13. 敵機直上
「『ZIB……9』撃沈さる……状況を報告……!」
デヴァステイターの短距離通信アンテナが、ノイズ混じりの無線音声をキャッチする。スキャヴサイス・プライムに拘束されたまま艦隊に帰還したサミュエルの眼前、メインモニタにはつい先程の殺戮劇の結末──艦隊側面で警戒に当たっていた駆逐艦が艦橋を吹き飛ばされ、何の抵抗も出来ずに沈黙する様子が映し出されていた。一瞬のうちに艦内の統制と空気供給を喪失したため、恐らく脱出できた者はいない。甲板上に備えられた救命カプセルが自動射出され、無人のままで周囲を漂っていた。
このヴァールは、HFを抱えたまま飛ぶことで艦隊の敵味方識別装置を騙し、味方の機体が帰還したと誤認させたまま悠々と防空圏を突破。そのまま手始めに1隻目の艦を血祭りに上げたのだ。
サミュエルは言葉にならない呻きを上げながら、機体のコンソールパネルを殴りつけた。この艦に乗っていた人間は、乗組員と民間人を合わせて150名は下らないだろう。彼ら一人一人に家族があり、未来があった。それら全てが、自らの一瞬の油断のために失われてしまったのだ。
そして、この恐るべきヴァールが艦隊に辿り着いたということは──今しがた起こった惨劇と同じことが、航行している艦の数だけ繰り返されることを意味する。
スキャヴサイス・プライムは駆逐艦の側面を蹴ってさらに加速し、次の獲物を目掛けて前進する。
「やめろ……やめてくれ!!」
拘束されたままのデヴァステイターは再びプラズマピストルを構えるが、射撃することは叶わなかった。トリガーを引くより早く相手が反応し、マニピュレータを引きちぎって武器を奪ったのだ。
スキャヴサイス・プライムは航行中の艦船に手当たり次第襲いかかり、強奪したプラズマピストルとチェーンアックスで荒れ狂う竜巻のような破壊を齎しつつ、艦隊を横断するように航過した。まるでその一部始終をサミュエルに見せつけるかのように。
「護衛空母『ケープカナベラル』……被弾炎上……救助求む……!」
「……兵員輸送船『マリネリス』爆沈す……」
「軽巡『ワン・フー』……甲板にて爆発……状況確認……」
反撃らしい反撃もできぬまま、艦隊に損害が広がってゆく。デヴァステイターを抱えたまま飛び回り、気まぐれな破壊神のようにチェーンアックスを振るうスキャヴサイス・プライム。撃たなければ自艦が危ないと分かってはいても、誤射を恐れて射撃を躊躇ってしまう──この恐るべきヴァールはその人間心理の隙を突いたのである。
「隊長! ……いま助けに……!」
オーヴィルの「エンフォーサー」がようやく追い付き、スキャヴサイス・プライムにスマートPDWの射撃を浴びせた。あの武器の精度なら敵だけを正確に狙い撃つことが可能なはずだが──
「ぐわっ……何!?」
装甲板が貫徹される金属音が機内に響く。発射された自己誘導弾頭は全てデヴァステイターに着弾、全身の装甲に無数の風穴を開けた。弾の軌道を読んだスキャヴサイス・プライムによって、盾代わりに利用されたのだ。
「そんな……!」
味方を撃ってしまったことに動揺するオーヴィルの声が、機体損傷を告げるアラートに混じってコクピット内に届く。サミュエルは努めて冷静さを保とうと、深い呼吸を意識しながら脱出の策を講じていた。
「オーヴィル、下がれ! こいつはあたしが……!」
続いて接近するのはリジーナの「チェルノボーグ」。その左手にはリボルバーが、そして右手にはどこからか拾ってきた鉄パイプが握られていた。白兵戦を挑むつもりなのだ。
76mm実体弾を乱射しながら敵の懐に飛び込むチェルノボーグ。スキャヴサイス・プライムはチェーンアックスを振り上げ、チェルノボーグを袈裟懸けに両断するべく斬撃を繰り出す。だがチェルノボーグは身体をわずかに逸らし、装甲表面に刃を滑らせるようにして致命傷を回避した。
「オラァッ!」
体勢を崩し、反応できない敵の頭蓋を鉄パイプで殴りつける。二度三度と殴打を繰り返し、動きが鈍ったところでヘビーリボルバーの銃口を顔面に突きつけた。
だがその時、スキャヴサイス・プライムの腕の中にいるサミュエルには見えてしまった。この恐るべき知性と狡猾さを備えたヴァールが、相手からは見えないようにプラズマピストルを構えていることが。そしてリジーナは恐らく、このヴァールが半身を失っても再生できるほどの生命力を持っていることを知らない。
「──サヨナラだ!」
ヘビーリボルバーの3連射。対巨大生物用APHE弾がスキャヴサイス・プライムの頭部と両肩を粉砕し、大小の肉片を宇宙空間に撒き散らす。常識的な生物であれば、3回は即死できるほどのダメージだ。だが──
「リジーナ! 危ない!!」
完全に勝利を確信していたチェルノボーグの胸部にプラズマ弾が直撃する。スキャヴサイス・プライムは頭部を失ったことを意に介さず、相手の一瞬の油断を突いて攻撃を放ったのだ。装甲表面が瞬時に数千度に加熱され、溶けた金属が血飛沫のように飛び散った。
予想外の反撃に動きを止めたチェルノボーグ。咄嗟の回避機動のお陰か、あるいは強固な装甲に救われたか、コクピットブロックを貫徹されることだけは免れたが、明らかに挙動が鈍っている。
「あ゛あッ……畜生、畜生ッ!」
血を吐くようなリジーナの叫びが回線上に響く。さらなる戦闘マニューバを繰り出そうとするチェルノボーグだったが、機体は全身から白煙を吹き出しており、最早戦える状態でないことは明らかだった。
「後退だ! こいつは俺たちだけで勝てる相手じゃない」
エンフォーサーが一行に追いつき、チェルノボーグの肩を掴んだ。
「拒否! あたしにそいつを殺させろ……!」
深手を負ってなお闘志を剥き出しにするリジーナ。だがこのまま策も無く戦えば、間違いなく誰かが死ぬ。
「シヴ3、シヴ9、隊長として命令する! ここは俺に構わず撤退しろ」
「でも……!」
「俺に考えがある」
まだ何か言いたげなリジーナだったが、オーヴィルのエンフォーサーがチェルノボーグを掴んで急加速し、戦闘宙域を離脱したことで通信は一方的に打ち切られた。
「──さて……」
スキャヴサイス・プライムの腕に抱かれたままのデヴァステイター。未だ艦隊上空に浮かぶその機内で、サミュエルは深く呼吸をした。
スキャヴサイス・プライムは既に両肩に受けた銃創を湧き立つ肉で塞ぎきり、新たな頭部を形成しつつあった。自己再生に集中しているのか、先程までのような機敏な動きは見せていないが、デヴァステイターを拘束する腕からは抜け出せそうにない。頭部の再生が終わり、再び動き出すのも時間の問題だろう。
サミュエルは通信周波数をオープンチャンネルに変更し、スロートマイクに手を当てる。そして覚悟を決め、眼下の脱出艦隊にこう呼びかけた。
「聞こえるか!? 俺に構うな、このまま撃て!!」
それはサミュエルにとって人生最大の賭けだった。艦隊全力の火力投射をその身で受けることになる。先程のように機体を盾に使われれば、間違いなく無事では済まない。だがサミュエルも、決して敵と心中するつもりでこの選択を下した訳ではない。
スキャヴサイス・プライムの頭部が再生し、新たな両目が腕の中のデヴァステイターを、そして眼下の艦隊を睥睨する。艦隊のビーム砲塔からの攻撃が殺到するのと同時に、深宇宙の獣が再び動き出す。
「ぐっ……!」
強烈なGがコクピットを襲う。嵐のような弾幕に晒されたスキャヴサイス・プライムはさながら暴走したカミカゼ・ドローンのような狂奔機動で艦隊内を飛び回り、デヴァステイターを人質にしたまま、休む間も無く全ての攻撃を回避し続けている。だが──それにも限界があるはずだ。
息を吸い、4つ数えて息を吐く。カクテルシェイカーのように揺れる機内で、サミュエルは飽くまで冷静に戦況を分析しようとしていた。
(これだけ無茶な機動を取り続ければ、俺を拘束することへの注意は薄れる。隙を突いて腕の中から抜け出し、武器を奪い返して反撃を──)
その時サミュエルは一瞬、自機を捕らえている腕の力が緩んだのを感じた。
(──今だ!!)
両腕が自由になった一瞬の隙を見逃さず、敵の胸を突き飛ばして拘束から逃れる。衝撃で取り落としたプラズマピストルを拾い、敵を照準内に捉えようとした──しかし、それで終わりだった。
スキャヴサイス・プライムは、タイミングを図って意図的にデヴァステイターを手放したのだ。猛スピードで飛行するヴァールの手を離れたデヴァステイターは、慣性の法則に従って同じ速度で飛び続ける。そしてサミュエルから見て背後、機体の軌道上にはプロスペリウス脱出艦隊旗艦、重巡「フォン・カルマン」の姿がある──だが、この状況はヒトの反射神経と空間認識能力を遥かに超えている。例え凄まじい速度で死に向かっているとしても、それに気付くことすらできないのだ。
「──な」
相対速度にして、秒速9.2キロメートル。デヴァステイターは重巡フォン・カルマンの艦橋に激突した。8メートル超の巨兵は衝突の瞬間に一度、艦橋内の戦闘指揮所でもう一度爆発を引き起こし、数百人が詰めていた艦の中枢部を瞬時に火の海へと変貌させた。
最早燃え盛る金属塊と化したデヴァステイターはフォン・カルマンの艦体構造を貫通すると、今度はすぐ隣を航行していた補給艦「ウチノウラ」の艦腹に突入。積荷のビームキャノン用エネルギーセルが大爆発を引き起こし、デヴァステイターは補給艦と共に爆炎の中に消えていった。