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6. エメット

 母艦に帰投すると、全てのHF搭乗員にはしばしの休息が言い渡された。母艦自体の乗組員が負傷者の手当てや収容した民間人の処理などで眠る暇もなく働いているのを見ると、自分達だけが休んでいていいのかと不安に思わないでもないオーヴィルであったが、これは指揮官達が決めた戦略的行動だ。

 商船改造空母「グリソム」がまだ客船だった時代を偲ばせる、木製の調度品で飾られた個室。狭いことと人工重力が無いことを除けば、それなりに快適と言っていい。オーヴィルは無重力の室内を漂いながら、丸窓の向こうに見える自軍の宇宙艦隊を眺めていた。

 漆黒の宇宙空間と、未だ燃え盛る惑星の炎の狭間を行く混成艦隊、生き残り達の寄せ集め。旧型重巡「フォン・カルマン」を旗艦に、「グリソム」以下軽空母3隻、軽巡2隻、駆逐艦や補助艦艇少々。それぞれの艦には救助した民間人を移乗させており、準備が整い次第安全な宙域に向かう手筈になっている。

 先の戦闘で艦載HFの多くを失い、艦隊の守りは手薄だ。おまけに艦内に大勢の民間人を収容しているとなれば、ヴァールにとっては肉の詰まった缶詰にしか見えないだろう。奴らが再び現れたとき、迎撃に上がるHFとそのパイロットが万全の状態でなければ、民間人にも多大な犠牲を強いることになる──オーヴィル含め、本艦所属のパイロット達が全員自室でゴロゴロと過ごしている理由はそんなところだ。

「……それにしても、静かだ」

 オーヴィルは独りごちた。出航した際、この艦には定員一杯のHF乗りがいた。そこに救助した民間人が加わったなら、理論上廊下や格納庫まで人でごった返しているはずなのだ。しかし実際のところ、船内はまるで閉店後のモールのように静まり返っており、船室にもまだ空きがある。つまり──パイロット達の大半は、先の戦闘から帰還できなかったのだ。オーヴィルの船室で二段ベッドを共にしていたパイロットも、あれきり顔を見ていない。

「お兄ぃ? お兄ぃー」

 二段ベッドから降ってきた声が、オーヴィルの思考を遮った。

「お兄ぃってばー」

「うわっ」

 声の主は二段ベッドから飛び立つと、勢いよくオーヴィルの背中に飛び付く。振り返ると、好奇心の光で満ちた見慣れた瞳がオーヴィルの顔を覗き込んでいた。

「お兄ぃ、さっきの戦いにいたんでしょ? なんかお話ししてよ!」

 そう言って、星系存続の危機にはおよそ似つかわしくない満面の笑みを浮かべるのはエメット・ドロッセルマイヤー……オーヴィルの妹である。生きていると知らされた時には大層驚き、無理を言って自分の艦に連れて帰らせてもらった。

「あたしさ、戦争って初めて見た! 凄いねアレ、ドカンドカーンって!」

 今ではこいつが唯一の身内だ。両親はエメットとは別の船で脱出したが、助からなかったらしい。死体置き場(モルグ)の収容者リストに名前があった。

「……あのなぁ、花火大会じゃないんだぞ? よく言うだろ、『戦争は地獄だぜ』って」

 まあ、先のことは考えないでおこう。一番生きていて欲しかった存在が生きている、それで十分じゃないか。

「でも、さっきも敵いっぱい倒したんでしょ?」

「まあな」

「そんときの話してよ」

 目を爛々と輝かせ、二つ結びの金髪を無重力空間になびかせながら、エメットはさらに詰め寄る。こいつは昔から、軍隊での体験談を聞くのが好きだった。

「俺くらいになるとヴァールくらい寝てても倒せるんだが、今回はちょっとヤバかったな。間一髪だったよ」

 そしてオーヴィルは、妹の喜ぶ顔を見るのが一番の楽しみだった。だからつい話に熱が入ってしまうのだ。

「民間船救助の任務を帯びた俺達の前に現れたのは亜人型ヴァール『スキャヴサイス』、それも2匹! 迎撃に回れる機体は俺だけ、しかもマガジンには1発しか弾がない! さあ、どうしたと思う?」

「あっ分かった! 敵を一列に並べて1発の弾でズバーって」

「俺は機体の外部燃料タンクを取り外して、襲ってきた敵の口に咥えさせたのさ。そいつを蹴飛ばして、もう1匹にぶち当ててからタンクに一撃! 弾1発でサヨナラバイバイだ!」

「おおーっ、すっご!」

「だろ? 一発で戦局をひっくり返す、これこそ『ワイルド・カード』の戦い方だよ」

 目をまん丸にして話に聞き入るエメット。その反応を見るのが楽しくて、つい話を盛ってしまう。あるいは──家族も故郷も何もかも失い、明日が来るかも分からない状況を忘れるためだったかもしれない。


「──そうして俺は暗黒のブラックホール地帯を抜けて、炎に包まれた灼熱の惑星に突入してだな……」

「おー! それでそれで?」

 それから、どれだけの間話し続けていただろうか。オーヴィルの話はいつしか「実話を基にしたフィクション」から「ファンタジー長編」に変化しつつあった。エメットの瞳の無垢な煌めきを見ていると、全ての痛みを忘れられる気がして。だがそんなひと時は、部屋の外からの一声によって終わりを迎えることとなる。


「おい! オーヴィル」

 聞き覚えのある、ぶっきらぼうな女声。ドアの方に振り返ると、非純正品のパイロットスーツに身を包んだリジーナが腕を組んでいた。

「なんだ、ノックくらい……」

 と言いかけて、外の廊下に群がる人影を見て口をつぐむ。パイロットに船員に民間人、この艦に乗っている人間を全てかき集めたような有様だ。

「やれやれ、人気者は辛いなァ、オーヴィル? こいつら皆、あんたの部屋の外で武勇伝に聞き耳立ててたんだ」

 眉をひそめてじっと見つめるリジーナの視線に、思わず目を逸らす。自分一人で手柄を総取りしたというホラ話を、まさか当事者に聞かれているとは思わなかったのだ。

「こっこれは、その……」

「いいから、ちょっと話があんだ」

 そう言ってリジーナはオーヴィルの腕をむんずと掴むと、床を蹴って勢いを付け、重力のない廊下を進みだす。

「えっ、ちょ、うわっ!」

「ごめんな妹ちゃん、後で返すから」

 拉致されていくオーヴィルをきょとんとした目で見送るエメット。廊下に群れを成していた人々も驚き、次々と口を開く。

「あっ待って! 『ワイルド・カード』!」

「サイン! サインくれ!」

 手を伸ばす群衆に一切の興味を示すこともなく、手を引くリジーナは通路を進む。オーヴィルにはただその勢いに身を任せ、導かれるままにその場を離れるしかなかった。

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