リーフ適性試験1
時はやや戻り主役はエマへ移る。
2人が出会い、物語は交錯していく。
機関車が王城へ着く数刻前、エマは教会の一室で老師の定例講義を受けていた。
「南大陸は年々荒廃が進み、魔族は豊穣の北大陸、その源である世界樹を渇望しているのです。我々から世界樹を奪うために魔族は大地の生命力を吸い上げ自らの体に宿す邪法を使い、代を追う毎に獣と化していく。わしが戦場に出ていた頃は今ほど獣混じりではありませんでした」
老師の言葉にエマは驚いた。
「ちょっと待って、魔族はもとは人だったの!?」
「その通り。そしてその邪法のせいで大地はますます生命力を失い、南大陸の荒廃は急速に進行しています。魔族が第2根橋を急襲したのはその焦りからでしょう。愚かなことです」
老師は一呼吸置いてから話を続けた。
「さて、今日の座学はここまで。今日は訓練室が空いていますので、姫様念願の樹法の講義をしましょう」
「え、いいの!? やった、ついに樹法の練習ができるのね! でもどういう心変わり?」
エマは飛び上がって喜んだ。
「今日は珍しいことに、誠にしおらしく聞いておいででしたから、そのご褒美です。わしは先に訓練室へ行き準備をして参りますので、姫様は1刻ほど休憩を取り訓練室へおいでくだされ」
「わかったわ」
エマは教会を出て、少し街を歩きながら王城の訓練室へ向かうことにした。上空を世界樹の枝葉に覆われた王都の街は、日の光こそほとんど射し込まないものの、七色の葉が光合成で放つ暖かな光に照らされて、いつも柔らかな晴れ模様だった。
「ん~今日も良い樹光、世界樹の上空がよく晴れているんだわ。……汽笛が聞こえる、第2根橋から機関車が帰ってきたのね」
王都は世界樹を中心に同心円上に広がっている。世界樹の幹が年々育つので、街も外へ外へと広がっていくのだ。降り積もる青のリーフが世界樹自身の生命力で水に変わり、苔むした石造りの街並みは天然の水路だらけで、この街は橋が多い。
「しっかし、いつ歩いても歩きにくい街」
いくつもの橋を越え、時に地表に出た世界樹の巨大な根を登り、降り、くぐる。お世辞にも歩きやすい土地とは言えなかった。訓練室の前へ着くと、老師と誰かが話している声が聞こえる。
「――じーさん頼むよ、まだ新入りだが確かな意志を感じる。ありゃ世界樹の申し子か、そうでなきゃ破壊王さ。若い頃の俺にそっくりだ」
「ダンカン、無茶を言うでない。樹法の習得は軍歴1年以上と決まっておる。例外は王族か天才と言われたわしとお主ぐらいなものじゃ。お主の無鉄砲さは身を滅ぼし今では下働きではないか」
「下働きで結構……おっと、もう機関車に戻らねぇと。とにかく頼んだぞ!」
訓練室からダンカンと呼ばれた男が飛び出してきた。エマは道を譲り、訓練室へ入る。
「今の誰?」
エマは訝しげに聞いた。
「ただのいち兵士です、姫様が気にかけるほどの者ではありませんよ」
老師はため息をつきながら答えた。エマは気を取り直して言った。
「まあいいわ、それより早く樹法の練習をし……」
「すいませんっ! 訓練室はここですか!?」
エマの声を遮り、少年が訓練室へ飛び込んできた。老師は察して言う。
「お主がウィルか。ダンカンから聞いておるよ。樹法を教える気はなかったが……どうせ今から姫様に話すところじゃ。横で聞いておれ」
「ひっ、姫様!?」
ウィルは慌てて少女の顔を確認した。エマはウィルの反応を意にも介さず名乗る。
「樹教国第2王女、エマよ。あなた誰? 私のことも知らない下っ端が、どうしてここに?」
ウィルは顔を赤くして答えた。
「も、申し訳ございません! 自分は樹教国軍補給部隊所属のウィルです! 上官より樹法を学びに訓練室へ行けと助言をいただき参りました!」
「そう、まあ(どうでも)いいわ。それより老師、早く樹法を教えて!」
老師は後ろを振り向き奥の扉を開け、着いてくるように言った。
「まずはリーフ適性試験を受けていただきます。説明は試験場所への道中にしましょう」