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1. アフターマス

 プロスペリウス星系の運命の日。星が大地に降り注ぎ、3兆人の人命が灰燼に帰してから2時間後。オーヴィル・ドロッセルマイヤーが座していたのは、モニタと計器に囲まれた鉄の棺桶の中だった。

「貴機のコールサインは『シヴ9(ナイナー)』だ。復唱せよ」

 商船改造航宙母艦「グリソム」、かつての貨物室を改装した殺風景な発艦用カタパルト。管制室からの通信と自らの呼吸音だけがこだまする、人型機動兵器ヒロイック・フレームの機内。

「シヴ9、了解。これより発進前チェックリストを行う」

 肩が凝り固まるような緊張感の中で、オーヴィルは訓練通りに機体の最終チェックを行う。目の前の発進口の向こうに見えるのは、スペースデブリ漂う漆黒の宇宙空間だけ。この艦を飛び立てば、待っているのは死の世界だ。

 タッチパネルを操作するたび、オーヴィルの機体に命が吹き込まれてゆく。「エンフォーサー」──小型軽量の機体に高い機動性を秘め、かつて次期主力機としても検討されていた高級機。

 この機体の性能があれば、達成できない任務などない。今回だって楽勝だ。オーヴィルは自分自身にそう言い聞かせて、深く息を吸った。緊張やプレッシャーに押し潰されそうなとき、彼はいつも嘘をつくのだ。他人に対してか、自分自身にかは問わず。機体の肩に描かれた道化師のノーズアートには、そんな自分への自嘲が多分に込められている。

「ええと、操縦システム、ロック解除確認。安定性増加装置オン、アンチアイス……うわっ!?」

「随分悠長にやってるなあ、少尉殿?」

 不意に、乗機の肩を掴まれた。カメラを回して後方を確認すると、そこにいたのは黒檀と深紅のツートンで彩られた重HF。すぐ後ろで発艦待ちをしていた機だ。モノアイカメラと両手持ちのチェーンアックスを携えた無骨な機体だというのに、ディスプレイに映し出されたパイロットの顔が女性のものだったことが妙に印象的だった。

「悠長にチェックなんかせずに、とっととカタパルトを空けてくんないかな? あたしの『チェルノボーグ』が早く(ソラ)に上がりたがってる」

 明らかに制式品ではないパイロットスーツに身を包んだ、強い目をした女性パイロットは短距離通信回線越しにそう言うと、白い歯を見せて肉食獣のように笑う。

「何してる、発艦前のチェックは規則で……それに、あんた一体誰なんだ!」

「おっと、自己紹介がまだだったね。あたしはリジーナ、コールサインはシヴ3。シヴ隊へようこそ、エース殿」

「あ、ああ。よろし……うっ、うわわっ!?」

 会話が終わるやいなや、突如強烈なGで操縦席に押し付けられる。モニタ越しの景色が急加速し、オーヴィルの機体は瞬く間に、不規則な回転を伴いながら艦外へと投げ出された。

「うわああぁぁ……!」

「シヴ9の発艦を確認。シヴ3、続けて発進準備に入れ」

 きりもみ状態のガーディアンを、他人事のような口調で見送る管制官。リジーナと名乗った後続パイロットの機体が、オーヴィル機の背中を押して宇宙空間へ突き飛ばしたのだ……という結論に至るまでに、オーヴィルの脳は5秒ほどを要した。

 訓練で習った、操縦不能(アンコントローラブル)からの復帰方法を、まさか発艦直後に実践することになるとは。遠心力で血液が偏り、遠のく意識と格闘しながら、機体全身のスラスターを操作する。と、その時である。

「ぐっ!?」

「おっと、逃がさねえぞ!」

 外部からの強い力で、機体の回転が強引に止められた。先行していた僚機が、見かねて腕を掴んでくれたらしい。

「あんたがシヴ9か。俺がシヴ1ことサミュエル・ヘイスティングス、この隊の隊長だ。よろしく頼む」

 ディスプレイの隅に通信相手の顔が映し出される。黒い肌にスキンヘッド、使い込まれたパイロットスーツ。いかにもベテランといった雰囲気を纏った男だった。

 そしてそのサミュエルが操る機体は、オーヴィルがこれまで見たどの機体とも違っていた。現行の主力HF「ガーディアンII」をベースにしていることは確かだが、右腕に抱えている巨大な砲は最早HFの携行武器の範疇を超えている。左腕に装備した、これまた常軌を逸したサイズの耐熱シールドと相まって、さながら封建惑星(フューダルワールド)の重装槍兵のようだ。

「あの……隊長? その機体って……」

 シヴ1の腕を離れ、編隊を組むべく機位を調整しながら問いかける。

「俺の『デヴァステイター』が珍しいか?」

 作戦宙域に散乱する無数のデブリ──艦船やHFの残骸に、敵性生命体「ヴァール」の死骸。数時間前まで続いていた戦闘の激しさを物語る大小の破片を掻い潜りながら、サミュエルはそう返した。

「火力支援用の試作機さ。背中に艦載用の核融合炉を積んでて、そのエネルギーを直接この大砲からブチまけるんだ」

 試作機。そんなものまで実戦に引っ張り出してくるとは。自慢げなサミュエルに対して、オーヴィルは内心の不安を顔に出さないよう取り繕った。

「俺の本来の任務は、こいつの試験とデータ集めだったんだ。でも乗ってたフネが化け物どもに沈められてな。試験部隊で生き残ったのは俺くらいだ」

 一行の眼下に広がる、都市惑星(アーブワールド)「プロスペリウスI」。かつて3兆人の人口を誇った植民星の地表は、さながら地獄のように赤く焼けただれていた。かつてないヴァールの大規模侵攻を前に、星系守備隊が持てるだけの戦力を注ぎ込んだ結果がこれである。おびただしい犠牲者を出した末、最後に残った手段は、小惑星を曳航して地表に投下し、全てを焼き払うことでヴァールのさらなる拡散を防ぐことだった。今日という日は間違いなく、宇宙史上に残る惨劇の日となっただろう。

「サム、生き残りはここにもいるぞぉ? あたしだって上手にくたばり損ねてみせたじゃないか」

 先程オーヴィルの機体を突き飛ばした、シヴ3──リジーナの「チェルノボーグ」が2機に追いつき、編隊に加わる。

「お前は傭兵だろ? こんな非常時でなければ、本当は一緒の隊で飛ぶことも出来ないんだぞ」

「そう堅いこと言うなって。仲間との信頼は大事だぜ? お互い、自分の代わりにバケモノの胃袋に収まってくれる人間を得られるからなっ」

 そう言ってリジーナは機体のモノアイカメラを、今度はオーヴィルの方に向けながら続ける。

「そうだろ、オーヴィル・ドロッセルマイヤー少尉殿? 一緒に精々生き足掻こうぜ」

「……なんで名前を?」

「あんたほどの実力者、知らない方が珍しいよ。初陣で中型ヴァールを6体も撃破した凄腕らしいじゃないか。サムも知ってるだろ?」

「ああ。それでいて、最前線で戦い続けるために昇進を拒み続けている『勲章なきエース』……一緒に飛べて光栄だ」

 ぎくり。オーヴィルの背中に流れる嫌な汗は、効きの悪い機内空調だけのせいではないだろう。

「あ……ああ」

 相槌だけを返し、話題が自分の経歴以外に移ることを願う。オーヴィルは、二人が思っているようなベテランでも何でもない。巷で知られる経歴も、元はと言えば初陣からどうにか生還した後、妹に語ったホラ話が発端なのだ。だが──腕利きと思われている以上、今日もそれなりの活躍はしなくては。

「さて、今回の任務は軌道上の艦船の救出だ。先の戦闘で孤立した友軍部隊や、星を捨てて脱出してきた民間船がデブリに混じってまだ飛んでいる。一隻でも多く助けるんだ」

 ほんの数刻前まで、惑星プロスペリウスIの周回軌道では血で血を洗う激戦が繰り広げられていた。守備隊の最後の抵抗。空母で待機中だったオーヴィルは、ただ舷窓から3兆人の人命が消えゆくのを見ていることしかできなかった。そして今、燃える岩塊と化した惑星上空に動くものは何もない。

「こんな状況で生き残りがいるとは思えないけどな」

 呆れた口調で言い放つリジーナに、すかさず反論したのはオーヴィルだ。

「いるさ、きっと」

「なんで分かる?」

「……俺の家族がそこにいるんだ」

 オーヴィルは、眼下の惑星プロスペリウスIで生まれ育った。星系間貿易や、ガス惑星からのヘリウム3採集事業で財を成した、ドロッセルマイヤー家の嫡男。

 息子を軍に入れれば、議事堂のお偉方からの覚えが良くなるから。そんな理由で、言われるがままに入った士官学校。この選択が今日、オーヴィルの運命を変えたのだ。HFパイロットになったオーヴィルはこの審判の日を生き延びたが、眼下の惑星にあった実家は今頃、剥き出しのマントルと一体化しているだろう。

「サイアクな親だって、こんな死に方して良いとは思わない。それに妹のエメットにだけは、何としても生きていてほしい」

「戦場に私情を持ち込むんじゃないよ。宇宙(ソラ)じゃあな、コクピットに家族や恋人の写真を貼ってるような奴から死ぬんだ」

 強い口調で言い切るリジーナを、サミュエルが宥める。

「まあ、そういう心構えもたまには必要だぜ? 自分で戦えない奴らを守ってやるために、俺はパイロットになったんだ」

 彼の瞳の奥に、オーヴィルは強い決意を見た。過酷な戦場に生きてなお、理想を見失わない高潔な魂の色を。

「そうかい。……まあこいつも、あんたと同じでエースだって話だし、あたしが口挟むことじゃないんだろうけど、そうやって良い子ちゃんにしてると寿命が縮むぜ」

 そう言って話を切り上げると、リジーナのチェルノボーグは背面からアンテナを伸ばし、周囲の宙域をスキャンし始める。オーヴィルがそれに倣って、索敵装置の感度を上げると、たちまちHUDを黄色の光点が埋め尽くした。

「た、隊長……どれから助ければいいんです?」

 レーダー上のブリップ全てが、衛星軌道上で助けを求める脱出船や、航行不能になった戦闘艦のものだった。無線通信は、先程からずっと不快なノイズだけを垂れ流している。軌道全域から発信された無数の救難信号が混信しているのだ。

「……海抜7万メートルより下からの信号は無視しろ。大気圏に捕まってもう助からん」

「でも……!」

 反駁するオーヴィルの眼前で、一つの光点がレーダーから消えた。低軌道を見下ろすと、惑星防衛艦隊の巡洋艦が炎の尾を引きながら地表へと墜ちていくのが見えた。

 あのクラスの艦なら、定員300名は下らないだろう。助けられなかった命が空力加熱で燃え尽きていくのを前に、オーヴィルが言葉にならない感情を募らせていた、まさにその時であった。

「……貨客船『チャイカ』、乗員乗客計63名生存……HF2機の護衛を受け脱出中なるも損害甚大。至急救援を……」

 ノイズの波の向こうから、通信機が偶然拾い上げた信号。発信元を辿ると、一行とごく近い宙域から発せられたもののようだ。

「これなら助けられます。すぐ向かいましょう!」

 虚言癖のオーヴィルも、誰かの役に立ちたいという気持ちだけは本物だ。サミュエル達の返答を待たずして、機体の進路を貨客船の座標へ向ける。

「よし、だが油断はするなよ。あの化け物どもがまだ潜んでるかもしれん」

「そん時はあたしに任せな。サイコロステーキみたいになるまで刻んでやるさ」

 3機のスラスターが、死に満ちた宇宙(ソラ)に流星のごとく光の軌跡を残す。一行はただちに、救難信号の発信源へと急行した。

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