幼女な僕と少女の命
「なにを…しているのですか…?」
僕は震える声で剣を構えている男に話かけた。
人が人を殺そうとしている場面に立ち会い足がすくみそうになる。
男は答えない。少女はお腹から血を溢れさせ、母親が必死に血を止めようと手で押さえていた。
僕は足がすくまないよう全身に力をいれ、さっきよりも大きく声をあげた。
「なにをしているのかと聞いているのです!何故治療を!」
「無理なんだっ!!」
僕の声を遮るように、男は僕以上に大きな声を上げた。
その叫びに驚きつつも、男の様子を伺う。剣が震えている、きっと男もそうしたい訳ではなさそうだ。
「獣にやられた傷が内臓にまで達しているんだ!!もう…助からない、なら楽にしてやるしかないじゃないか!!」
男は泣きそうな声を必死に押さえながら再び剣を振り上げる。
「治せますっ!!」
剣を振らせない為に出た咄嗟の言葉に、男は振り下ろすのを止めた。
「そんなの…出来るわけ」
「出来ます!!私の魔道具なら!!」
先程とは逆に、男よりも大きな声で叫ぶ。確証はない。実際に治療なんてしたことないが、きっと出来る筈だ。
僕は化粧ポーチに魔力を流し、ある魔道具を取り出す。
異世界に転移する為には何が必要かずっと考えて、色々と試してきた事がある。
魔方陣に使う属性記号には『空』という記号がある。これは大空を表す記号ではなく、空間を表す記号。この『空』という属性と他の属性を組み合わせれば時空を繋ぐ事も可能だと考えた。
色々と組み合わせた結果、二つの魔道具ができた。
その二つのうちの一つが手に持っていた化粧ポーチ。
『空』と『時』を組み合わせて、時の止まった広い空間を化粧ポーチの中に作った。
つまり、収納ボックスが出来たのだ。
その中に僕が今まで作りあげてきた魔道具を収納していた。
そして、その化粧ポーチから取り出したのが今から治療に使おうとしている魔道具。
『空』と『光』、それと『闇』を合わせた魔道具。
本来なら、治療に使う予定の物では無かったが、今回の場合は役に立つ筈だ。
僕はその魔道具を手に少女の元へと近づいていく。
「アイリス、何をしようとしているんだ。止めなさい」
僕の後ろから追い付いたお父様から声を掛けられるが、僕は進む事を止めなかった。
「お父様、私はやると決めました」
周りにいた人々も「無理」だ「出来る訳がない」と口々にしている。
おそらく、僕が今からしようとしている事は王都の医者でも出来ないだろう。
平和なこの世界、病気もケガもほとんどなくなった今では医療、特に外科手術など皆無なのだ。
だけど、やると決めたのだ。
やると決めたからには決して諦めない。
それは、大切な人との約束だから。