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紫苑色の宝物 2


 二十畳以上ありそうな広さのキッチンを、リビング・ダイニング・キッチンと呼んでいいのか悩んでいると、先に部屋に入ったリヒトが「広い食堂だよね」と感想を述べる。

 なので、キッチンと言わず私も「食堂」と言う事にしたが、この部屋を作った当初私は何を考えていたのかと思い出しつつ、カウンターテーブルに備え付けられた椅子に腰を下ろした。


 クルリと見渡せば、統一感のある色の調度品が目に入った。

 落ち着いたブラウンの三人掛けソファーと二人掛けソファーが壁側に置かれ、ガラスのローテーブルの上には枯れない黄色とオレンジの花が生けられている。

 低い書棚には料理の本などが並べられており、宝石のように輝く多面カットされたガラスの置物も幾つかあった。

 カウンターの奥はキッチンで、食器棚の他に冷蔵庫にシンク、ガラス窓の棚があり、足元には木箱が二つと、近未来の端末らしきものが置かれている。

 家具の配置は料理店のようだが、その端末が異彩を放っていた。


「えーっと…………見覚えがあるんですが……」

 記憶が正しければ、あの端末はアイテムを入れる倉庫に繋がっていたはずだ。

 そして、ショップの検索も出来たはずだが……

「そう言えばここにもあったね、倉庫」

「食堂に置くものだっけ?」

「マイホームに設置できるのは三つまでだから、みんなが入れるところに置いてくれたんだよ、エマちゃんは」

 ね、と同意を求められ思わず頷く。利便性を考えて設置したわけではない、とは今更言いにくく口を噤む。

「まぁ、ここならみんな来るしね」

 納得したようにリヒトが言えば、「食堂は入りやすいし」とテネーブルがカウンターの奥へと進み端末に触れた。

「食品アイテムって結構余ってたよね?」

「山ほどあったと思うけど」

 空中で両手を動かし、何かを操作しているらしいテネーブルにリヒトが返す。

 最後に部屋に入って来たフィラフトが、食堂の中でも一番日当たりのいい場所に向かい、前足で床をトンと蹴った。すると、波紋のように広がった模様の中からモコモコしたマットのようなものが現れ、その上に乗って腰を下ろす。

「フィラフトさんも何か食べる?」

 見えない何かに触れていたテネーブルが顔を向けて尋ねるも、フィラフトは首を左右に振った。

「わたくしに しょくじは ふよう ですので」

 気遣わなくてもいい、と残して丸くなり目を閉じる。日差しが心地よいのか、心なしかフィラフトの表情が柔らかい。

 その返答に「はーい」と明るく返事をし、テネーブルがまた空中に手を動かす。

「それじゃ、パンプキンパイとパンプキンケーキと、パンプキンプリンとパンプキンスープ。どれがいい?」

「……カボチャばっかり」

「だって一番多いんだもん」

 苦笑いのリヒトに対し、振り返ったテネーブルが「しょうがない」と言いたげに肩を竦めた。

 「他にないの?」とリヒトも端末の前に向かったが、同じように空中を探るように手を動かしつつ濁音交じりの「あ」を呟く。

 その反応にさすがに在庫が気になり、

「どれぐらいあるの……?」

 と声をかければ、探すのを諦めたらしいリヒトが私の隣の席に腰を下ろし、なんとも言えない複雑な表情で遠くを見つめたまま

「毎日食べても減らない、山盛り……?」

「わ、わぁお……」

 思わず顔が引きつる。けれど、なんとなく記憶の中に在庫数が残っており、自分でもどうかしていると思う程品物が残っていても毎年買い足していたため、リヒトの山盛り発言になっているのだろうと想像出来た。

 なので、それ以上の発言は控える事にする。


 ”食品アイテム”

 季節イベントと同時に、NPCのショップで販売が開始される期間限定アイテムの中に、キャラクターに食べさせることが出来る、効果時間が決まっている品物がある。

 プレイヤー間では”食品”と呼ばれており、食べた後五分間継続的に回復するものや、体力や魔力値の最大値を10%上昇させるもの、全ステータスにプラス5されるものなど。

 効果は様々だが、購入に制限はないので大量に仕入れるプレイヤーは多い。

 かく言う私もその中の一人で、意味もなく最大値を入力して手に入れた結果が……

「エマちゃん、パンプキンシリーズ……全部カンストしてて、十個ある倉庫に999個ずつ入ってるよ」

「え」

「パンプキンプリンとか、パイとかが全部999個ずつ、各倉庫に入ってる……。他にも、桜餅とか月見団子とか、かき氷とかバレンタインチョコとか、ホワイトデーの飴も。全部……」

 さすがのテネーブルも表情を崩し、困惑気味だ。

 すかさずリヒトが「全部消費期限切れてたけどね」と軽く言えば、「そうなんだよね」と空中に触れるのをやめ、白い皿に乗ったパンプキンパイをカウンターテーブルの上に置いた。

「期限切れって、体力50と魔力値20回復だったよね?」

「うん。メインの効果が付かなくなるだけー」

 置かれたパイをリヒトがナイフで切る。小型のナイフをどこから取り出したのか疑問に思っていると、彼はコートの内ポケットを示すように”ここ”と、声に出さず唇だけを動かした。

 その仕草が妙に色っぽく心臓が跳ねたが、口元を掌で覆い隠し事なきを得た。危ない、もう少しで声が出て、彼の外見を誉めそやす所だった。

「均等かな? 一応、それなりに頑張ったんだけど」

「いいと思う」

 使ったナイフを白いハンカチで拭い、手際よくテネーブルが準備した小皿の上に乗せていく。

 綺麗な切り口だなと眺めていると、「こう言うのはワタシよりリヒトなんだよね」と付け加えつつパイが乗った皿を私の前に置いてくれた。

 リヒトの事を認めていると受け取れる発言に、僅かに胸の中が温かくなる。

「ありがとう……」

「ふふっ、どういたしまして!」

 フワリと花が咲いたような笑みに、慌てて唇を噛む。

 言いかけた言葉をゴクリと飲み込み、心の中で落ち着けと呪文のように繰り返す。仮想だった頃と違い、彼らは十代半ばから後半の生きた少年だ。突然容姿を褒めちぎられ、あまつさえ誇らしげにそれを語られたとしたら……


 なんだこいつと、黙らせようとするかもしれない。物理的に……

 そうでなくても気持ち悪がられるだろう。その事態だけは、悪感情を抱かれるのだけは避けなくては。


 僅かなまで様々な事を考えていると、コトリと目の前に何かが置かれた。見れば、湯気が出ているマグカップで、水の色は暗い。

「ちなみに、これも期限切れだから」

 眺めていると横から指摘が入り、やっぱりかと乾いた笑いが漏れた。

 記憶が正しければ、これはクリスマスシーズンに販売されていたような……

「コーヒーは魔力回復10だっけ?」

 思い出したようにテネーブルが言えば、リヒトが「うん」と短く言って頷く。


 リヒトの隣に腰かけたテネーブルが手を合わせ「いただきます」と言い、リヒトが続く。


 その言葉に、食べるために切り分けられ、皿の上に置き、コーヒーを並べた事を思い出し……ゴクリと息を飲む。

 私の感覚では、使用期限切れとはつまり、消費期限なのだが……


 チラリと横を伺い見れば、二人ともまずはコーヒーで喉を潤し、フォークを手にパイを小さく切って口に含む。

「前に比べると味が濃い?」

 咀嚼し、飲み込んだテネーブルがフォークを持ったまま小首を傾げた。彼の言葉にリヒトは頷き

「カボチャってこんな匂いなんだ」

 と続く。

 視線を戻せば、皿の上にはおいしそうなパイが鎮座しており、意を決してフォークで突いて口に入れる。甘い、カボチャ独特の風味が広がり、香りがした。

「…………嘘、美味しい……」

 驚き呟けば、双子がキョトンと目を丸くしてこちらを見る。

 そして、数度の瞬きの後互いに顔を見合わせ、「これっておいしいんだ……」と漏らす。

 その言葉に今度は私が目を瞠り、二人と自分の間に感覚の違いがあるような気がし、その後に飲んだコーヒーの味は覚えていない。


 食事をどうやって作るのか、食材をどうやって入手するのか。

 先の見えない状態で、倉庫の中の大半はお菓子だが、当分食べるのに困らないと言う事実だけが救いのように思えた。




***




 甘い昼食を頂いた後、冷めたコーヒーをカップの中で揺らしながら

「魂が身体に定着するのにどれぐらいかかるんだろう?」

 と言うリヒトの言葉に、食器を片付けていた手を止めてカウンターテーブルの方を振り返る。

 期間については言及されていない。ただ何となく、数日かなと考えていたが……

「……三日ぐらい?」

 リヒトの隣に座ったままのテネーブルが首を捻り、指を三本立てた。

「エマはどう? 腕、作り直してもらってからの違和感、ない?」

「違和感…………」

 胸の前に掌を広げ、握ってみる。特にこれと言って変な感じはしないが、傷がなく肌の質感が滑らかでなんだか見慣れない。職業柄、手を消毒する事が多かったせいもあり、カサついてささくれていたからかもしれないが……

「腕を取り換えた事がないから、よくわからない……です……」

「エマちゃんは部分的にだし、ワタシたちより早いとか?」

「えっと……フィラフトさんに、聞いてみるとか……した方がいいのかも」

 チラリと後ろを見れば、フカフカのマットの上で優雅に日向ぼっこをしているフィラフトの耳がピンと立った。

 どうやら、話しは聞こえているらしい。


 閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がり、隠されていたこげ茶の瞳が露になる。

「かんたんな ことでは ありません のよ」

 顔を擡げ、こちらを見据えて真面目な顔で言う。

「難しいって事?」

「ええ」

「…………じゃあ、十日ぐらい?」

「じかんが きまって いるわけでは ありませんの」

 ピシャリと言い切られ、リヒトが押し黙る。その隣で、テネーブルが不満そうに頬を膨らませた。

「じゃあ、どれぐらいー?」

「わかりませんのよ」

「えー……」

 漏れた声にフィラフトがゆっくりと立ち上がる。そして、目の前の床を左の前足で軽く蹴れば、前とは異なる色の光が模様を作り、それが私たちの足元まで広がった。

 模様が足にぶつかると光がガラスのように割れ、次いで眩暈が身体を襲う。

 グワングワンと視界が揺れ、その場に立っている事が出来ず慌ててカウンターテーブルに手を突く。

 身体を支えなくてはならない程に、揺れを感じた。けれど、それは足元が揺れているからではない。


――ガターンッ。


 浅く腰かけていた椅子が倒れ、リヒトが微かなうめき声と共にその場に蹲る。

 テネーブルもテーブルに突っ伏し、頭を押さえていた。

「なんだよ……これ……」

「待って……頭……変…………やだ……」

 荒い呼吸音と共に、苦悶に満ちた二人の声が零れる。

 双子は私より症状が酷いのか、その場からピクリとも動かない。

「やしきから でれば その じょうたいが つづきます のよ」

 淡々と述べ、もう一度フィラフトが床を蹴る。すると、再び光によって描かれた模様が足元まで届き、何事もなかったかのようにスッと眩暈が消える。

 双子も同じなのか、テネーブルが顔を上げてホッと胸を撫で下ろした。

「ビックリした……何、今の」

「…………チッ」

 蹲っていたリヒトが立ち上がり、舌打ちして倒した椅子の背もたれを掴んだ。それを荒々しく置き直し腰を下ろす。不機嫌だとわかりやすい表情を張り付け、テーブルに肘ついて掌の上に顎を乗せる。

 不貞腐れてしまったらしい。確か、設定ではこうなったら取り付く島もないはずだが……

「あなたがたの たましいは もとの せかいで つくられて いますのよ」

「…………で?」

 リヒトが低い声で訊き返せば、溜息交じりに

「からだは こちらの せかいの もので つくられていますの」

 フィラフトが続ける。

「違うものだから合わないって事?」

 テネーブルが訊き返せば、フィラフトは小さく頷き

「わかりやすく いえば みずと あぶら ですの」

「絶対に混ざらないよ、それ!」

 ガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、テネーブルがフィラフトの前まで進む。

 そして、両手を握り締めて腕を動かしながら、

「困る! ワタシ、外に出たいー!」

 可愛い女の子がお願いをしているように見えるが、その考えを遮るように「うわ……気持ち悪い動き」とリヒトが呟いた。お陰で冷静になれたが、気持ち悪くない、可愛いと声を大にしたい。

 けれど、表情にも言葉にももちろん出さないまま、困ったように笑って見せる。すると、リヒトの表情がわずかに和らいだ。

「昨日からずっとあの調子」

 肩を竦め、テネーブルを横目に言う。そう言えば、彼は出かけるのが好きな設定だったような……

「街に行きたいし、買い物したいし、ショッピングしたいし、綺麗なもの欲しいー!」

「すぐには できませんのよ」

「フィラフトさんの魔法で何とかしてよー!」

 聞きなれない言葉に目を瞬かせる。フィラフトが前足で床を叩くたびに広がっていたもの、あれは”魔法”だったのかと驚いた。なんとなく目にし、なんとなく体験し、なんとなく”不思議だな”と感じるに留まっていたものの名前がわかり、腑に落ちなかったものがストンと落ちてきたような気がした。

 そして、改めてこの世界は自分がいた場所とは大きく異なるのだなと実感する。


「できませんのよ」

「そこをなんとかー!」

「ですから しえんが わたくしの やくめで あり ねがいを かなえるのは わたくしの りょうぶん では ありませんの」

「これも支援だと思って!」

「しぶっている のではなく どうにも できません のよ」

 困ったような顔でこちらを見るフィラフトに対し、リヒトがヒラヒラと手を振って返す。

 頑張ってね、とでも言うような微笑みが綺麗で、思わず見とれそうになるも、すぐに突き刺さる非難の視線に居た堪れない気持ちになった。

 フィラフトは私を見て「何とかしろ」とでも言うように口元を引きつらせている。

 気づかないふりをするわけにもいかず、慌てて周囲を見渡し、テネーブルのコーヒーが空になっている事に着目した。

 そして、自分のカップを持ち上げて

「あ、あの、コーヒーのお替り……どう、でしょうか?」

 躊躇いがちに声をかければ、テネーブルがクルリとこちらを振り返る。

「んー……次は、紅茶がいいかなぁ」

「ふグッ……!?」

 動きに合わせて揺れたスカートや髪が、まるでイベントスチルの一瞬のように見え、微笑みに胸を撃ち抜かれた私は顔を覆い、その場に膝を突く。


「うわあ!? なに、突然?? エマ、大丈夫???」

 突然カウンターテーブルの向こうに消えた私に対し、リヒトが驚いた声を上げた。

 身を乗り出し、不安げな眼差しで私を見つめる。アイオライトのような瞳と視線が絡み、息を飲む。

 見る角度で色が変わる宝石のような美しい青紫が、私だけを映している。

 その事実が、私の理性を吹き飛ばした。



 網膜に映し出された映像に対し、何度も呟いた言葉たち。

 伝わらない、一方通行の思い。大切に、大事にしてきた宝物たち。

 寂しさを埋めてくれた感謝と、変わらず傍にいてくれる喜び。変化を望まない限り変わらない関係。私の手で消し去らない限り置き去りにしない、優しい時間を与えてくれるキャラクターたち。

 失ったものを、得られないものを、代わりに埋めてくれる――家族。

 感情を溢れさせまいと必死に耐えていた私から、「嗚呼」と感嘆詞が零れていく。。



 性格はさておき、目の前に自分がこの世で一番素敵だと思う外見の人物がいるのだ。

 その人が微笑み、その人が話し、その人が私を気遣ってくれている。

 その事実に、心の中に貯めていた思いが爆発しないわけがない。




***




「おわ……った…………」

 荒々しく肩で息をしつつ、胸元を抑える。

 屋敷の中で最も食堂から遠い場所。ゲームだった頃、倉庫兼荷物置き扱いしていた小部屋の中に逃げ込み膝を抱え、座ったまま天を仰いだ。

 背にした壁の上の方には、アンティーク調の壁掛け棚が付けられており、小瓶に入った輝く砂や原石、花や果実などが並べられていた。

 そのどれもが、倉庫の中に仕舞っておくには惜しい程に美しく、時を閉じ込めたように瑞々しいままだ。

 けれど、今の私にはそれらを堪能する心の余裕はない。


 ほんの数分前、テネーブルの微笑みを直視した事で「可愛い」を言いかけた私はその場で一度は堪えたものの、リヒトの気遣いの声と覗き込まれた時の不安げな表情に感情が爆発し、とうとうやってしまった……。

 溢れ出る言葉たちを掌で口を覆って抑え込み、食堂を飛び出して逃げ込んだのがここなのだが……

「どうしよう……気持ち悪がられてないかな……」

 声は大きくなかった。だが、幾つかの言葉は聞かれてしまっただろう。運がよければ少し、悪ければ全部。

 その時のリヒトの顔を思い出し、顔から血の気が引いていく。


 アイオライトのように見る角度で色が変わる瞳に、自分が映っていた。その事実に胸が高鳴り、気づけば唇が勝手に言葉を紡いで……


――嗚呼、白磁のように透明感のある頬に紫苑色の髪が流れる瞬間の色っぽさ。少年と青年の境目の年齢の危うさと、あどけなさの残る表情に不意に現れる強い意思。笑顔は可愛いのに、思案する横顔が凛々しくて、今日も素敵。私のリヒトは今日も最高――


 ここまで言ったところでハッと我に返り、やかんに湯が沸いた瞬間のような音が脳内に響いた気がする。

 ピューっと、まるで沸騰したように顔も耳も頭も熱くなり、気が付けば廊下に飛び出していた。どこをどう進んだかは覚えていない。ただ、出来るだけ離れたいと言う気持ちが背を押し、気が付けば倉庫の中……

「あああ…………どうしよう……」

 ゲームだった頃は、微笑まれるたびにあれこれと言っていた。もちろん、テネーブルに対しても似たように。

 その時は伝えても反応は薄く、返答の大半が「早口過ぎて聞き取れないよ」や「褒めてくれるの? 嬉しいな」など。単語に反応してAIが文章を作っていただけで、さっきのように驚いた顔をされる事はなかった。

 そもそも、生身の人間ではなくデータだったのだから、会話の大半は一方通行で、ある意味独り言のようなものだろう。

 返答も、こちらが傷つくようなものはなかった。禁止ワードと言うものが登録されており、それらを使わない設定がされていたのかもしれない。

 ゲームのプログラム的な事は一切わからないが、サービスを提供する側としての心構えはある程度想像出来る。


 来店客を不快にさせないため、言葉遣いに気を付けるのは当然の事だったから。


「………………どうしよう……」

 同じ言葉が繰り返し口からこぼれる。

 彼らをただのデータと思った事はない。けれど、心のどこかでそう思っていた部分がはあるはずだ。

 だからこそ、一方的に外見を褒める言葉を並べ立てていたと思う。

 返ってくる反応は、私を傷つけない。何を言っても、何をしても、彼らを作った私に悪感情を抱く事無く、ボタン一つで従ってくれる。

 何をしても許してくれる、優しく、私に甘いキャラクター(ひとたち)。


 けれど……


「絶対、許してもらえない……」

 膝に額を付けポツリと呟く。どう足掻いても、口にした言葉を消す事は出来ない。


――私のリヒト。


 不快に思われただろう、気持ちが悪いと感じただろう。何を言い出すと驚いたかもしれない。

 そして、その感情が次にどんな行動を選ばせるか。


 新しい異世界での生活が終わりそうな気がして、息を飲む。

 倉庫から出るのが怖くて、双子に会うのが怖くて。私は、膝を抱えたまま震えていた。


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