8. 出撃命令
空母グリソム艦内、HF格納ハンガー。出航時に満載されていた艦載機も今となっては大部分が失われ、空いたスペースには雑多な物資や損傷したHFの部品が積み上げられている。
「タントー隊、全機発艦を確認。バリソン6、カタパルトに進み待機せよ」
型式も装備もまちまちのHF数機が、1基しかない発艦用カタパルトに向かって列を成している。これが、この空母に残されたHF戦力の全てだ。愛機「エンフォーサー」のコクピットに座すオーヴィルは、先の戦闘で損傷した右腕を出撃直前まで修理していた整備兵が手を振るのを横目に、発艦待機列に向かって巨兵の歩を進めた。
「バリソン6、発艦を許可する」
「了解。バリソン6、発艦する」
1列に並んだHF達の肩越しに、「バリソン6」のコールサインで呼ばれたガーディアンIIの後ろ姿が見えた。カタパルト床面に設けられたラッチにフットパーツを固定し、発艦姿勢でエンジンの出力を上げている。だが背部のノズルが一瞬咳き込んだかと思うと次の瞬間、液体燃料を満載したバックパックが勢いよく破裂。機体はまばゆい炎と煙に包まれながら、カタパルト上で力なく倒れ伏した。
「バリソン6、ロスト! 発艦中止、消火急げ!」
管制の声色も憔悴している。もしこのハンガーが真空状態でなければ、後続の機体も衝撃波で吹き飛ばされていただろう。
「整備不良だな……もう交換部品も満足に残っていないのか」
モニタの片隅に、そう言って嘆くサミュエルの苦々しい顔が表示された。
「発艦中止って、あたしらはどうすりゃいいんだい? 後がつかえてんだ!」
その隣のウィンドウで、苛立ちを隠さない表情で管制官を怒鳴りつけるのはリジーナだ。
「全機、事故機の回収と被害状況の確認が完了するまで待機せよ」
抑揚のない声色でマニュアル通りの返答しかしない管制官に舌打ちするリジーナ。後続のオーヴィルはこの時間が早く過ぎ去ってくれることを願いながら操縦桿を握りしめ、カタパルト上で消火剤を浴びせられているバリソン6を見つめていた。
この艦の前方には、先に発艦した「タントー隊」、ならびに他の空母所属のHF部隊が先行している。オーヴィル達も合流して共同で作戦に臨む予定になっているが、発艦が遅れればその分戦力が分断されてしまうことになる。そしてどこに敵が潜んでいるか分からないこの宙域では、編隊から孤立することは死に直結しかねないのだ。
するとその時、消火活動が続けられていたカタパルトの床面が吹き飛び、フロアパネルの継ぎ目から炎が勢い良く吹き出した。防火服に身を包んだデッキクルー達が吹き飛ばされ、壁や天井に叩きつけられる。
「燃料庫に火が回ったぞ!」
たちまち、壁面や天井のノズルから消火剤の泡が噴射され、ハンガーの床面を豪雪のように埋め尽くしていく。
「こんなところで待機なんて……!」
頭部バイザーのワイパーで泡を拭いながら、オーヴィルは舌打ちする。機体は既に、膝まで泡に埋もれていた。
「……仕方ねぇ、お前ら全員飛べ! カタパルトなんか無くたって、多めに吹かせばイケんだろ!」
カタパルト無しでの発艦は、燃料消費量の面で推奨されないが、今はそんなことに構っている余裕はない。リジーナの駆る重HF「チェルノボーグ」はエンジン出力を全開にし、消火剤と金属片をブラストで吹き散らしながら勢いよく漆黒の宇宙空間に飛び出した。
「待て! シヴ3、貴機の発艦は許可されていない!」
管制官が押しとどめようとするが、リジーナは聞く耳を持たず、仄白い光の航跡を残して闇へと消えていく。他の機体もそれを見て一斉に、まるで暴発した打ち上げ花火のように無秩序な軌道を描いて母艦を後にした。
「えっ!? ちょ、うわぁッ!」
オーヴィルの機体も後続機に弾き飛ばされる形でハンガーを飛び出す。慌てて姿勢制御をオンにし機体を安定させ、そして背後を振り返る。母艦は既に遥か後ろにあり、口を開けた発艦ハンガーに残っている機体の姿はなかった。