Ⅲ ナターシャ
展開をはやくしすぎました…
あれから一日がたった。
部屋の中で安静にするよう言うと大人しく従った。
次も無いとは言いきれないが少しは現実を見れただろう。
俺はセリカの部屋を一瞥すると書類の整理にとりかかる。
コンコン
扉からノックの音が聞こえる。
この街でトップ以外に尋ねる際の最低限の礼儀が行えるのは、稀に訪れる外からの客であろう。
こういった客はたどり着くまで、この街の猛威を潜り抜け、ここに絡みつく魔法陣を突破した強者である。
だが、更に異質な者はその中から垣間見ることがある。
目前の様に文字通り戸を叩く事ができる存在。
この家に張り巡らせた術を掻い潜り、俺に悟られず扉に触れることを可能とする者だ。
大戦後、逃げ込むようにこの街へと転がり込んだ俺は生存を悟られぬよう自身の住処に多くの魔術を組み込んだ。
認識阻害、空間拡張、自分で扱えない物は魔術スクロールを重ね組み込んだ。
出来上がったころにはカルナが気楽に来れないと文句を垂れていた。
その魔術を掻い潜った者に意識下で警戒しつつ俺は戸を開けた。
「ふふっ、ここがベルトラの情報屋かしら?」
そこには真黒な髪に黒い瞳を持つ、妖艶と言う言葉がふさわしい女性が立っていた。
顔の形のみを見れば幼いと言えるが、そのたたずまいからは違和感と言っていい程に大人びた風格を見ることができる。
「そうだ、中に入ってくれ」
俺は警戒を解かず客間へと案内する。
「何の情報を求めて?」
とりあえず要件を聞くことにする。
手元にない場合もあるがその時は調べた後、手渡すかを考える。
「その前に自己紹介いいかしら?」
胸元に手を当てながら言う。
「わたくしの名はナターシャ・カルドネル、伯爵家の娘をしているわ」
堂々とした口調でそう言った。
カルドネル伯爵の娘、わざわざ胸に当てた指にはしっかりと家紋の入った指輪が嵌められている。
これを所持しているということは伯爵自身が認知している正式な令嬢であろう。
それに、もう1つ気になることがある。
今整理していた資料は今回多数の地域で発生しているヘッケラー商会がらみと思わしき失踪事件をまとめたものだ。
この中で浮き彫りとなった人物…セレウス・カルドネル
つまり、目の前にいるナターシャ・カルドネルの実の親だ。
出資時期、領民失踪数の増加傾向、多くのことからあの商会はカルドネル伯爵の子飼いであると目星を付けた矢先にこの女がやってきた。
偶然とは考えがたい。
「父であるセレウス・カルドネルの悪行について確固たる情報を譲って欲しいの、わたくしの身分を明かした理由よ」
親の威厳を落とすことでこの女は権利相続でも狙っているのだろうか。
たが、あいにく持ち合わせていない。
「すまないが、それらしい情報は今持ってないな」
「ふふっ、でも持ってきてくれるのでしょう?ここはどんな情報も取りそろえられると噂なのよ?」
噂とは常に形を持たない、そんな物を当てにしてやってくるのはよっぽどだ。
しかし、俺の知らない情報があるという情報はこうやって客側から仕入れられる時がある。
真偽も含めそれを調査することは辞さない。
「あんたにそれを売るかは別だがな」
別に俺は探偵業をやってるわけじゃない。
この国での内情を知ることで俺の暮らしを確立させてるだけだ。
「んー…それは困るわね」
あまり困っていないような仕草で言う。
「そうだ!お支払に付けてあなたのお仲間のお墓をわたくしの領地に建てるのも報酬としてつけるわ!ね?レノ様?」
…この女、俺の正体を知りながら接触してきたようだ。
しかも俺とあの大戦を共にした奴らのことも調べている。
だが俺はあの時間を過ごした仲間たちへ何もしてやれてない。
自分が生き延びてしまったばかりに…
「分かった、調べてこよう」
この依頼を受けることにした、しかし目の前の女以外に憂うとすれば預かっている次期聖女セリカのことである。
この依頼は彼女が巻き込まれている物に近づく。
同行させようにも……いや、どうせこのままであればもう一度この事件へと首を突っ込みそうだ。
それならばこの依頼ごと解決した方がいいだろう。
「じゃあ、5日後また来てくれ」
「あら、随分と速いのね」
俺はそれ以上何も言うことはなく商談を終えた。