Ⅱ セリカ
カルナは仕事に戻り、家には俺とセリカしかいない。
「とあえずそこの部屋を使え、入用なら言ってくれ」
そう言って空き部屋を指さす、俺の家は無駄に部屋数が多く埃の積もるばかりであった。
「あの、本当に大聖者レノ様なのですか?」
セリカはずっと気になっていたであろう質問をする。
カルナとの話を途切れさせないため切り出せずにいたのだろう。
「そういう風には呼ばれていたな」
「金の瞳を持つ聖職者、聞いたとおりです…が、髪は白くはなかった様な」
聖職者でレノという名に金の双眸、他に当てはまる奴はそういないだろう。
たしかにあの大戦以来、髪の色は白へと変わった。
そのおかげか、簡単に悟られるようなことはなく今まで暮らせてきた。
コソコソと暮らすために集めた情報を売りさばいたのもこの始まりだ。
「多くの者の命を救い、あの大戦でも両軍の兵を癒し駆け巡ったと…」
「昔の話だ」
「なぜ、命を落とされたと知らせが…」
「君が知る必要はない、俺の目に届くような所にいれば後はあいつが何とかしてくれる」
それ以上、何があったのか聞いてこなっかた。
セリカも薄々教会の影の大きさには気が付いているのだろう。
本来ならば次期聖女という大きな存在を守るのは教会がすべき事だ。
「私だけが狙われてるとも思えません」
「だろうな」
セリカを狙う商人が牛耳るヘッケラー商会、最近よく裏の経済を回しているのを聞く。
こいつらが現れてから裏から人間が消えるのを聞くようになった。
それに孤児院の子供や聖職者の失踪もだ。
「やはり、私だけ待ってるなどできません」
そういって、この家から飛び出そうとする。
「お前一人で何ができる」
扉の外は魑魅魍魎、それを切り抜けたとしても聖女の位を正式に受け取っていない一人の少女が動かせるものは目の前の扉くらいだ。
「何も出来ないからと動かないから何も変わらないんじゃないですか」
まるで本当の聖職者の様なことを言う。
少なからず教会内部の揺らめきは察しているはずだが、まだ芯は残っているようだ。
「お前の意見は幾らでも聞いてやる、部屋のなかに入っておくんだな」
そう言ってセリカを部屋の中へと追いやった。
暗く日の落ちた夜。
闇を得た住人たちは活気に溢れ酒気を帯びた。
喧騒に満ちた道を小さな影が駆け抜ける。
それはさながら逃亡者、何かに追われるかの様であった。
その影は歓楽を抜け、市を抜ける。
「やっと見つけたぞ」
不意に目の前から声がする。
声の先には一人の細身の男が立っていた。
男は黒く顔まで布で覆い、まるで影その物かのように不気味な出立ちであった。
ただひたすら人を避け、走り抜けたと思えば意識の外側から人間が出現した。
「こんな所で止まるわけには!『レジストガード』!」
男は英石の様な壁に囲まれる。
男を足止めした逃亡者はすぐさま走り出す。
一刻とも惜しい、そんな焦りを感じる程だ。
走り続けた疲労からなのか肩から熱を感じる。
「……!!」
声にならない痛みを感じた。
肩からは刃物形の金属が生え血が流れている。
それを意識した瞬間更なる苦痛が襲いかかる。
「こんなもの足止めにもならん」
そこには魔術で閉じ込めたはずの男が立っていた。
応急措置ほどの治癒魔法で傷口を塞ぐ。
『レジストウォール!』
男との間に魔術で形成された透明な壁を作り出す。
そして、距離をおこうと走り出す瞬間、足から同じ様な痛みに襲われた。
「通用せぬのが分からぬか」
後ろには男が立ち足には深々と刃物が突き付けられていた。
「!!!!!」
痛さで涙が溢れる。
何も出来ない悔しさで涙がこぼれる。
「大人しく捕まっておけば良いものを」
男は逃亡者に近より捕まえようとする。
逃亡者は、少女は、セリカは思う。
どの行動が正解だったのか、誰の言うことを信じれば良かったのか。
様々な事を思い出す。
そして、男の手はセリカへと伸び……消えた。
『消失』
次に男の腕ごと失われる。
その光景が理解できないものなのは男も同じだったようで、周囲が見渡せる距離まで飛び退いた。
「何者だ!」
男が叫ぶ。
片腕を失っても苦渋の表情を出さず、平静を保てる様を見るに多くの修羅場を潜ってきた者だろう。
「一応、預かりの依頼なんだ。傷を残す訳にはいかないよな」
これをやったであろう本人がまるで独り言を言うかの様に姿を見せた。
レノが襲撃者の腕を消し去る。
何処かに出ていくようだからついてきてみれば、すぐに見つかりやがって。
セリカを見ると二ヶ所をナイフで突き刺されたようだ。
致命傷となるような物はなく、あのくらいの傷ならすぐに治せるだろう。
目の前の細身の男は俺を視覚に捕らえるとすぐに動き出した。
『影潜』
男は影に溶け込む様に消える。
次の瞬間、男は背後に回り込み刃を突き立てた。
ガキン!
しかし、その刃は何かにぶつかりレノへと届くことはない。
「何!?」
男はまたしても驚愕の表情を見せる。
その隙を逃さず男の足に向け呪文を使う。
『消失』
足をなくした男は体制を崩す。
男の中では知識のないこの現象に、対象が無いと判断したのか体をねじり距離をとるとすぐさま影へと潜み、それ以降気配を消した。
「まぁ、逃がしとくか」
あれ程の傷を追わせたのだから追撃は考えないだろう。
取り敢えずセリカのもとへと向かう。
助かった安堵か痛さからの気絶か、意識はないようだ。
『治癒』
傷に向かい回復魔法を放つ。
すると逆再生されるかの様に傷が塞がってゆく。
それを確認した俺は彼女を背負い帰宅するのだった。