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12. 宇宙の闇に潜む者

「──照射完了! 目標撃沈を確認」

「了解! シヴ1へ、火力支援を感謝する!」

 通信回線上に、歓喜の言葉が満ちる。試作砲撃用HF「デヴァステイター」の狭いコクピット。ケーブルが所狭しとのたくり、増設されたサブモニターやスイッチボードが機内の至る所にテープ止めされている。機体の主、サミュエル・ヘイスティングスは大きく深呼吸をすると、その身をプレス鋼板剥き出しのバケットシートに深く沈めた。

「こちらタントー1、まだ終わりじゃない。敵艦を調べ上げ、可能ならサンプルを収集しろ」

「タントー6、了解(コピー)

 最大望遠にしたままのメインモニタには、燻る敵艦の残骸をHF達が取り囲んで検分する様子が映し出されている。その中には、二人の部下──オーヴィルとリジーナの機体の姿もあった。


「……思えば、随分遠くまで来たもんだ」

 足元の空きスペースに詰め込まれた、研究機関のロゴが入った計測機器の数々に視線を移し、サミュエルは独りごちた。

 彼は本来、この機体を試作した研究機関所属のテストパイロットだ。今回もいつも通り、衛星軌道上でヘビー・フュージョン・ブラスターの試射を行い、その効果や弾道特性のデータを集めるだけの簡単な任務の筈だった──ヴァールによる総攻撃さえ無ければ。緒戦に巻き込まれる形で母艦と所属機関の全てを失ったサミュエルは、機体ともども軍の実働部隊に呼び戻され、急遽編成されたHF部隊の一つであるシヴ隊の指揮を執ることとなったのである。

「……こちらバリソン12、破孔より艦内へ進入。中は焼けた肉片ばかりです」

「了解。組織サンプル回収の後、探索を続行せよ」

 部下達には極力気取られないように取り繕っていたが、サミュエルの内心は不安に満ちていた。長らく実戦から離れていた自分のようなパイロットや、こんな実験用のHFまで最前線に引っ張り出さなければならない軍の内情がどのようなものかは、軌道上を埋め尽くす艦艇やHFの残骸を見れば明らかだ。戦略的には既に人類の大敗。今やっているのは最早組織だった戦争ではなく、生き残るための悪足掻きでしかない。

「シヴ3よりバリソン12へ、第2砲塔の真下はどーなってる? さっきの戦闘中、あのへんでなんか嫌なモンを見たんだ」

「第2砲塔? あの辺りは爆発で全部吹っ飛んでる。何を見たのか知らんが、生き残ってるはずはねえさ」

 だが生き残るための足掻きというのも、決して無駄ではない。有史以来人類が直面してきた数々の試練同様、生きてさえいれば何度でも、瓦礫の下から這い上がることができるのだから。

 少なくとも、今日の自分達は生き残った。同じように生還した者達で力を合わせ、来るべき反撃の日に向けて──


≪警告。所属不明の飛行物体が接近≫

「何!?」

 すぐさま、反応のあった方向に頭部カメラを照準する。本機から見て真上方向。だがサミュエルが何か行動を起こすよりも先に「それ」はデヴァステイターに掴みかかり、叩きつけるような衝撃がコクピットを襲った。

「ぐっ……!」

 醜悪なヴァールの姿がモニタ一杯に広がる。4本の腕、乱杭歯の並ぶ口。先の戦闘で撃破した「スキャヴサイス」に似ているが、その体躯は一回り大きく、鎌状だった腕部先端は5本指に変化している。そしてその腕のうち一対には、HF用のチェーンアックスが握られていた。まるでヒトの姿に似せた邪悪なパロディのようなその姿は、サミュエルの脳裏に「魔神」という語句をよぎらせた。

「種名照合……完了、識別名『スキャヴサイス・プライム』!」

 一対の腕でデヴァステイターを拘束し、もう一対の腕でチェーンアックスを振り上げる。サミュエルは本能的に理解した。この個体は、前回の戦闘で倒したスキャヴサイスの片割れだ。胴薙ぎに両断されてなお死なず、戦艦の残骸を隠れ蓑に自己再生と変異を繰り返しながらこの瞬間を待っていたのだ。爆発に紛れて艦内から飛び出し、無防備な姿を晒している自分に襲いかかるために。

 自らの慢心を悔いるサミュエル。咄嗟の判断でヘビー・フュージョン・ブラスターを投棄し、予備武装のオート・プラズマピストルを抜く。右腕の拘束を振り払い、敵の脇腹にマズルを突き付けてトリガーを引いた。しかし発射と同時に敵は大きく身をよじらせて回避、緑色の光弾は宇宙の彼方へと消えていった。

「シヴ1より全機へ! 伏兵だ、本機は敵の攻撃を……」

 自力での脱出は不可能と悟り、サミュエルは遥か前方の僚機に救援を求めようとした──しかし、その通信はすぐに断ち切られた。機械斧の一撃で、長距離通信用ハイゲインアンテナを装備した頭部ユニットが刎ね飛ばされたのだ。カメラフィードが途絶えるが、すぐに予備の低画質カメラに切り替わる。

 そしてデヴァステイターを掴んだまま、スキャヴサイス・プライムは未知の力で加速を始める。その進路上にあるのは──脱出する民間人を満載した艦隊である!

「──まずい! 艦隊上空は今手薄だ」

 後方より友軍機の反応。異変を察したのか、シヴ隊の2機──オーヴィルとリジーナが駆け付けたのだ。だが彼らが邀撃を開始するよりも一足早く、デヴァステイターを抱いたスキャヴサイス・プライムは艦隊の防空圏内へと突入した。




 ──プロスペリウスI脱出艦隊、駆逐艦「ZIB-5109」艦橋。高度な索敵システムを持ち、艦隊外縁で早期警戒の役割を担うこの艦においても、目視による見張り(ワッチ)は欠かせない。この日は、マクシム・カジンスキー二等兵曹とイワン・レオノフ上等宙兵が当番だった。

「戦闘指揮所より連絡、1時方向よりレーダー反応。コールサイン『シヴ1』。イワン?」

 逆さまに浮遊しながら窓ガラスの向こう側を眺めるマクシムに、イワンは双眼鏡を構えたまま、ガムを口に放り込みつつ答えた。

「はいはい、見てますって兵曹……どうせエンジントラブルか何かで引き返してきたんでしょう?」

「それか途中でブルって逃げてきたのかもな、ハハッ」

 およそ緊張感のない会話。それもそのはず、二人の体力と精神力は既に限界を超えており、朦朧とする意識を栄養ドリンクで誤魔化して艦橋に立っていたのだ。生まれ育った惑星が滅びるという異常事態と、艦内に収容した民間人を不眠不休で救護するという慣れない激務の前には、入隊直後に受けた耐ストレス訓練など役には立たなかった。

「兵曹、あんな変な機体うちにいましたっけ?」

「ん? どんなだ」

 双眼鏡を覗きながら首をかしげるイワンに倣って、マクシムも双眼鏡を取り出す。遥か遠方より飛来する物体──コールサイン「シヴ1」は、HFにしては確かに歪なシルエットに見えた。

「ほら、なんか手がいっぱいある」

「……よく見えないな。どっかの機関の実験機じゃないの? 変な形のヤツは大体そうだ」

 既に正常な判断能力を失っている二人は察することができなかったのだ──「シヴ1」として認識されている機体が空母への着艦コースを外れ、自分達の艦に向かって飛んでいることも、その正体がHFではなく、HFを抱えたまま飛来するヴァールであることも。

 そして、

「──バッカ野郎! アイツはHFじゃなくて……」

 気付いたときには、何もかも手遅れであることさえも。

「えっ」

 刹那、二人の視界は「それ」の姿を捉える。目の前に姿を現したのは、4つの腕を持つ異形の魔神。もがき苦しむHFを小脇に抱え、残る腕で巨大な機械斧を振りかぶる──その姿が、二人が見た最期の光景となった。

 「それ」がチェーンアックスをひと薙ぎすると、駆逐艦ZIB-5109の小さな艦橋は瞬時にバラバラに引き裂かれ、無数のスクラップと化して宇宙空間に四散した。マクシムとイワン、そして艦橋にいた他の乗組員は全員、コンクリート壁に叩きつけられた水風船のように即死したが、彼らはまだ幸せだったかもしれない。他の乗組員や船室に控えていた民間人のように、空気を失った艦内で緩慢な死を迎えずに済んだのだから。

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