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3. 血の雨に濡れて(前編)

 HFエンフォーサーの機内、モニタとタッチパネルに囲まれた棺桶の中に、張り詰めた空気が満ちていた。彼我の距離は約2キロ。宇宙戦闘においては、至近距離と言っても良い距離だ。

「シヴ1より全機へ、安全装置解除。発砲を許可する」

 そう告げるとサミュエルの「デヴァステイター」は背部核融合炉の放熱フィンを展開、その場でヘビー・フュージョン・ブラスターの発射準備態勢を取った。強烈な電磁波と放射線で、カメラ映像にチリチリとノイズが走る。多重遮蔽隔壁に守られたHFの機内ですらこれなのだ。生身の人間なら、今のデヴァステイターに近寄るだけでも多臓器不全を起こして即死するだろう。

 サミュエルに倣い、リジーナとオーヴィルもそれぞれの得物を構える。「チェルノボーグ」のヘビーリボルバーが、そして「エンフォーサー」のスマートPDWが太陽光に輝く。

「各機、散開して敵を引き付けろ。輸送船脱出のための時間を稼ぐ」

「シヴ9、了解(ウィルコ)!」

 ──やってやる。死の恐怖を虚勢で隠し、オーヴィルは操縦桿を握りしめた。

 オーヴィルには隊長のような使命感も、リジーナのように戦いを愉しむ余裕もない。親の、そして世間の操り人形を演じ続け、気が付けば戦場にいた──ただそれだけだ。しかし、戦う理由など無かったとしても、生き残るためには目の前の敵を撃つしかないのだ。


「シヴ隊より貨客船チャイカへ、逃げられるうちに退避しな! ここはあたし達が引き受ける」

 最初に動いたのはリジーナだった。76mm実体弾を撃ち出すヘビーリボルバーの、星の光のようなブラストが戦いの始まりを告げる。

 続けざまに2発、3発。狙われた2体のスキャヴサイスはお互いを庇い合うように、二重螺旋軌道を描きながら散開した。

「オーヴィル! 1匹そっち行ったぞ!」

「了解! 任せろ!」

 エンフォーサーの索敵装置は、既に敵の接近を捉えていた。リボルバーの攻撃を避けたがために、オーヴィルから見れば真正面から突撃してくる形となる。

「喰らえっ!」

 スマートPDWのフルオート射撃。青白い弾道が宇宙の闇を裂く。スキャヴサイスは身をよじらせて回避を試みたが、20mm曳光弾はまるで敵の身体に吸い込まれるかのように次々と突き刺さった。

 傷口から蛍光色の体液を噴き出し、ジグザグの回避機動を取りつつ、手負いの獣はなおも迫る。しかしオーヴィルの駆るエンフォーサーは、まるで敵の動きを読んでいるかのように、方向転換の僅かな隙を突いて正確に弾丸を叩き込んでいく。

「流石はエース……噂通りの腕前だな」

 感心しきりのサミュエルが通信画面に映り込む。戦闘機動を取りながら、オーヴィルは少し複雑な笑みを浮かべた。

 オーヴィルの乗機「エンフォーサー」の最大の特徴は、半自律誘導兵器である20mmスマートPDWの運用能力にある。発射ガスの一部を利用して弾道を曲げる機構を持つこの銃は、エンフォーサー自体が持つ高度な照準システムと連動することで、目標の未来位置を予測して的確な射撃を行う。つまり、この機体に乗りさえすれば誰でも選抜射手(マークスマン)並みの腕前になれるのだ。オーヴィルが今まで生き延びてこれたのも、両親が金とコネをフル活躍して調達したこの機体のお陰なのだが、これは黙っておいた方がいいだろう。

 何十発もの破片榴弾を受け止め、全身の甲殻を剥がされてなお、スキャヴサイスは迫り来る。最新鋭の武装とはいえ、この怪物を仕留めるにはパワーが足りないようだ。

 鎌状の腕を振り上げ、白兵戦の間合いに詰め寄るスキャヴサイス。しかし、エンフォーサーの反応速度はその一歩先を行っていた。

「これで……」

 腿のハードポイントからコンバットナイフを抜き、首筋目掛けて振り上げる。反射的に攻撃を中断し、上半身の防御を固めるスキャヴサイス。だがこのヴァールは、オーヴィルの行動の真意に気付いていなかった。

「──どうだっ!!」

 狙っていたのは、下半身の守りが手薄になるこの瞬間。強烈な回し蹴りが、敵の脇腹を正確に捉える。機体に伝わる振動が、相手の脊椎を砕く確かな感触を伝えていた。

「リジーナ!」

「はいよ、任せな!」

 エンフォーサーに蹴り飛ばされ、慣性のままに吹き飛ぶスキャヴサイス。その行く先には、巨大なチェーンアックスを装備したチェルノボーグが待ち構えている。

「さァ、下半身にサヨナラしな! ブツ切りだ!!」

 さながら白球を迎えるバッターのように、機械斧を大きく振りかぶる。回転するチェーンは火花を散らし、摩擦熱で赤く輝く。そして。

「ヒィ──ハァ────ッ!!」

 強烈な一撃。重量の乗った斬撃が、スキャヴサイスの腹部に突き刺さる。回転する刃が肉をすり潰し、骨を削り、宇宙空間に組織片と体液の花を咲かせる。体内に深々と食い込んだ刃を4本の腕で押し返そうとする抵抗も空しく、ついにスキャヴサイスの巨体は胴薙ぎに両断された。



「共同撃墜1! 見てたかぁオーヴィル!!」

 チェーンアックスを高く掲げ、モノアイレンズに付いた返り血をワイパーで拭いながら、リジーナは勝ち誇る。だが彼女のチェルノボーグが振り返った先に、シヴ9の機影はなかった。

「サム、あいつどこ行ったか見てないか?」

「あー……少し待て。いま探してる」

 ヘビー・フュージョン・ブラスターのチャージ中、デヴァステイターの背部核融合炉からは凄まじいノイズが発せられる。サミュエルの機体が顔をキョロキョロと動かし、光学センサー頼りにオーヴィルの姿を探しているのは、ひとえにレーダーが役に立たないからだ。そしてついにデヴァステイターのカメラアイは、自機から遠く離れた宙域に、一つの光点を見い出した。

「いたぞ。離脱していく民間船を追ってる」

「勝手に編隊を離れて、いったい何を──」

 カメラを最大望遠にし、オーヴィルの機体の後ろ姿を追うリジーナ。だが次の瞬間彼女の目に飛び込んできたのは、つい先程倒した敵と同じ、忌まわしい異形の影。そして応戦するエンフォーサーが放つ、スマートPDWの青白い曳光弾の光だった。

「サム! シヴ9は交戦中だ、もう1匹のスキャヴサイスが輸送船に食いついてる!」

 そう言うとチェルノボーグは進路を輸送船へと向け、隊長の許可を待つこともなく全速で吶喊する。

「後れを取ったか……! 1体倒すのに気を取られすぎたな」

 己の不覚を悔いるサミュエル。巨砲を携えたデヴァステイターも後に続き、重々しい機動で輸送船の方角へと舵を切った。

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