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15. 衝撃と畏怖

《設定目標へのランデブー軌道設定完了。自動マニューバにて3分32秒後に最接近予定》

 平坦な声色の自動音声が、戦闘再開までのカウントダウンを開始する。ロケットエンジンの鼓動を背中で感じながら、オーヴィルは友軍部隊への通信回線を開いた。

「シヴ9よりタントーおよびバリソン隊へ。脱出艦隊が攻撃を受けている。援護求む!」

 今のオーヴィルに課せられた任務は、民間人を輸送する艦隊を敵の襲撃から守りきること。エンフォーサー単騎では奴を倒し切ることは出来ずとも、先程まで行動を共にしていたタントー隊とバリソン隊が駆けつけるまでの時間稼ぎは十分務まるはずだ。だが通信機の向こう側から返ってきた言葉は、そんなオーヴィルの期待を裏切るものであった。

拒否(ネガティブ)! こちらタントー1、我々は先の戦闘で推進剤を予想外に消費してしまった。これ以上の軌道変更は不可能だ」

「なんだって!?」

「我々は目的地に先行して補給を受け、再度出撃して援護に向かう。それまで持ち堪えられるか?」

「無茶言うな!」

 パイロットグローブを嵌めた拳でコンソールを殴り付ける。

「すまない、我々にも他に打つ手がないのだ。善処されたし! 善処されたし!」

 オーヴィルは通信終了の符牒も打たずに一方的に回線を閉じると、誰にも聞こえない機内で一人、誰へともなく「ちくしょう」と呟いた。今のオーヴィルに出来る、最悪な戦況を与えて下さったカミサマへの最大限の反抗だ。

 本来なら、部隊間での調整や増援要請はHF隊を取りまとめる指揮官陣の役割だ。オーヴィルのような一パイロットが独断で増援を要請することは出来ないし、もしあれば営倉か軍法会議が待っている。だが今や旗艦「フォン・カルマン」は沈み、軍の指揮系統は暴風雨を受けた蜘蛛の巣のように寸断されてしまっている。何もかもが異常な戦場で、最後まで頼ることが出来るのは自分の腕と、乗機の性能だけなのだ。


「……自分でやるしかないってことか……」

 グリップの滑り止めパターンがグローブに食い込むほどの強さで操縦桿を握りつつ、オーヴィルは、これまでの「スキャヴサイス」ならびに「スキャヴサイス・プライム」型ヴァールとの戦闘を思い出していた。

《目標最接近まであと1分》

 奴の武器は、高い格闘能力と常軌を逸した再生能力──前者に関しては、エンフォーサーの機動性と射撃補正機能を最大限に活かせば上手を取れる可能性がある。懐に飛び込まれないように立ち回るのだ。問題は後者だ。

《あと30秒。白兵戦プロトコル起動》

 過集中により世界がスローモーションと化していく。朝の空気のように澄み渡る脳神経。オーヴィルはこれまで学んだ座学の内容を思い出す。地球生物学──かつての人類の故郷である惑星、地球に生息していた生物に関する講義──のことが脳裏によぎった。

《20秒。脚部ショックアブソーバー起動》

 例えば、プラナリア。身体を細切れにされてもそれぞれの破片が新たな個体として復活する。だが環境の変化には滅法弱く、水が汚れると死んでしまう。

《10秒。衝撃に備えて下さい。7、6、5》

 例えば、甲殻類。外敵に襲われると自ら脚を切り離し、脱皮の度に再生する。しかし再生できるのは脚だけで、身体の方を食べられればひとたまりもない。

《4、3》

 ──つまり、完全無敵の生命体など存在しないのだ。生きている限り、殺せる。死なないのであれば、死ぬまで殺し続けるまでだ!

《2》

 エンフォーサーは艦隊上空、戦闘領域に再突入する。視界の中央に敵を捉えた。スキャヴサイス・プライム。輸送船にしがみ付き、今まさに艦橋へチェーンアックスを振り下ろそうとしている。

《1》

 世界が自分と相手だけになったかのような感覚。戦闘精神状態。エンフォーサーは加速度を一切減じることなく、寸分違わぬ精度で敵を進路上に捉える。そして、片脚を大きく突き出し──


《0》


「──たああぁッ!!」

 相対速度、秒速600メートル──槍のように鋭い飛び蹴りが、スキャヴサイス・プライムの側頭部に突き刺さる。頭蓋骨が砕け、頚椎がへし折れる振動がエンフォーサーのコクピットまで伝わる。機内に響く激しい衝撃音が、いま戦いの再開を告げた。

 横合いからの攻撃で輸送船の船体から引き剥がされるスキャヴサイス・プライム。エンフォーサーは敵に足裏を押し付けたまま脚部ロケットエンジンを点火。機体を制動すると同時に炎が敵の顔面を炙り、さらにロケット噴射の反動で敵の身体を遠方へと吹き飛ばす!

 不意打ちを受けたスキャヴサイス・プライムは投げ捨てられたヌイグルミのように無重力空間を飛び、大の字になって壁に打ち付けられた。──壁? そう、先刻爆沈した別の輸送船、未だ炎のくすぶる「ウチノウラ」の残骸である!

 キックを受けた瞬間、敵がチェーンアックスを取り落としたことをオーヴィルは見逃さなかった。エンフォーサーのマニピュレータが、電源が入ったままの機械斧を掴み取り──投げつける! 無防備なスキャヴサイス・プライムの胸部に回転刃が突き刺さり貫通、コルクボードに留められた書類のようにその身体を装甲板に縫い付ける! 噴き出す極彩色の組織液!

 スキャヴサイス・プライムは罠に掛かった獣のようにもがき苦しみ、その身に食い込んだチェーンアックスを4本腕で引き抜こうとした。だがオーヴィルはそれを許さない。スマートPDWのフルオート射撃。青い光跡を漆黒の宇宙に曳き、自己誘導弾頭が次々と襲いかかる。肉体構造上の弱点──4本腕の関節に吸い込まれるように着弾、軟骨部分に達すると同時に連続爆発! 病的な細さからは想像も付かない強靭さを秘めていたあの腕が、弾丸の嵐に打たれて一つまた一つと引きちぎられてゆく! 破壊した腕の付け根には追い討ちの焼夷グレネードが着弾、二度と再生しないよう傷口を焼灼!

 さながら奇術師のように、攻撃手段を切り替えながら休むことなく次々と連撃を繰り出すオーヴィル。だがこの猛撃は、敵への恐怖心の裏返しだ。一瞬でも攻撃の手を緩めれば、奴は再び自己再生を開始するだろう。今ここで奴の息の根を止めなければ、全ての努力、そして仲間たちの犠牲が無駄になってしまう。

「はぁっ、はぁっ、次……次の手だ!」

 長時間の連続射撃で銃身が赤熱し、HUDに「射撃不可」のエラー表示が浮かぶ。続いてオーヴィルが取り出したのはHF用のコンバットナイフ。単分子の切先が戦火に輝く。使用可能な武器は今やこれだけ、だが接近して斬りかかるのはあまりにも危険。

「これで──どうだっ!」

 15メートルほどの間合いを保ったまま、エンフォーサーは素早くナイフを投擲。その刃先が捉えたのは敵の右上腕、その手の中に未だ握られていたプラズマピストル! 高エネルギー流体加速コイルにナイフが深々と突き刺さり、鮮緑色のプラズマが噴き出し爆発。スキャヴサイス・プライムの右半身が業火に呑まれる!

「今だ、援護を!」

 オープン回線で呼び掛けると、付近を航行する艦が一斉に砲門を開いた。HFの機動性に遠く及ばない宇宙艦艇の旋回砲塔では、飛び回るスキャヴサイス・プライムに決定打を与えることはできなかった──だが、相手が動きを止めているなら話は別だ。HF携行武装の威力を遥かに上回る、残存艦艇全艦による全力の火力投射。補給艦の残骸に張り付けられたスキャヴサイス・プライムをビーム兵器による艦砲射撃が焼く!

「──やったか!?」

 敵の姿が爆炎の中に消え、完全に見えなくなってなお、ビームの嵐は収まらない。このサイズの敵に対して、通常なら有り得ないほどの過剰火力。オーヴィルはスマートPDWの銃身を予備の新品に交換し、油断なく敵に銃口を向け続ける──だが、その瞬間である!

「ぐっ!?」

 機体に走る衝撃。衝突アラート。猛砲撃の炎の中から何かが飛び出し、オーヴィルのエンフォーサーに体当たりを仕掛けたのだ。

 ノイズ混じりのモニタで状況を確認。スキャヴサイス・プライム……の成れの果て。炭化した肋骨と内臓、そして触手状に沸き立つ肉。まだ生きている。エンフォーサーの鳩尾に飛び込んできた直径3メートルの肉塊こそが、今のスキャヴサイス・プライムの全てだった。再生能力を上回るダメージを受け、もはや本来の姿を保っていないのだ。そんな姿になってなお、この深宇宙の魔物は止まらない。

 反射的にオーヴィルは機体の姿勢制御スラスターを吹かし、後方へと距離を取ろうとした。だがすぐに進路上の障害物に阻まれる。後方カメラで確認すると、未だ健在の戦闘艦の舷側と思しき構造物が見えた。

 「グリソム」。グレーの装甲板に書かれた艦名は、オーヴィルの目が確かならそう読めた。航宙母艦グリソム。今やオーヴィルただ一人となったシヴ隊の所属艦。そして──

「……エメット!?」

 舷窓越しに目が合った。窓ガラスの向こう側──オーヴィルの戦いを食い入るように見つめる妹の姿。恐怖と不安、そして僅かばかりの知的好奇心を混ぜこぜにしたような、引き攣った表情を顔に張り付かせて。目の前の機体に自分の兄が乗っているとは知らないだろう。

 一体どうすれば。オーヴィルの思考が瞬時にスパークする。すぐ背後にはエメットが。そして眼前には不定形の肉塊と化したスキャヴサイス・プライム。増殖する肉の狭間から無数の触手がのたうち、眼球や牙のような器官が現れては消える──そして、次の瞬間!

「──ぐッ!!」

 アラートも間に合わないほどの一瞬だった。衝撃でコクピット内のモニタが何枚か割れ、飛散するガラス片が無数の刃となってパイロットスーツを切り裂いた。

 状況確認。目の前のスキャヴサイス・プライム、その肉の狭間から筋肉質の触腕が伸び、エンフォーサーの脇腹を貫徹している。

 ──恐らく自分は、無意識のうちに攻撃の予兆を察知し、背後のエメットを守るために身を挺して盾になったのだ。オーヴィルは、自分自身にも分からない咄嗟の行動をそう解釈した。自分のどこにそんな瞬発力が眠っていたのかは分からない。だが、機体を貫いた触手の先端が、背後の艦の装甲に達する一歩手前で止まっているところを見ると、そう信じるしかない。

「……げほッ、げほッ!」

 不意に咳き込むと、口を覆った手のひらに粘つく血液がべったりと付着した。全身に走るピリピリとした不快感。そしてオーヴィルは程なくして理由を知った。

《警告、核分裂バッテリーパック損傷。機内線量が上昇しています》

 太陽からの放射線、数百度もの温度差、エネルギー兵器から放たれる電磁パルスといった危険に満ちた宇宙空間でHFが活動できるのは、機体に組み込まれた何重もの防護被覆のお陰である。そして機体内部──すなわち防護の内側にある核分裂バッテリーが損傷するということは、即ち機外に逃げられない放射線がすべてパイロットを襲うという事態を意味する。

 もう助からない。オーヴィルは一瞬でそう悟った。エンフォーサーのマニピュレータが、機体に突き刺さった触手を掴んだ。この敵を倒そうが、踵を返して母艦に帰投しようが、高強度の放射線に晒されたオーヴィルの身体は数日と持たないだろう。それならば、やるべきことは一つしかない。

 先程までオーヴィルの胸中に渦巻いていた不安は、今ではすっかり消え去っていた。皮肉にも、死の運命が確定したことで「死ぬかもしれない」という恐怖から解き放たれたのだ。

 霞む視界の中、オーヴィルは手の甲で鼻血を拭い、再び操縦桿を強く握る。決して逃さぬよう、鋼の掌で敵の触手を手繰り寄せる。肩で息をしながら、目の前に映る異形の肉塊に対して、オーヴィルはこう話しかけたのだった。

「ありがとう……お陰で目が覚めたぜ!」

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