ディグ、海底を掘る
樹教国を後にしたディグは南へと進む。
その道中に命の危機に会うとも知らず。
「はーあ、大地は世界樹の方へ行けって言ってたんだけどなあ……世界樹、めっちゃ怒ってたよなあ……葉を枯らしたから? ……いや、うろに着く前から拒否されてたし、俺も葉が枯れるなんて思わなかったし……さあて、次はどこへ行ったもんか」
ディグは着いたばかりの樹教国を背に、独り言を呟きながら当てもなく南へ歩きだした。
この時代はまだ機関車のレールはなく、樹教国から各拠点へは進軍のための大きな街道が整備されていたため、街を渡る商人や旅人は街道を歩いていく。
街道沿いには一定の間隔で宿場や茶店があり、ディグは時折り屋台のチキンレッグの漬け焼きや蒸かし芋をかじりながらぶらついた。街道の盛況は樹教国軍が魔族を根橋で抑え込んでいることの証だった。
「そういや、見回りの兵もウィンドのじーさんも、俺のこと魔族かって言ってたな……会ってみるかあ、魔族ってやつに。南大陸も掘ってみたいし!」
こうしてディグは南大陸を目指して歩いた。
……
「……問題はここからだよな」
ディグは第2根橋砦の前まで来て立ち止まった。南大陸に渡るには大陸間の距離が最も狭い第2根橋を渡るのが一番早いが、戦場を怪しい男がただで通してもらえるとは思えない。
「そーだ、この根橋を掘って中を進むってのは……ダメだった、命を吸われちまう」
ディグは辺りを見渡し、心を大地に集中した。
「俺に出来ることは穴を掘ることだけよ……っと。ここだな」
ディグは第2根橋砦からやや離れた、半月形の岩の前で立ち止まると、おもむろに穴を掘り始めた。海を渡る術は思い付かないが、大地が呼んでいる。とりあえずディグは大地の声に従い穴を掘った。ディグを拒否する世界樹と違い、歓迎される大地を掘るのは楽しかった。
……
どれ程深く掘り進んだろう、穴が岩盤にぶつかるとディグはつるはしに持ち替え、更に掘った。
「おっ?」
岩盤に穴を空けると、地下には横に延びる洞穴があった。体格の大きなディグがスコップやつるはしを背負って立っても悠々と歩けるほど大きな横穴だった。
「こりゃあ……南大陸の方向に延びてる。この穴何だか見覚えがあるような……? 何にしてもラッキーだ、海底を抜けるかも」
横穴は時に狭い場所もあり、ディグは掘りながら進んだ。時折り方位磁葉――丸いガラスの珠に水を満たし世界樹の葉を一枚いれたもの――で方角を確かめた。葉は常に世界樹の根元を向いたので、方角だけでなくその傾きで高度もある程度把握できた。鉱山街では鉱脈掘りに欠かせない必需品で、ディグも常に腰掛け鞄に入れ持ち歩いていた。
「だいぶ深い所を進んでるようだな……」
ディグが穴を進んでいくと、突然地響きが聞こえてきた。ディグが前後を注意深く見ると、後方から岩で出来た蛇のような生き物が突進してくるのが見えた。その勢いは砲弾のように凄まじく、足腰に自信のあるディグでもとても逃げ切れそうにない。
「しまった、見覚えあると思ったら岩喰蛇の通り道だったかっ!」
ディグは鉱山街で2度ほど岩喰蛇に出くわしたことがあった。鉱山街では良い鉱脈ほど岩喰蛇が住み着くと言われており、岩を喰い成長し、動物を食べるわけではないが、道中にあるものは人だろうと岩ごと喰い進むので、鉱夫にとって鉱脈の期待の象徴であるとともにとても危険な存在だった。
通常は胴の直径50cm、長さは10m程だが、目の前の岩喰蛇は胴の直径が優に2mはあり、長さは目測できない。以前ディグが出会った時は横穴に逃げてやり過ごしたが、今は一本道で避けようがなかった。ディグは覚悟を決め、背負ったつるはしを降ろして構え、両手で握りしめる。
「やるしかない……っ」
ディグは岩喰蛇の突進をつるはしで受けた。まるで大岩が幾つも衝突してきたような凄まじい衝撃がディグを襲い、後方に大きく吹き飛ばされる!
「ぐわああああっっ!!」
ディグは飛ばされた拍子に岩壁にぶつかり切り傷だらけになったが、すぐに体勢を立て直す。つるはしはグシャグシャに折れ、手前に落としてしまった。岩喰蛇は何事もなかったかのように、ディグなど眼中にない様子で岩ごとつるはしを喰らい、変わらぬ勢いで突進してくる。
ディグはスコップを強く握り締め、後ろに跳び衝突の衝撃を抑えながら岩喰蛇に突き刺した!
「でりゃあっ!」
「グギャオオオッ!!」
岩喰蛇は顔に突き刺されたスコップに激しい叫びを上げ、頭を振り回しディグを壁に激しく打ち付けた。
「がはっ……!」
ディグは胸の骨を折ったのか激しく吐血し、スコップを落とした。岩喰蛇がスコップを一瞬で喰らい突進してくる。
ディグは壁に打ち付けられた衝撃で薄れる意識のなか、大地の声を聞いた。
――身を委……よ……大いなる……に……――
突然ディグの体に力が流れ込み、ディグの下半身と両腕は濃紺の岩のような体毛に覆われ、ミシミシと音を立てて軋み一度膨れ上がった筋骨が凝縮して行く。ディグは体格は変わることなくその密度が倍になり、強く踏み込むと地面の岩肌がめり込んだ。
「ぬお……っ!」
ディグは両手で岩喰蛇の突進を受け止めた。激しい衝撃がディグを襲い、踏ん張った足元は岩肌が削れ、履いていた革靴はとうに原型を失っていた。
ディグは大岩のような岩喰蛇の頭を持ち上げ、岩壁に何度も打ち付けた。
「グギャアアアッ!!!」
岩喰蛇は横穴に響き渡る叫びを上げ、その岩肌は徐々に崩れ落ちていく。幾度打ち付けたことか、ディグの掌も岩喰蛇の岩肌でボロボロになったが、岩喰蛇はようやくその動きを止めた。
「はあっ……はあっ……やったか……」
途端にディグの体から力が抜け、体毛や筋骨はもとに戻った。ディグはその場に崩れるように座り込む。
(しかしさっきのは何だったんだ……いきなり大地の力が流れ込んできたみたいだった……)
ディグの意識はそこで途絶え、気絶するように眠った。
……
目が覚めると、何故か折れた肋骨や全身の切り傷が癒えていた。ディグは破れた革靴を脱ぎ捨て、引き続き横穴を注意深く進む。その後は岩喰蛇に出会うことなく、横穴の出口までたどり着いた。外の光の眩しさに目を覆いながら周りを見渡すと、そこは低木や丈の短い草がいくらか生えている程度の、荒れ果てた土地だった。
「ここが南大陸……荒廃してるってのはホントだったんだ」
ディグがボロボロの身なりで呆然と立っていると、第2根橋南側を守る魔族に見つかってしまった。
「おい、貴様何者だ――」
「またこの展開かよっ」
ディグは走って逃げたが、下半身が獣化した魔族は強靭な跳躍力でディグの前に降り立った。
「ん……その右腕は……同輩か? しかし見覚えがないやつだ、王城へ連行する。抵抗せず着いてこい」
ディグは逃げ切れないと判断し、南大陸の中心にそびえる岩窟城へおとなしく連行された――





