それぞれの道
エマとウィルはそれぞれの訓練に向かい、進んでいく。2人の戦いの始まりの章、ここに完結。
ジールが何やら近くの兵に指示を出してから、自室の扉を開けエマとウィルを招き入れて長ソファに座らせると、自分も向かいのソファに座り話し始めた。
「さて、作戦室での話のとおり、2人はそれぞれの力を制御する訓練を受けていただきます」
「望むところよ!」
「……はい」
エマは張り切って答える一方、ウィルは少し怯えたように頷く。ウィルは、自分の力の危うさに恐怖を感じていた。
(悪魔にでもなる、なんて……浅はかだった)
ジールはウィルの様子を気にしつつエマに話しかけた。
「まず姫様。姫様はわしと樹法のコントロールを覚えましょう。基本通り1色のリーフに意志を込めるところから練習し、樹法具に流す生命力を制御するのです。姫様の出力は十二分、制御さえ出来れば様々な場面で活躍出来るようになるでしょう」
「何だか煩わしそう、コマゴマしたことって苦手なのよね……でも頑張るわ!」
「心配ご無用、わしが2年間付きっきりで訓練しますからな」
突然扉が開きダンカンが入ってきた。
「おいじーさん、呼んだか? ……ん、姫様とウィルも一緒か、何となく話が読めたな」
「これダンカン、ノックぐらいせぬか」
ジールがたしなめたが、ダンカンは全く気にも留めずジールの横にどっかと座る。ウィルはさっきジールが兵に指示を出していたのはダンカンを呼びつけていたのか、と納得した。
「ダンカンよ、お前を呼んだのは他でもない。ウィルの訓練に同行してほしいのじゃ」
「俺は徒手空拳は得意だが、邪法なんて教えられんぞ」
「そんなことはわかっておる、教えるのでなく同行と言ったじゃろう」
ジールはウィルに向き直し続けた。
「さてウィルよ、そなたの訓練じゃが、邪法を教えられる者はこの国にはおらん。わしは仕組みは理解しても使えなんだ(使いたくもないが……)」
「えっ……じゃあどうしたら」
「魔族以外で邪法を使ったのはわしの知る限りかの採掘王ディグ・ディガーただ一人じゃ。もうこの世にはおらんがの。しかしその子孫たるディガー一族なら邪法の使い方について何か知っておるやもしれん。そこでダンカン、お主の力を借りたいというわけじゃ」
ジールはダンカンに目配せし、ダンカンは頭をポリポリかきながら返した。
「やっぱりそんなとこか……」
ダンカンはウィルに向き直し続けた。
「ディガー一族ってのはな、もう百年以上大陸中に穴を掘って回ってる不思議な流浪の民さ。俺は昔の伝手でそこの族長にちっとばかし顔が利く。じーさんが言いたいのは、俺にウィルをディガー一族の所に連れて行かせ、顔を繋いでやるってところだな」
「そのとおりじゃ、ダンカン。お主は柄は悪いが頭は悪くない。期待しとるぞ」
「一言多いんだよ」
ジールはエマに向き直し言った。
「さて姫様、善は急げと申します。早速訓練室へお行きくだされ。わしは準備してから参りますので」
「わかったわ」
エマは気合いを入れて頷き、颯爽と部屋を出て訓練室へ向かった。
「ウィルは兵舎に戻り旅の支度をしてくるのじゃ、準備が出来たらダンカンと共に旅立つがよい」
「はいっ」
ウィルは素直に返事をし、きびきびと部屋を出て駆け足で兵舎へ向かった。2人が部屋を出たのを確認すると、ジールは声を抑えてダンカンに話し掛ける。
「さてダンカンよ、お主に頼みじゃが――」
「わかってるよ、ただの同行なら俺じゃなくたっていい。俺の役は顔繋ぎ、なんて適当言ったが、そんなの王の書状でも持たせりゃいい。……ホントのところは、ウィルの暴走の手綱役、いや、始末屋ってとこか」
「さすがじゃ、じゃからお主は信用できる。あやつは危うい。本人もそれを理解しておるようじゃが、だからと言って制御出来るとは限らん。いざというときは……頼む」
ジールの真剣な言葉に、ダンカンは頭をかき、苦笑いしながら言った。
「かわいい部下を手にかけさせるなんて、ひどいじーさんだ。損な役だぜ」
「……すまんな」
ジールがダンカンに深く頭を下げる。ジールがダンカンに頭を下げるなど初めてのことだったので、ダンカンは少し驚いた。
「おいおい、やめてくれ。そんなことしたら世界樹に花が咲くぜ」
「世界樹に花など咲かぬ、わしの詫びがそんなに珍しいか」
「……真剣さは伝わったよ」
そう言うとダンカンは立ち上がり部屋の扉を開け、ジールに背を向けたまま言葉を続けた。
「……真面目にやるさ、こっちは任せてくれ」
ダンカンが後ろ手で扉を閉め、兵舎へ向かったのを見送ると、ジールは少しの間黙って思案した。
(これでよい……さて、わしも姫様の訓練に全力を掛けねば)
ジールは大量のリーフとあらゆる樹法具を兵に用意させ、訓練室に運ぶよう指示を出す。こうしてエマの2年に及ぶ厳しい訓練が始まった――
……
ウィルは大きなリュックに生活用品をぱんぱんに詰め、旅支度を終えると、ダンカンの部屋へ向かった。ウィルは自身の力への恐れとディガー一族の邪法の知識への期待で心が揺れ動いていた。
(とにかく……やるしかないんだ)
ダンカンの部屋に入ると、ダンカンは小さな鞄を肩に掛け、寝台に腰掛けていた。ダンカンがウィルを見つけると笑って声を掛ける。
「はっ、なんだその大荷物は。お前らしいな。それじゃあ早速行くか」
こうしてウィルとダンカンは王都を出発しディガー一族のキャンプを目指し旅に出た。行くは北大陸の中でも北の果て、もう幾つ目かもわからぬ大穴を掘る彼らが、邪法を知ることを期待して。
……
同じ頃、南大陸の中心に位置する岩窟を開発した厳めしい城の最奥の間で、全身を硬く尖った白毛で覆われた一見若く見える魔族が、第3根橋の戦いの報告を部下から受け、独り言を呟いた。
「いよいよ我と同じ深度で星に同調できる者が現れたか……ディグよ、そなたのように話のわかる者なら良いが」
白毛の魔族は遠い目をして、遥か200年前の出来事を思い出していた――
ここまでお読みいただきありがとうございました。いよいよエマとウィルの始まりの章は完結しました。2人はこれから訓練を積み、五百年の長きにわたる魔族との戦争に決着を着けるべく最終決戦に向かいますが、それはまた後の話(第3章を予定)。次は時を遡り、第1章でもちらほら存在が出てきた穴堀好きの少年ディグの物語を紡ぎます、第2章もお楽しみに!





