いざ戦場へ
王城の戦議を受けて第2根橋砦は援軍を待つ。
一方騎士見習いのウィルは補給部隊として急ぎ物資を積み込んでいた。舞台はいよいよ戦場へ向かう。
戦議から数刻、第2根橋隊は橋の麓の砦で何とか持ちこたえていた。砦の前で獣とも人とも言えぬ混じり物の姿をした魔族と、激しい白兵戦を繰り広げている。先陣で小隊長が叫んだ。
「リーフを惜しむな! 全力でかかれ!」
世界樹の木剣の柄に赤のリーフを詰めたカートリッジを入れ、兵士が気合を込めて振ると、木剣は燃え盛る炎を纏い魔族を焼き切った。砦の上の弓兵は世界樹の木矢の羽壺に黄のリーフを詰め、雷の矢を放ち、魔族を撃ち抜いていく。一方で、魔族は強靭な腕の一振りで樹教国軍の兵を凪ぎ払う。
「負傷者は砦の中へ!」
砦の中は負傷者と治療班でごった返していた。治癒班は世界樹の杖に繋いだ葉壺に白のリーフを詰め、祈りを込めて傷を癒したが、次々と運ばれてくる負傷者に手が回らなかった。砦の中で中隊長が叫んだ。
「あと数刻で第3根橋から援軍が来る! ここが正念場だ!」
……
その頃王城の車庫では、自称騎士見習い(今はまだ補給部隊の新入りだ)のウィルは、荷車のリーフ箱を機関車に次々と積み込んでいた。
「ウィル、それ積み終わったら機関部に来い!」
「はいっ!」
ウィルは自分史上2番目に気分が高揚していた。騎士に憧れて村を飛び出してまだ数ヶ月だが、補給部隊とはいえもう戦場に行けるなんて――
ウィルは急いで積込を終え、機関部に乗り込む。機関部には世界樹の幹をくりぬき逆Y字に2股に別れた炉があり、そばにウィルの上官である班長がいた。
「このでっけぇ機関車はな、この結合炉で動いてんだ」
班長が言う。世界樹を材木として使った木造機関車は、機関部、兵士が乗る客車2両、物資を積む貨物車3両の6両編成だ。リーフを動力とした世界に2つとない機関車で、田舎育ちのウィルにはこの大きな木の塊が釜ほどの小さな炉で動くのが不思議だった。
「根橋砦に着くまでの2日間、オレとウィルで炉に絶え間無くリーフを入れるのが今回の任務だ。右の炉に青のリーフを、左の炉に赤のリーフを入れろ。わかったな」
「はいっ!」
車掌が各車両を確認して機関部に戻ると、出発の汽笛を鳴らし、炉に祈りを込めた。すると赤のリーフは炎に、青のリーフは水に変わり、それぞれの炉から立ち上ぼり合わさると蒸気が発生してタービンを回し始めた。左右の炉のリーフがどんどん減っていく。班長はすかさず炉に青のリーフを入れ、ウィルに指示した。
「ほれ、ぼさっとするな、左の炉に赤のリーフを入れろ」
「すいませんっ」
「ちなみに木造だが世界樹は燃えん。安心してリーフを入れろ」
「はいっ」
車掌が強く祈りを込めると、リーフは反応速度を上げタービンはますます早く回り、機関車が徐々に速度を上げた。機関部はだんだん蒸し暑くなっていく。班長が汗を拭いながら言った。
「ウィル、お前王都に来て間もないだろう。樹法を見るのは初めてか?」
ウィルも汗を拭いながら答えた。
「いえ、以前に一度。でも原理はよくわかっていません」
班長は青のリーフを詰めた木製の水筒から一口水を飲み、真面目な顔で話した。
「軍で生きていくなら、樹法の知識は欠かせない。良い機会だ、砦に着くまでの道中に教えてやる」
ウィルは班長から樹法について詳しく聞いた。樹法とは世界樹の葉[リーフ]を燃料として世界樹製の器具に思念と生命力を込めて奇跡を起こす術であること、リーフは色ごとに異なる奇跡を起こすこと、リーフは使うと消滅するが使わずとも枝から落ちた後2週間で色が落ち効力を失うことなど、世界樹から離れた地で育ったウィルには初めて聞くことばかりだった。
「――だから補給部隊の責任は重大だ、リーフが切れたら強靭な魔族には歯が立たない」
班長の言葉にウィルは大きく頷いた。興味深い話に時は早く流れていく。
広大な大地に敷かれたレールの上をひた走り、機関車は間もなく剣戟鳴り止まぬ砦に着こうとしていた。