五百年戦争
バドラックの不運から600年。
舞台は物語の中心となる現代に移る。
激しく続く五百年戦争を生きる姫エマと騎士見習いウィルの物語が始まる。
時は樹歴600年。
北大陸の中心、遥か昔小さな星が落ちた地にそびえ立つ、天を貫く大樹――世界樹。それを囲むように発展した樹教国が、人の世を治めていた。
世界樹はあまりに大きく、頂は見えず、幹周りは何百人と手を繋いでも回りきれないほどだった。その七色の葉は年中降り積もり、樹教国の石造りの町並みは常に葉に埋もれている。
年々成長する世界樹に半ば飲み込まれた荘厳な王城では、500年もの長きにわたる南大陸の魔族との戦争について、絶え間無く戦議が行われていた。
「報告! 魔族軍が第2根橋を強襲! 被害1200、援軍を要請!」
通信兵の報告に、白ひげをたくわえた体格のいい将軍が冷静に問う。
「第3根橋の戦況は」
通信兵は将軍の声にやや落ち着きを取り戻し答える。
「我が軍が優勢、魔族軍は一時退却しています」
「ならば急ぎ第3根橋隊から援軍を3000回せ。第3根橋には本隊から人員を補給、さらに城庫から白のリーフを倍ほど補給せよ」
「はっ! 次に第4根橋の戦況ですが――」
……
同時刻、世界樹にほぼ飲み込まれた古い教会の静かな一室で、身なりのよい一人の少女が小柄な老師の講義を受けていた。
少女は絹のようになめらかな金の長髪を世界樹の組子細工を施した髪留めで一束にまとめており、その髪は窓の外の光を受けて美しく煌めいている。
「姫様、本日は地理の授業ですぞ」
老師の言葉に少女――樹教国第2王女エマ・ユグドラは露骨に不満を顔に出し答える。
「ねえ、この乱世に地理の座学なんかいいわ。それより樹法の実践練習がしたい!」
「姫様は前線ではなく人の上に立ち指示を出すお立場です。世界樹の葉、リーフを使用した局所的戦法よりも、あらゆる知識を基にした大局的な戦術、戦略こそ肝要なのです。よいですかな」
幾度と聞いた老師の説教に、エマは反論の矛を納めた。
「では本日は世界の2大陸、北大陸と南大陸を結ぶ橋、"根橋"について講義しますぞ。根橋とは――」
老師の言葉にエマは得意気に割り込んだ。
「地表に出た世界樹の根が海を分かち橋となったものね、西から順に第1根橋、第2根橋と数字を冠して呼ばれ、第5根橋まであるわ。これくらい知ってるわよ。」
「その通り。では各根橋の長さと幅は分かりますかな?」
エマは意地悪な質問だと思った。
「そんなの知らない、何の役に立つのよ?」
老師はたしなめるように言った。
「第1根橋は最狭部が幅10mと狭く、進軍に向かず両軍とも守りやすい。第2根橋は幅50mだが、長さが3kmと短く戦況がめまぐるしく変わる橋です。第3根橋はー」
エマは自分を恥じて謝った。
「わかった、悪かったわ、戦場の地理が戦略に大きく影響するって言いたいのよね。真面目に聞くわ。」
「よろしい。では詳しくお話ししましょう」
……
王女エマが講義を受ける頃、王城の端の倉庫では、戦議を受けて補給部隊がリーフを積み込んでいた。
「おいウィル、白のリーフをもう2箱頼む」
「はいっ!」
ダークブラウンのやや長めの短髪をくしゃくしゃにし、あどけなさの残る顔に似合わず鍛えられた体をした少年――ウィルは、白い葉が大量に入った大箱を荷車に2つ積んだ。早く自分も戦場に――その意志を胸に抱きながら。