使い(マリオネット)の中にいるわたしは、人形だ。


 まずは、荷下ろし。

 着用者の体重くらいまでの重量物なら、マリオネットでやすやすと持ち上げられる。マリオネットが指示する動作パターンに従えば、腰にも膝にも負担はかからない。

 スポーツで格闘技を学んでいる友人に聞いたのだが、マリオネットの動きは武術の達人に匹敵するらしい。立ったり座ったりする所作が、何千時間という鍛錬を積まねば到達できぬ高みにあるのだとか。それはそうだろう。全世界で日々、何百万という労働者がマリオネットを使って、荷物を持って立ったり座ったりしているのだ。行動データの蓄積量だけで、個人が一生を費やして獲得できるものを凌駕している。


 ぼんやりと、バイトが終わったら何をしようと考えている間に、仕事内容が荷下ろしから仕分けに切り替わっていた。箱を開くと、中にはいっているのは野菜だ。倉庫の表側にある工場で裁断され袋詰めされる。わたしの仕事は、種類や大きさごとに野菜を分類して、決められた仕切りに放り込むこと。ここにある野菜は、どうせ裁断するので、多少は乱暴にあつかってもかまわない。

 仕分け作業もまた、マリオネットにおまかせだ。手でつかみ、胸のところのセンサーにスキャンさせ、そして、指定された仕切りの中に放り込む。

 野菜の仕分けは、ちょっとした訓練さえ受ければ、誰でも可能な仕事だ。マリオネットのなかった昔は、バイトも、マニュアルを渡されて仕事のコツや手順を覚えたという。信じられない話である。頭を使う仕事など、法定最低賃金でやる事ではない。

 マリオネットに体を委ね、わたしは自分の生体モニタを見る。今のわたしの脳の活動は睡眠より少しマシなくらい。いるのだ。わたしのように、仕事をやらせると脳がダメになるタイプが。わたしは知性も教養も平均以上の持ち主だが、仕事にはまったく使えない。そんな人間でも、熟練労働者……は言い過ぎだが、それに近い仕事をさせてくれるのが、マリオネットのよいところだ。

 脳を空っぽにさせて働いている間に、休憩時間になった。

 充電コーナーにいって、マリオネットの電源ベルトを外して充電器にさしこむ。

 マリオネットを脱ぐと、食事とトイレだ。

 食事は、仕事をしながら注文済み。宅配ドローンが、休憩所に届けてくれている。


「ナンバー6。ナンバー6と……お、あった」


 届いた箱に、親指の腹を押し当てる。生体認証でロックが外れ、隙間から湯気と香気が広がる。


「ふっふっふ。労働者の昼飯とくれば、これよな」


 おにぎりである。

 それも、ただのおにぎりではない。

 米一合を握った、巨大なおにぎりだ。表面を炙って軽く焦がしてある。

 オプションの漬物と味噌汁も外に出して並べる。


「いただきます!」


 恋人にキスするがごとく。おにぎりにかぶりつく。

 表面は炙ってわずかに固く。中はほどよく米がほぐれる。

 味つけは塩のみ。米の甘みがひきたつ。


「むほほほ」


 自然と笑顔になる。

 バイト労働の苦しさが癒やされるようだ。

 漬物をポリポリとかじり、また一口。

 味噌汁をズズッとすすり、また一口。

 家で食べてもおいしいが、満足度は労働して食べる方が圧倒的に上だ。


「ごちそうさま!」


 食事が終わった。充電も終わる頃合いだ。

 さあ、バイトも後半戦だ。

 再び脳を空っぽにして、マリオネットに操られよう。

 わたしはするっ、と立ち上がる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] モダンタイムスの自動給餌器、二人羽織が如く食べさせるのに徐々に失敗していくのですが、「口を拭う」動作だけは(食べようが食べまいが)確実に動作しているのがツボにハマって笑い転げた覚えがあります…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ