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9. ワイルド・カード

「航空管制も何もあったもんじゃないな……まあいい。シヴ9、合流します」

「シヴ1了解、合流後は現在の進路を維持してくれ」

 オーヴィルの駆るエンフォーサーはシヴ隊の僚機と編隊を組み、宇宙艦隊の舷側を擦り抜けつつ加速する。眼下に見える艦は所属も艦級も統一されておらず、またそのどれもが決して浅くない傷を負ったまま飛んでいる。だが、びっしりと並んだビーム砲塔や対空銃座にはいずれも火が入り、いつ何が襲って来ようとも迎撃可能な体勢を取っていた。

 自分達も含めて、ここにいるのはヴァールによる総攻撃を生き延びた強運と腕の持ち主だ。艦の砲塔一つ一つ、機動するHFの一挙手一投足。先の戦闘で深刻な被害を受けてなお機敏な動きに、その練度の程が見て取れる。指揮系統は既にズタズタで、損傷した機体の整備もままならない状況だが、その分はパイロットの腕で取り戻すのだ。

「グリソム飛行管制より各機へ。良いニュースと悪いニュースがある」

 HUDの隅に「VOICE ONLY」のアイコンが表示される。顔は見えないが、明らかに怒気を孕んだ声色だった。

「まずは良いニュースから。先程の火災は無事に消し止められた。ハンガーは損傷したが、居住区画は無事だ。乗員や民間人への被害もない」

「それは良かった。じゃあ悪いニュースは?」

 聞き返すオーヴィル。すると管制官は油圧プレス機のような圧力とともに、低い声でこう言い放った。

「──今回の件は、然るべきルートで報告させてもらう。営倉送りを楽しみに待っていてくれ」

「はいはい。この戦闘が終わって、お互い生き残ってればね」

 心底面倒そうな表情で応答したのはリジーナだ。一方的に通信を打ち切ると、メインモニタの隅に表示されていた「VOICE ONLY」のアイコンがぷつりと消える。


「──さて、シヴ1よりシヴ隊全機へ。やることは分かってるな?」

 サミュエルが問いかける。オーヴィルとリジーナはただ一言、了解(アファーマティブ)とだけ返答する。

 軌道情報や僚機の位置関係が表示されているサブモニタを睨みながら、オーヴィルは出撃直前のブリーフィングを思い出していた。現在、我が軍の艦隊は惑星プロスペリウスIの軌道を外れ、最も近い植民惑星であるプロスペリウスII──軌道を共有する二重惑星の片割れだ──への遷移軌道上にある。壊滅的な打撃を受けたプロスペリウスIと違い、あちらにはまだ都市機能が残っており、救出した難民を保護する準備があるとのことだ。

 しかし、近傍の宙域からヴァールが駆逐されたわけではない。安全圏にたどり着くには、敵の潜伏が予想される危険なデブリ帯を突破する必要がある。艦隊に残存するHF部隊には、艦隊の進路を先行して偵察、脅威が確認された場合には民間人に危険が及ぶ前に排除するという任務が与えられた。

 オーヴィルはプラスチックの匂いがする空気を大きく吸い込んで深呼吸し、つとめて冷静さを保とうと努力していた。宇宙艦隊との共同作戦でありながら、艦隊からの支援はまず期待できない危険な任務だ。するとその時、コクピット内の静寂をリジーナからの通信が打ち破った。

「シヴ3より全機へ。今日の任務には特別ゲストをお呼びしてるぞ。あの伝説のスーパーエース、『ワイルド・カード』ことオーヴィル・ドロッセルマイヤー少尉が参加している」

 その一言に、共同回線上にどよめきが広がる。だが、一番驚いたのはオーヴィル自身だ。予想だにしないタイミングで名前を出され、飲もうとしていた合成グレープジュースのパウチを思わず握り潰してしまった。

「うわっぷ!?」

 紫色の液体が無数の玉になり、コクピット内を浮遊する。

「さ、エース殿? なんか一言頼むよ」

 そう言われると思っていた。オーヴィルは漂う液滴を口元にかき集めてすすり込み、それから襟を正してマイクの通話をオンにした。

 演説を打つような柄ではないし、皆が思っているほどの大人物でもない。それでもオーヴィルは、伝説の「ワイルド・カード」の仮面を被ったままでいることを選んだ。出撃前にリジーナが言っていたことを思い出したからだ。

 自分が「エース」でいることで、皆に希望が生まれる。例え自分自身が嘘の塊であったとしても、人々が抱く希望は本物だ。それならば、最後の最後まで嘘をつき通してやろうじゃないか。


 オーヴィルはスロートマイクを喉にしっかりと押し当て、軽く深呼吸した後通信を開く。

「あー、シヴ3──いや、『ワイルド・カード』より各機へ!」

 オープン回線での通信は、範囲内の味方全軍に届く。こんなに大勢の前で、嘘とハッタリの大演説をすることになるとは。

「いま、この星系は滅亡の淵にある。ここにいる誰もが皆、故郷を失い、大切な人を奪われた」

 可能な限り威厳のある声色を作り、伝説の英雄の顔を演じる。所属艦隊の総員が聞き耳を立てている。

「これまでの作戦で命を落とした戦友は数知れず、生き残った者は一握りだ」

 数千人、数万人が自分の話をただじっと聞いている。そう思うと心臓が破裂しそうだ。だがオーヴィルはそれを気取られないよう、繕った仮面の下に不安と焦燥を押し込める。

「生き残った俺たちには、やらねばならないことがある! この艦隊を1隻でも多く安全圏に送り届け、人類の命を未来に繋ぐことだ」

 いつしか、HF編隊は所属艦隊を遠く離れ、無と静寂の宇宙空間に飛び出していた。一行の向かう先には希望の光──植民惑星プロスペリウスIIが輝いている。

「世界が炎の下に焼け落ちても、俺たちは不死鳥のように蘇る! この星系はいまヴァールという病に冒されているが、俺たちの操るヒロイック・フレームこそが特効薬となるだろう」

 オーヴィルはコクピット内に備えられた通話用カメラ越しに、部隊全員の瞳をじっと見据えた。

「全自動工廠の炉で鍛えられた強化プラスチールの鎧と、エネルギー工学の粋を集めたビーム武装……俺たちのヒロイック・フレームは間違いなく、人類史上最高の戦闘兵器だ。このマシンがあれば、きっと生きて辿り着ける」

 オーヴィルが演説している間、共同回線は水を打ったように静まり返っていた。誰もが、オーヴィルの訓話に耳を傾けている。

 そうだ。俺は伝説級のエースだ。皆がそう望むから。張り子の虎でも構わない。俺は人類最後の希望になるんだ。

 オーヴィルは自分自身までも騙しきる覚悟を決めた。そして虚勢で固めた鋭い眼光でカメラを睨み、一世一代の大演説をこう締めくくったのだった。

「今日は俺一人だけじゃない──ここにいる誰もが英雄(ヒーロー)になる記念すべき日だ。機体の性能と、日頃の訓練を信じろ! そして今日こそ人類の誇りを、ケダモノどもに叩きつけてやれ! 以上だ」



「すげぇな、『ワイルド・カード』だって? あんなにホネのある奴がウチの軍にまだいたなんて」

 グリソム艦載機編隊より遥か前方。オーヴィル達に先立って発艦を完了した、護衛空母「ケープ・カナベラル」および「タネガシマ」の艦載HF12機は、艦隊の予測進路上に広がるデブリ帯へと突入していた。

「ダガー6、私語を慎め。索敵に集中しろ」

「はいはい。ダガー6、了解(コピー)

 先の戦闘で引き裂かれたHFの残骸、航行不能となり放棄された艦船、ヴァールの組織片などの隙間を縫うように、鋼の巨兵達は行く。すると一行のレーダーは前方に突如、巨大な構造物の反応を探知した。

「こちらカランビット15、12時方向に艦影を確認。艦級照合……完了。チュラタム級戦艦です」

「チュラタム? その艦級は先の戦闘で全て喪失したと聞いているが……」

「残骸がここまで流れてきたんじゃないか?」

 自分達の所属艦隊以外もこの周辺で作戦行動を続けているはずだが、この軌道上に別の艦隊がいるとは知らされていない。小艦艇ならまだしも、戦艦が通るとなれば事前に連絡の一つくらいあるはずだ。


 濃密なデブリの海を抜けると、ついに「それ」は一行の眼前に現れた。オリーブグリーンに塗装された巨大な艦体にプラズマキャノン砲台、対空レーザー銃座、光子魚雷発射管などの武装を所狭しと纏った、移動要塞じみた威容。しかし、小惑星の衝突にも耐えるはずの複合装甲板には無数の大穴が穿たれ、そこから覗く艦内構造物はどす黒く焼けただれていた。

「ほらな? やっぱり廃艦だ」

「こりゃ酷いな、この艦だけで何人死んだんだ」

 編隊は艦の腹下をすり抜けて先を急ごうと、その針路をわずかに修正しながら巨大な残骸に近付く。だがその中に1機、先へ進むことを躊躇う機体があった。

「……カランビット15、どうした? 編隊を離れるな」

「カランビット15よりカランビット1へ──その、さっきレーダー上ではこいつ……動いてたんですよ。まるで生きているみたいに」

「バカ言え、見るからに残骸だ。ほら、行くぞ」

 隊長機が躊躇う部下のマニピュレータを掴み、先に進もうとした──まさにその時であった。

「なっ……!? 廃艦が動いてる!!」

 ヴァールとの戦闘で引き裂かれ、焼け落ちた船体。どう見ても、クルーが生き残っているはずがない。だが現に、甲板に並んだビーム砲塔はHF編隊に向けてゆっくりと旋回し始めている。砲塔リングから火花を散らし、軋む船体からは破片を撒き散らしながら。

「クソッ、一体どうなって──」

 言い切る前に、先頭を進んでいた3機のHFが爆ぜた。収束レーザー砲塔から放たれた光線が編隊をなぎ払ったのだ。

「撃ってきたぞ! 散開(ブレイク)! 回避マニューバ……」

 後続のHF編隊は回避機動を取ろうとするが、間に合わないことは明らかだった。無人のはずの武装群はまるで吸い寄せられるように編隊の各機を照準しており、今更小手先のマニューバでどうにかなる状況ではない。

「……ハハッ、冗談キツいぜ」

 パイロットの誰かが乾いた笑い声を上げる。暴風雨のように降り注ぐ弾幕。ある者はプラズマキャノンの直撃を受けて熔融した金属の塊となり、またある者はパルスレーザー機銃の弾雨の中で爆発四散した。編隊が艦の存在を探知してから、わずか6分半の殺戮劇。12機編成のHF部隊は一発の反撃も行う間も無く宇宙の塵と化したのだった。

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