少シ変エル。
初めて書いた小説です。駄文ですがお楽しみ頂けたら幸いです。
寝ぼけた頭で鏡に写った自分の顔を眺める。ふと小さな寝癖があることに気づいた。
――少シ変ワレ。
寝癖が無くなった自分の頭を見て満足して頷き、学校に行く支度をする。母さんに「いってきます。」と声をかけて家を出て、いつもの道を歩き、いつもの小さな公園の横を通り、いつもの駅に着く。
ホームに降りる階段を下っていると電車の発車を知らせるメロディーがなる。僕は階段をかけ降りながら心の中で唱える。
――少シ変ワレ。
しかし、僕のこのちょっとした努力は報われず、僕がホームに辿り着いた時には電車のドアは閉まっていた。自分の胸に手を当ててちょっぴり上がった心拍数を感じながら、僕が持つ本当に小さな小さな能力に対してもう何回目かもわからない、「使えないなぁ…。」という小さな文句をこぼした。
僕は生まれつきある能力を持っていた。それは心のなかで、「少シ変ワレ。」と願えば世界を自分の思った方向に変えることができる能力だ。これだげ見ればとてつもない力のように感じるが、その効果がとても小さいことがこの能力の使いにくいところだ。寝癖が無くなれと願えば少しだけ寝癖のない方向に変わり、電車の発車を遅らしたいと願えば少しだけ電車の発車が遅くなる方向に世界が変わる。もし戦争が無くなるように願っても使われる銃弾が一発減るとかそのくらいの効果しかないだろう。しかも出来ないことが二つほどある。一つは能力の重ねがけ。昔同じスプーンを何度も曲げようとしてみたが、最初の一回しか曲がらなかった。もう一つは人の心を変えること。効果が小さすぎて気づけていないだけかもしれないけど。まあ、そんなちんけな能力である。
『まもなく電車が参ります。黄色い線の…』
適当に携帯をいじって時間を潰していたら電車が来たようだ。僕は電車に乗り込む。車内を見回すと同じ高校の友人、関口海人を見つけ、僕は声をかける。
「おはよう、海人。」
「おう雅治じゃねーか。この時間の電車で会うのは珍しいな。」
「昨日やっとテスト期間が終わったからね、久々にしっかり寝た気がするよ。」
「あーお前朝早く来て教室で勉強してたんだっけ?今日帰ってくる数学のテストの点数はさぞかし良いんだろうな。」
「どうだろ?まあ、一応高校に入って初めてのテストだったからね、結構頑張ったよ。そういう海人は?」
「俺?俺はダメに決まってんだろ!ハハハ!」
そう言って豪快に笑う友人に苦笑しながら電車に揺られる。その後も二人でバカな話をしながら学校の最寄りの駅で降りる。
改札を出たところで海人が突然大声で一人の女子に声を掛ける。
「お、浅見じゃねーか、おはよう!」
彼女、浅見さんは突然大きな声で呼ばれてびっくりとしながら、
「あっ、お、おはよう関口君。それに相川君も。」
と少し元気のない声で挨拶を返してくれる。僕は少し彼女の様子に疑問を覚えながら
「うん、おはよう浅見さん。」
と挨拶を返す。緊張したがなんとか噛まずに言えた。
浅見さんと僕は同じ中学校出身だ。彼女に初めて会ったのは中学一年生の時だ。入学して最初の隣の席が彼女だった。たまに会話するくらいだったけれど、それが僕にとってとても楽しい時間だった。しかし、当時の僕は相当気持ち悪かったと思う。彼女を見るたび、毎回「少シ変ワレ。」と効きもしない能力を使っていたんだから。今は流石にそんなことをするのは止めたが気持ちは変わらない。彼女が僕と同じ高校に進学すると知ったときは大喜びしたものだ。
僕と浅見さんと海人の三人は同じクラスだ。教室に着いてそれぞれの席に着く。と言っても海人は隣の席だが。朝のショートホームルームの開始を告げるチャイムを聞きながらさっきまでのことを思い出す。今朝はいきなり浅見さんと沢山話せた。でもなんとなくだけど浅見さんがいつもより元気がないように感じたなーと考えていると、担任の先生が教室に入ってきて朝の挨拶をした。
一時間目から三時間目の授業が終わり、四時間目の授業が始まる。教科は数学。テストが返ってくる。僕は72点とまずまずな点を取り一安心してると隣の席の海人に肩を捕まれて揺らされる。
「雅治やべえ赤点だどうしよう!」
「知らないよ。ちゃんと勉強しなかった海人が、悪い。。」
この学校では30点未満は赤点である。海人の点数は29点。御愁傷様だ。しかし隣でずっと騒がれてて鬱陶しい。
「あと一点だぞ!あと一点!ちくしょう!」
「………」
――少シ変ワレ。
「うおーあぶねぇー!見ろよ雅治!30点だ!30点!ギリギリ赤点回避できたぞ!」
「はいはい、良かったね。」
鬱陶しいのは変わらなかった。しかし、そんな海人を見て久々に自分の能力が(良いことなのかはわからないけど)人の役に立ったと思った。もしかして今日は能力の調子が少し良いのかもしれない。電車の時は駄目だったけれど正直今朝の寝癖は完全には直ると思ってなかったし。そんな下らないことを考えていたら授業はおわっていた。
昼休み、僕が弁当を取り出しながら今日はどこで食べるかと考えていると、
「浅見のとこで食おうぜ」
海人が突然そんなことを言ってくる。
「え、いきなりなに言ってるんだよ。」
思わず少しきつめに受け答えると海人はにやけた顔で僕の耳元に近づき、
「お前浅見のこと好きだろ。」
と小さな声でささやく。おもわず動揺してアワアワしていると、「まあ、任せとけ」と言いながら僕を引っ張って浅見さんの席まで向かった。
「浅見さんや一緒にお昼どうかね。」
「え、急にどうしたの関口くん。」
「まあいいじゃないか。俺と雅治と浅見、今朝も仲良く登校した仲じゃないか。あと俺の赤点回避祝いという事で。」
僕の目の前で海人がよく分からない理論を使って浅見さんと一緒にお昼を食べることになった。三人で机をくっつける。海人が僕と浅見さんが向き合うように席を配置した。あまりの展開に僕が軽く混乱しているとまたしても海人が、
「あ、やべぇ俺元中の奴と飯食う約束してたんだった。悪いけど二人で食べてて!」
「あ、おい海人!」
あいつなりのサポートのつもりなんだろうが、ちょっと無理やり過ぎないか?
「なんか急にごめんね浅見さん。」
「ううん、別に平気だよ。でもなんかすごい懐かしいね。」
「え、なにが?」
「こうやって藤田君と向き合ってお昼食べるの。ほら、中学校までは給食の時間はこうやって隣の席の人と向かい合わせになってたべてたじゃん。確か中1の最初、隣の席だったよね?」
どうやら彼女も席が隣同士だったことを覚えていてくれたらしい。そこからしばらく中学校時代の話で盛り上がった。
楽しそうに話してくれている彼女をみてふと今朝の元気のない感じだった彼女を思い出した。
「そういえば朝の浅見さん少し元気がないように見えたけど何かあったの?」
すでにテストが返ってくるのが憂鬱だったのかな位に考えていた僕は軽い気持ちで聞く。しかし、さっきまで笑顔で話していた浅見さんの顔が曇ったのをみて咄嗟にあやまる。
「ご、ごめん。なんか話しにくいこと聞いちゃった?」
「ううんごめんね、大丈夫…。私ねワットっていう名前の犬を飼っているんだけど、だいぶおじいちゃん犬で昨日から立てない位に弱っちゃって。獣医さんの所に行ったら今日の正午過ぎにはもうって言われちゃってさ…。今日の朝学校に行ったらもうワットには会えないかもって。」
暗い顔で俯いてしまった彼女をみて僕は、
「大丈夫だよ!学校が終わったらワットにまた会えるよ!」
そんな薄っぺらい励ましの言葉しか言えなかった。
――少シ変ワレ。
――少シ変ワレ。
――少シ変ワレ。
――少シ変ワレ。
――少シ変ワレ。
午後の授業には集中できなかった。浅見さんとワットがもう一度会えるようにずっと願っていた。
帰りのホームルームが終わった。掃除当番であった僕は教室の床を掃きながら大急ぎで教室を出ていった浅見さんの後ろ姿を思いだす。
――少シ変ワレ。
――少シ変ワレ。
もう何度目かもわからない願いを心のなかで願う。学校の最寄りの駅の改札を通ったくらいでもう浅見さんが家についているはずと気付き、やめた。
電車を降りて駅から家までの道を歩く。夕日でオレンジ色に染まった小さな公園に、ブランコに乗って揺れる浅見さんに気づいた。
「浅見さん。」
「…藤田君。」
僕は何をいうでもなく彼女の横のブランコに座る。
「…」
「…」
「…間に合わなかったよ。」
その言葉を聞いてやっぱり自分の能力は役に立たないものだと再認識した。本当に叶って欲しくて強く強く願ったんだけどね。やっぱりこんな少シ変エルくらいの力じゃなにも変わらないのと一緒だね。
「…でもね」
「…ぇ」
「でもね、ワット最後の最後でリビングから玄関まで自力で動いてくれたらしいんだ。もう朝の時点で一歩も動けなかったはずなのに。お母さんがね、神様がワットに私に会うための奇跡を起こしてくれたっていってたんだよ。これどう思う藤田君?」
…それは、
「そうかもね。浅見さんとワットの願いを神様が少しだけど叶えてくれたんだね。」
彼女は涙に濡れていた顔をてで拭うと立ち上がり、
「今日は色々なお話をしてくれてありがとね、また明日学校で!」
ちょっぴり無理をしたとびきり笑顔を見せてくれた。
寝ぼけた頭で鏡に写った自分の顔を眺める。ふと小さな寝癖があることに気づいた。ちょっと迷ってから手を軽く水で濡らし、手で寝癖を直した。学校に行く支度をして家を出る。いつもの道を歩きいつもの小さな公園に着く。
「おはよう藤田君。」
「おはよう浅見さん。ごめん待たせたかな?」
「ううん、大丈夫。いこ!」
僕の日常は少しずつ変わっていく。
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