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14. 決意

「こちら『フォン・カルマン』、艦体損傷により姿勢安定を失いつつあり! 救援求む!」

「艦隊司令は戦死なされた。旗艦機能を『グリソム』へ移行……」

「補給艦『ウチノウラ』乗員は全員戦死と認む。救助艇の要なし」

 艦隊の共有回線上は混沌に満ちていた。電子化された悲鳴と怒号が飛び交い、混信で最早誰が何を言っているのかも判別できない。爆発炎上する艦船と、イルミネーションのような対空砲火に照らされながら、エンフォーサーはチェルノボーグを連れて戦闘の中心から退避した。

 敵が艦隊との殴り合いに夢中の今、これだけ距離を取ればしばらくは安全だろう。2機のHFは宇宙建造物の残骸と思しきデブリの陰に身を隠し、一度警戒を解いた。

「リジーナ! 大丈夫か」

 回線をローカルに切り替えて呼びかける。リジーナの機体──チェルノボーグは胸部にプラズマ弾の直撃を受け、装甲が蒸発して出来た被弾孔から焼けた内部機構を覗かせている。オーヴィルが危惧するのは、すぐ側のコクピットブロック、ひいてはパイロットに被害が及んでいないかということだ。

「機体の傷は大したことねえ。大したことねえんだけどさ……脚を持ってかれちまった」

 自虐的な半笑いもともに報告するリジーナ。しかし見たところ、チェルノボーグの脚部ユニットに損傷は見当たらない。

「落ち着いて、多分OSが脚部を認識してないだけだ。まずはシステムチェックを走らせて、ハードウェアが検出されたら……」

「馬鹿野郎、あたしの可愛いナマ脚だ!」

 落ち着きが必要なのは自分の方だった。リジーナは痛みに歯を食いしばりながらも、やるせなさ、やり場のない怒り、そしてひとつまみの諦観を混ぜこぜにしたような苦笑いを浮かべていた。

「さっきの一撃で機内の何かが爆発して……多分脇腹の燃料タンクだと思う。そんでコクピットの内張り装甲が割れてスッ飛んできたんだ……」

 通信画面の向こう側で、リジーナは懐からアドレナリンの注射器を取り出すと、逆手に持って自分の首筋に突き立てた。

「どうにか止血はできたけど……あークソ、痛みと失血で頭がクラクラする……」

 後方よりレーダー反応。まだ艦隊に残されていた、なけなしのHFが2機。作業用と思しき旧型だ。先程の顛末を見ていた艦のどれかが、リジーナを救出するために艦載機を飛ばしてくれたのだろう。

「安全圏まで撤退して、そこで治療を受けるんだ」

 オーヴィルはそう言ってリジーナの機体を救助班のHFに引き渡すと、改めて機体の武装をチェックした。スマートPDW用マガジン3本、ライフルグレネード2発、そしてコンバットナイフ1本。

「……あんたはどうすんだ……?」

 心配そうに尋ねるリジーナ。機体各部のフックに牽引用ワイヤーが結ばれ、曳航回収の準備が整ってゆく。

「あいつを食い止める。この武装で殺しきれるとは思わないけど……時間稼ぎくらいは出来るはずだ」

 心の奥底に横たわる恐怖心を隠しつつ、オーヴィルは答えた。鈍重な宇宙艦艇では奴の反応速度に追いつけない。となると、奴に太刀打ちできるのはHFだけ──つまり、今はオーヴィル一人の双肩に艦隊の命運が懸かっているのだ。

「エメットが……今じゃたった一人の身内が乗ってるんだ。やらせはしない」

 チェルノボーグに取り付いた2機の作業用HFはその時、まさにリジーナを連れ帰るためのエンジン噴射を始めようとしていた。しかし、ワイヤー留めされたチェルノボーグは身振りでそれを中断させる。

「……サムは『あんたには才能がある』って言ってたっけ? あながち、嘘じゃないかもな」

「俺に……?」

「そうさ。あんた、本当は実戦経験なんて全然ないんだろ? それなのに、このクソみたいな状況に放り込まれてもパニクりもせず、逃げもせず……宙賊団(ゾク)にいた頃にあんたみたいな仲間が欲しかったよ」

 痛みで顔を歪ませながらも、リジーナはあくまで気丈に、穏やかな調子で語った。

「……そんなんじゃない。死にたくないから戦ってるだけさ」

「それが出来ない奴が大勢いるんだよ」

 どんな表情をしていいか分からず、オーヴィルは視線をメインモニタの端、デブリ漂う星空へと移した。

「先行していたバリソン隊とタントー隊が艦隊に戻ってくる……でも、すぐには来れない。それまで奴の足止めをしてくれれば、何百人かの人間が救える」

 画面の向こうのリジーナはオーヴィルの瞳を真っ直ぐに見つめ、言い聞かせるような口調でそう伝えた。そして少し表情を緩め、さらにこう続ける。

「あたしはちょっと力になれないけど……あんた、"伝説のエース様"なんだろ? そのホラ話を本物にするなら、今がチャンスだぜ」

「……ああ、そうだな。妹にカッコ悪いところ見せられないしな」

 リジーナに倣い、オーヴィルも同じく皮肉めいた含み笑いとともに言葉を返した。たった一人で強大な敵に立ち向かうという重責に耐え、虚勢を張って武器を構える。


「じゃあ、行ってくるよ」

「ああ、奴の目にモノ見せてやりな」

 リジーナに見送られながら、操縦桿に意思を込める。加速度で身体がシートに押し付けられ、機体は敵性目標との交差軌道目掛けて漆黒の宇宙を駆ける。

 怖くない、といえば嘘になる。だが恐怖に負けそうになった時、オーヴィルはいつも自分に嘘をつくのだ。

「……そうさ、きっと上手くいく。俺はエースだから……」

 疾駆するエンフォーサーの機内で、オーヴィルは独り吼える。だが、この台詞が「戦場の恐怖を誤魔化すおまじない」であるのも今日までだ──あの深宇宙の魔物を打ち倒し、艦隊の窮地を救った瞬間、「ワイルド・カード」の二つ名は本物の英雄の名前として記憶されるだろう。

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