Ⅰ カルナ
投稿する内容は毎回短いものとなると思います。
ベレトラの情報屋、それは政治、経済、はたまた魔の者にまで精通しているという。
そんな噂を聞きつけた者達は彼に会うべくベレトラへと赴く。
しかし、犯罪都市と呼ばれることだけはあって彼のもとまでたどり着ける者は少数。
更には、彼の協力まで取り付けられる者は数少ないという。
そんな背景もあってかベレトラの情報屋は帝国七不思議の一つとして数えられるまでとなった。
そのような伝承、奇々怪々の類となれば人々は多くの話を付け足していく。
曰く、情報と引き換えに魂ごと喰らう悪魔であると
曰く、機嫌を損ねれば業火で焼き尽くす化け物であると
曰く、彼者の協力を取り付ける事が出来た者は巨万の富を得られると
噂が噂を呼び国中に広まっていった。
だが、火のないところで煙は立たぬ、その噂を聞きここを探る者はそう少なくない。
「よう、やってるか?」
そう言って乱暴に戸が開けられる。
男は細身であるがしっかりとした軸を持つ鋼の様に引き締まった肉体。
そして大人びてないものの端正な顔立ちをしている。
「いつも言ってるだろ、荒々しい入り方をするな」
「あぁ、そうかすまねえ」
俺がそう言うと怒られた子犬の様に顔を伏せる。
この男の名はカルナ・レイ、この街を仕切るトップの一人だ。
この家には独自の魔術式を組み込んだ為、戸をこじ開けるには個人の片足で開けるなど俺自身が許可した相手くらいしかほぼ不可能である。
だが、いくら魔術式の制限を解除したからと言って知人の家に入るときの態度くらい改めてほしいものだ。
いつも荒事に首を突っ込む事で先ほどの様な態度が身についているのだろう。
しかし、こんなガサツな行為を行うがこの街のトップを張るだけあって冷徹な面を見せ、時には仲間への情は厚い様な奴だ。
「今日は何の用事できたんだ、いまはお前が欲しそうな情報は無いぞ」
この男と俺は一応ビジネス関係を築いている。
だが、この男も暇ではない、情報が欲しい時は部下を通じるなり魔道鳩を飛ばすなりしてくるはずだ。
大抵、本人が来るときは酒に溺れたときか厄介なものを連れてきた時だ。
そして今のコイツは酒の匂いがしない、つまり
「いやぁ、ちょっと頼まれてほしいことがあってよ。」
「お断りだ、俺は情報屋であって何でも屋じゃない」
厄介なものを連れ込んだに違いない。
現に奴の後ろから黒いマントで顔ごと身を包む人間が見える。
「そんなこと言うなよなぁ、ちょっとこいつを預かっててほしいだけなんだよ」
そういって後ろにいた人間を前に出す。
長く手入れのされた金の髪が見えた。
女か……少しだけ見える手も農民の様な荒仕事の多い者のゴツゴツとした手ではなく、滑らかな白い皮膚を持っていた。
どう見ても上流階級の出の者だろう。
「お前の所でかくまえばいいじゃないか」
「いやいや、今ウチは大変なの知ってるだろ、それにホラここ!昔の同僚として助けてやれよ」
奴が指をさしたところは彼女の胸にある紋章
「その女、聖職者か」
神を信じ全生命に安らぎを与えるべく各地で教えを広め奇跡を見せる。
しかし、その裏側は腐りきり汚職にまみれお布施と言う名の富を使い世の中を貪りつくす奴らの掃き溜めとなっている。
まあ、どんな組織も大きくなれば汚れていくものだ聖職者だけではないか。
「そうなんだよ、そんでお前の所が今のとこ一番安全と思ってな」
「……」
ここまで来る者は大抵ロクな奴はいないそれが犯罪都市などと異なる世界から来た者など大きな渦の中心にいるだろう。
「何とか頼むよ、レノ」
わざとらしくカルナが俺の名前を呼ぶ。
俺の名に今まで黙りっぱなしだった女が反応した。
「先ほどの話から聖者であったようですが、それにレノ様というお名前……」
そういって顔を覆っていたマントを取る。
身の丈から感じてはいたが、まだ年端もいかなぬ少女であった。
長く伸びた金の髪に空の色をした瞳を持っている。
「も、もしや大聖者レノ様ですか…?」
「……」
「しかし、大聖者様はあの大戦の後、お隠れになられたと…」
「ここにいる奴は本物だぜ、あの大戦はいろいろあったんだよ」
カルナは吐き捨てるように言った。
自分が話を持って行ったのに気分を害すのか。
「そっちの名前も聞いておこう」
「失礼しました、私の名はセリカ聖都シェレシア教会に身を置く者です」
「おっ!頼みきいてくれる気になったか!」
調子のよさそうに言う。
恐らくコイツが俺のとこに来るような要件を断れば飲むまで粘るか、何かやらかす事になるだろう。
「あと、気になることがある。君の持つ紋章は上位階級…聖女クラスに与えられる者だ、一応情報屋を生業としているが俺の記録に君の様な者はいない。何者だ?」
「私は…」
セリカが何か言いよどんだところでカルナが口を挟む。
「この娘は次期空の聖女だ」
「空の聖女?あの婆さんはどうしたんだ簡単にくたばるとは思えん」
「死んじゃいねぇさ、やることを見つけたとか言って引退するんだと」
「それで、そこの少女を選んだと」
「私には荷が重いと一度お断りしたんですが…」
あの偏屈な婆さんが聖女の立場を降りることも気になるが、その聖女候補がここにいる事の方が問題だ。
「その次期聖女が奴隷商に狙われてんのさ」
「ここの奴らか?」
「いや、違う外だ」
ここベレトラにも奴隷を商品として扱う者も多く裕福な貴族などは忍んで買いにくる。
しかし、仕入れ先は身売りや罪を犯した者のみとしている。
そして、この街の取り決めを守らない命知らずなどいない。
そんなことを仕出かすのは外から来た奴らだけだ。
しかも次期聖女に選ばれるだけの力は持っているのだ、狙うやつはいくらでもいる。
「最近この街まで手を伸ばしてる奴らか」
「そうそいつら、この街にちょっかい出してきやがって目障りだったからよ。痛い目見てもらうつもりだったがなかなか逃げ足が速くてな」
その件でこいつが忙しそうにしていたのは知っている。
「そんであいつら次期聖女様にお熱だったからよ。ちと、保護させてもらった訳よ」
「俺が預かる間お前が片を付ける気か」
セリカがこの街にいる限りそいつらはこの街に留まるはずだ。
次期聖女がターゲットなのだそう簡単に諦めるような奴らでは無いだろう。
「ただし、一週間だけだ」
最初に預かりの期間を言わなかった辺り処理するのに時間がかかるのだろう。
流石に期間の分からないまま預かる事は無理だ。
「んー、まあギリギリだな、恩に着るぜ!」
こうして俺は次期聖女を預かる事となった。