10. 戦艦チュラタム強襲(前編)
大気の干渉がない宇宙空間では、光は驚くほど遠くまで届く。数十キロ先の進路上、デブリ帯の向こう側で突如として発生したビームと爆発の閃光は、グリソム艦載機隊のセンサーにも捉えられていた。
「なんだ、今のは!?」
「戦闘か!?」
「先行部隊全機、シグナルロスト!」
瞬時に、張り詰めた緊張感が場を支配する。
オーヴィルはすぐさま、背部マウントからスマートPDWを取り出すと、排莢口に1発の特殊弾を押し込んだ。弾頭にカメラや各種センサーを内蔵しており、使い捨ての偵察ドローンとして使用することができる。
「シヴ9、観測弾発射!」
漆黒の宇宙に青白い光跡を残しながら、観測弾頭は疾る。推力偏向式の小型スラスターで何度も軌道を変更し、視界を阻むデブリ帯の隙間を縫うように。
エンフォーサーのメインモニタには、弾頭からのカメラフィードが大きく映し出されている。そして濃密なデブリ帯を抜けたとき、オーヴィルの眼前についに「それ」が姿を現したのである。
「──戦艦だ! 隊長、所属不明の戦艦1隻を確認!」
観測弾の低画質カメラでは詳細は掴めないが、この艦影はどう見ても友軍の艦だ。僚機に映像を共有し、殿を務めるサミュエルに報告する。
「戦艦だって? 本当か、艦級を照合しろ!」
オーヴィルは手元のコンソールからコマンドを入力し、機体に艦の識別を命じる。艦のシルエット、ジェネレータから漏れる余剰エネルギーのパターン、航行記録との照会などにより、コンピュータが自動で艦級を識別する。
「──艦級照合完了。隊長、あれは我が軍の戦艦……チュラタム級1番艦『チュラタム』です。36時間前に定期連絡を行った後、行方不明と報告されています」
オーヴィルが報告し終わると同時に、役目を終えた観測弾頭は艦の側面に衝突して弾けた。そしてサミュエルの駆る砲戦用HF「デヴァステイター」は頭部遮光バイザーを下ろし、主砲のチャージを開始しようとしている。
「了解。機械を乗っ取る特殊能力を持ったヴァールか、あるいは火事場泥棒の宙賊に奪われたか……理由はともあれ、我々に砲を向けた以上、あの艦は我々の敵だ。脅威は排除せねば」
ヘビー・フュージョン・ブラスターのバレルジャケットに液体窒素が注入され、砲身から白い煙が立ち上り始める。
「シヴ1より全機へ! 各機、前方のデブリ帯を突破して敵艦に接近せよ。ヘビー・フュージョン・ブラスターのチャージが完了するまで、奴の注意を引きつけてくれ」
チャージとともに放たれる激しい電磁波と放射線に遮られ、サミュエルの通信はノイズにまみれていた。
「砲撃の予測射線データを送信する。射線上には近づくなよ、味方の背中を撃ちたくはないからな」
「バリソン1、了解。対艦戦闘用意!」
「タントー1、了解。タントー隊全機、前進!」
先を行くHF達は蜘蛛の子を散らすように散開し、大きく迂回しながら敵艦を包囲するルートを取る。
「シヴ3、シヴ9、お前達も先に行け」
「「了解!」」
オーヴィルの高機動HF「エンフォーサー」と、リジーナの白兵戦用重HF「チェルノボーグ」。サミュエル機を先導していた2機はエンジン出力を上げて加速し、他機とともに敵艦を追い詰めにかかった。
「──来やがった、歓迎の花火だ! 食われるんじゃねえぞ!」
先陣を切っていたリジーナ目掛けて、パルスレーザーの弾幕が殺到する。艦全体にごってりと盛り付けられた無人防空銃座による攻撃だ。後続の機体も弾雨の中に次々と突入していくが、それは決して彼らが人並み外れて勇敢だからではない──宇宙空間を飛んでいる限り、慣性には逆らえないのだ。例え機体の行く先に確実な死が見えていたとしても。
「クソッ、こんな中に突っ込むのかよ!?」
編隊内の誰かが震える声で叫ぶ。だがここで恐怖に負けて減速すれば、その分他の僚機から孤立してしまう。そうなれば待っている末路は一つ──狙い撃ちだ。
同じように蛍光色の弾幕に突入したオーヴィルは、乗機エンフォーサーの機動性を活かして警戒射撃を掻い潜り、ある時は複雑な回避マニューバで、またある時は浮遊しているデブリを盾にして攻撃を凌いだ。だがこのままでは、生きて敵艦に辿り着ける機体は全体の4割にも満たないだろう。
「……あれは!」
その時、オーヴィルはデブリに混じって浮遊している弾薬輸送艦の残骸を発見した。うまく利用すれば、敵の注意を引きつけられる。
オーヴィルは自分を狙った射撃が収まる一瞬の隙を突いて、スマートPDWの銃口にライフルグレネードを装填。遥か遠くの輸送艦、その舷側に空いた大穴を目掛けてサーマイト焼夷弾を放った。
コンピュータの補助を受けた射撃は、まるでプロゴルファーの放ったショットのように輸送艦の被弾孔へと吸い込まれてゆく。そして艦内に到達したサーマイト弾は、大量の弾薬やロケット燃料が残る貨物室に火を放ったのである。
「……なんだ、あの光は!?」
「対空砲火が逸れていくぞ!」
燃える液体燃料、閃光とともに次々と爆ぜるエネルギー弾薬、煙の航跡を残して明後日の方向に飛び出すミサイル。まるで花火大会のような光が戦場を賑やかに照らす。それを察知した敵艦の火器管制システムは、突如として現れた光源をHF編隊よりも大きな脅威であると誤認し、対空火器の大半をそちらに指向させたのだ。実際には、真っ二つに折れた船の残骸が燃えているだけにも関わらず。
「よし、今のうちだ! 全速前進!!」
次々と加速するHF。オーヴィルもその後に続き、敵艦目掛けて突撃する。
「……ふふっ」
エネルギー兵器が織り成す極彩色の弾幕。未だ燃え続ける母星地表の炎に照らされ、遠方に敵艦のシルエットが浮かび上がる。終末規模の戦争の最中だというのに、オーヴィルは目の前の光景を、美しい、と感じていた。
「何がおかしい?」
訝しむリジーナの通信に、オーヴィルは笑顔で返答する。
「こんな時に言うのもなんだけどさ……楽しいな、って」
「楽しい?」
マイクロミサイルの弾幕が、オーヴィル達の編隊目掛けて殺到する。オーヴィルはスマートPDWの誘導弾頭でその全てを易々と迎撃しながら、なおも続けた。
「生まれてこのかた、自分で何かしようって思ったことも、自分の手で何か出来るって考えたことも無くてさ……やる事は全部家のため、財界人の親の操り人形だったんだよ。俺もエメットも」
編隊側面、デブリの陰からレーダー反応。即座に射撃し、奇襲を狙っていた艦載ドローンを叩き落とす。
「軍隊に入ったのも親の言いなりだった。でも戦場にいる間は違う──操縦桿を握っている時だけは、自分が自分でいられる気がするんだ。HFに乗って前線に出て……ここ数日で、初めて自分の意思で誰かの役に立てた気がした」
オーヴィルの独白に、リジーナはただ一言、
「あたしが宙賊やってた時に、あんたみたいなのが仲間に欲しかったよ」
とだけ答え、機体をさらに加速させた。
チェルノボーグの強固な装甲はパルスレーザーの射撃を物ともせず跳ね返し、敵艦を射程圏内に捉えるべく突き進む。オーヴィルのエンフォーサーもそれに続き、複雑な回避機動を取りつつ敵艦へと接近した。