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ポーションは出来たけど


 ”千年王国と封印の鍵”の職業の一つ、錬金術師。

 それは、条件を満たす事でアイテムの模倣が可能になり、対価として素材と魔力を失うが、大半の物を作る事が出来る職業だ。

 ただし、作れるアイテムの中には劣化版となってしまう物もある。

 その最たるものが、万能薬のエリキシルだ。

 最上級のアイテムの大半は、基本能力は変わらないが付加される効果が劣るように設定されている。

 なお、錬金術師が作ったアイテムの名前には全て(仮)と入り、物によっては強化される場合もあるのだが、それらは上級以下品だけ。

 例えば、初期から使える下級の回復ポーションなどは、回復値が増えたり体力の絶対値が一時的に増えたりする付加効果が付いたりする。


 なので、高レベルのプレイヤーでも下級のポーションを使う事もあるのだが――





「それがすぐさま作れたら、苦労はしないよね……」


 テーブルの上に並んだ、薄い赤色をした液体の入った三本の体力回復ポーションを眺めつつ溜息を吐いた。

 そのうちの一つ、一番左の小瓶を掴んで中身を揺らす。

 チャプチャプと音を立てる薄い赤色をの水。


 失敗に次ぐ失敗で、半ば自棄になっていた時に出来上がった、下級ポーション。

 ほとんど奇跡に近い偶然が、この小瓶の中の液体を作り出したのだが……

 正直、今でも信じられずにいる。


 煤まみれの小石を取り出す時、傷つけた右手の人差し指。

 血は止まっているが、まだ痛むそれを眺めながら思い出すのは、出来上がるまでの偶然の過程だ。


 乱暴に突っ込んだ手が掴んだのは、失敗作。

 それがたまたま尖っており、人差し指を傷つけた。

 鋭い痛みと同時に手を引き、傷口を確認して苛立つ。腹立ち紛れに掴んだ赤色のキノコの傘を引きちぎり、錬金釜の中に放り込んだ。

 次いで、同じ手で薬草を掴んで投げ込み、イライラしながら水を測って注ぎ、テネーブルのアドバイスの通りに掌から素材までの道を意識し、掌が温かくなるよう集中する。


 すると、不思議な事に温かくなった両掌から何かが抜けていくような感覚に襲われた。

 同時に、身体に感じる虚脱感。そして、身体から力が奪われるような違和感にその場に崩れ落ちた。

 床に手を突き、肩で息をしていると――ふと、頭の上から光が降り注ぎ、聞き覚えのある効果音と共に光が弾けた。


 顔を上げて確かめれば、空中に浮かぶ薄い赤い色をした液体――



 その光景に見覚えがあった私は、床にへたり込んだまま薄い赤に見入っていた。

 水を汲んで戻って来たテネーブルに声をかけられるまでの間、ずっと。

 頭の上の初めての完成品を、ただただ呆然と眺めていたらしい……





「特殊効果狙うのは、まだまだ先でもいいと思うよー?」

 真後ろから声が聞こえたと思ったら、頭の上に顎が乗せられた。

 そのまま、ギュッと抱きしめられたため、危うく手にしていた小瓶を床に落としかけてしまい、二つの意味で心臓が跳ねた。


「あ、あの……音もなく、その……近寄るのは……」

 やめて欲しいと言いかけたが、鼻孔をくすぐる甘い香りに思考が奪われ、言葉が続かない。

 背中越しに感じる、テネーブルに……自分の心音が聞こえているのではないかと不安になる。

 それぐらい、私の鼓動は早く大きく、そして緊張していた。

「そうはいっても、レベル差があるからねー」

「いえ、あの、普通に近づいて欲しいと言うか……」

「普通にって、あー……」

 合点がいった、と言いたげに声を漏らし

隠蔽ハイディング索敵サーチングのスキル、切るの忘れてたかも」

 ごめんね、と言いながら彼は私の頭の上から離れ、空中を見つめて両手の指を動かす。

 スクロールさせるように左手の人差し指で空気を弾き、右手の人差し指でトントンと何もない空間を叩いた。

 ゲームだった頃と同じ事が出来るのなら、テネーブルは気配を消したり探ったりするスキルをOFFにしようとしているのかもしれない。


「うん、これで大丈夫」

 ニッコリと愛らしい笑みを浮かべ私を見る。

「リヒト対策つけたままにしてたの、すっかり忘れてた」

 ぺろりと舌を出し、ウインクする彼に思わず「可愛い」と言いかけ口を押える。

 そして、リヒト対策と言う部分が気になり、

「……何かしてたんですか?」

 尋ねてみれば、テネーブルの表情が変わる。冷めた目で二度の瞬きをした後、

「紛らわしい事言ってワタシを驚かせたお返しが、まだだからね」

 愛らしさの欠片もない、低い声で呟いた。

 隠されていない殺気に背筋が凍る。

「………………お、お手柔らかにお願いします」

 食堂での一件を思い出し、それとなく頼んでみるが……

 たぶん、派手にやり合うだろう。なんとなく想像がつくだけあって、顔が引きつった。


「リヒトは別にどうでもいいんだけど」

 表情を戻し、彼は小首を傾げた。

 そして、傷を負った方の手を指さし

「エマちゃん、”それ”に使ったら?」

 ポーションの出来を試すいいチャンス、と言って彼は微笑む。



 二種類の薬草と飲むことが出来る水、そして赤いキノコ。それに、自分の血を媒介として魔力を流し込み出来上がった物。

 薄く赤い液体の材料に得体のしれないキノコが含まれているので、小瓶に口を付けて飲み干す……と言う選択は端からなく……

 若干の躊躇いはあったものの、意を決して私は傷口に少量をかけてみた。


 ひんやりとした水の感触の後、液体は皮膚に入り込むようにして消え――


「え…………え……??」


 傷口は見る見るうちに塞がり、何もなかったかのように滑らかな皮膚へと戻った。

 驚きの余り指とテネーブルを交互に見れば、彼は満面の笑みを浮かべて


「エマちゃん、おめでと!」


 と短く言ってまた私を抱きしめた。





 最近、スキンシップ過多な気がする……

 そう、冷静な自分が頭の中で呟いたが、現実の私は「ひょわー」とも「ふぉわー」とも言えるような声を発し固まった後、十秒ほど経って状況を理解し、わたわたと彼の腕の中で暴れた。


 けれども、魔法職のはずのテネーブルの腕はビクリともせず、更にきつく抱きしめられ、絞殺されるんじゃないかと不安になって暴れるのをやめたのは、正しい選択だったと思っている。

 例え、その現場を様子を見に来たフィラフトに目撃され、何か言いたげな目をして扉を閉められても……

 私は、間違っていないのだと、声を大にして言いたい。




***




「つ……疲れた……」

 肉体的にではなく、精神的にと言いながらベッドに倒れ込み、枕を抱く。

 ゲームだった頃、錬成すると魔力が減っていたが……

「まさか、あんな目に合うなんて……」

 言って、枕に顔を埋めた。

 錬成し、菓子を食べる。その繰り返しを途中でやめた途端、激しい倦怠感に襲われて視界が歪み、なんとも言えない不快感が心に広がった。

 その状態を説明すると、テネーブルは「魔力枯れが近いのかもね」と、魔力の回復量が多いスープを用意してくれた。


 それを飲み干した途端、不快感はスッと消え、そのほかの症状もすぐさま収まった。

 まさかと思い、ゲームだった頃と同じなのかとテネーブルに尋ねれば、彼は苦笑いを浮かべた。



 ”千年王国と封印の鍵”では、体力や魔力が30%を切ると異常値扱いとなり、バーの色が赤や青から黒に変色し点滅を繰り返す。

 体力が0になると死亡扱いとなり、そのまま”安全エリアに帰還する”と言う内容のボタンをクリックすると、経験値が減るペナルティと引き換え復活出来る。

 減る量は、アイテムバッグの中に入れておくだけで効果を発揮する、”お守り”と言うアイテムのレアリティで上下するが、それでも最低3%は減るため、その3%を軽減してくれる”回復職”にリザレクションと言うスキルを求めるチャットがたまに聞こえて来たりしていた。


 もちろん、他のゲーム同様、魔力が0になっても死ぬ事はない。

 死ぬ事はないが、”千年王国と封印の鍵”と言うネットゲームでは、魔力と精神は密接な関係にある設定を採用しており、魔力が枯渇するとキャラクターが「発狂」または「恐慌」状態に陥り、プレイヤーの操作を確率で受け付けなくなる仕様があった。

 この事で不利な攻撃をしたり、目的とは別の場所に向かったり、アイテムを捨てたりするため、魔力を使い過ぎないようどの職も両方のポーションを常に持ち歩いている。


 ちなみに、色によって疲労の度合いがわかるようになっており、体力、魔力共に30%を切ると点滅しだし、10%を切ると黒い色になる。


 黒い状態を「極限」と呼び、この状態で錬成すると高レアリティ効果の発生と失敗率が跳ね上がる。

 ただし、魔力がゼロになっても錬成は出来るので、画面越しだった頃は気にせず続けていたのだが……


「あんな、手元は狂うし目は霞むし、世界が揺れている状態で集中なんて……出来るわけない……」

 ぼやき、息を吐く。

 ゲームだった頃はまだしも、生身であの感覚を体験すると……二度とやろうとは思わない。

 思えない、絶対に嫌だ。


「…………でも、レベリングはしやすかったんだよね」


 失敗しても多少の経験値は入る。

 なので、無心で繰り返していたが――不快な感覚を思い出し、小さく頭を振る。やっぱり、二度とあの状態は体験したくない。


「まぁ……作り方はなんとなくわかったし、コツ……も掴めそうだし、明日もやれば……それなりに……」

 言って、ふと右手の人差し指を親指で撫でる。

 そこに傷はない。淡い赤色をした液体をかけ、作ったポーションに回復効果がある事を証明した。

 奇跡のような出来事を思い出すと、同時にテネーブルの肌の感触や匂い、感じた熱まで再生され顔や耳が熱くなる。

 鼓動が早まり、私は目を何度も瞬かせた。


 比べたら悪いとは思いつつも、ついリヒトとの違いを考えてしまう。

 体格はテネーブルの方が華奢で、腕の中の居心地はよかった。

 見た目が男性っぽくないからか、変な安心感があった気がする。


 そんな事を冷静に考えられる自分がいる事に驚いたが、人肌の心地よさが懐かしく、また抱きしめて欲しいと感じた所で恥ずかしくなり、私はベッドの上で足をばたつかせた。

 こんな時、相談できるような相手がいればな思いつつ、また枕に顔を埋める。



 アイテムが出来たことよりも、双子やフィラフトとどんな顔をして会えばいいのか、と言う部分が私の心の大半を占めていた。


 少しだけ、明日が来るのが怖い。


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