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錬金術師の外出準備 3


「意外と上手くいかないね」

 そう言って煤けたゴミを指で摘み、天井に向かいひょいっと投げる。

 ぶつかるスレスレのところで重力に引き寄せられ、掌の上に落ちてきた小石に似た物を掴み、握ったリヒトの視線が私に戻った。

 ……なんとなく目が泳いだのは、きっと彼の真後ろに失敗作で出来た小さな山があるからだろう。


「…………レベル1っぽいので」

 言い訳めいた言葉を使えば、

「原因ってそれなのかなぁ……?」

 開いた掌の中で砕かれ、砂のようになった物を反対の手で叩きながらリヒトが呟く。

 パラパラと、簡単に崩れてしまう錬成品……投擲アイテムとして使えるのすら怪しい。

「テネーブルも、頭から煤被ったぐらいで風呂とか、大げさだよね」

「……髪の毛、長いですから」


 繰り返すたびに釜からまき散らされる煤。

 それが髪や服を汚すので、シャワーを浴びるとテネーブルが出て行ったのが五分ほど前。

 リヒトはあまり気にならないらしく、適当に頭や身体を叩いて煤を落としては、定位置であるソファーと道具が並ぶ一枚板のテーブル、そして素材を保管している棚や部屋の隅の小箱を行き来する程度。

 つまり、ずっとこの部屋で私の失敗に付き合ってくれている。


 とは言え、そろそろ休憩を……と思っているのだが。


「あ、あの……」

 広げた麻の袋に失敗作をヒョイヒョイと詰め込んでいるリヒトに向かい、私は恐る恐る声をかける。

「ん?」


 手を止め、リヒトの顔がこちらに向けられる。アイオライトの瞳に、私を映して小首を傾げた。

 見慣れているはずなのに、彼を作ったのは自分なのに、仮想が現実になると……とたんに心臓が言う事をきかなくなり、勝手に高鳴る。

 それが恥ずかしくて、聞かれてしまうんじゃないかと不安で、わざとらしく咳払いをして胸元を抑え、視線を合わせないようにして口を開く。

「さすがに、もう日も傾いてきたので……終わりにしたいなと……」

 思いまして、と続けるが自然と語気が弱くなった。


「んー……そうだね、初日から根詰めてもいい事ないし」

 短く唸った後、同意するように頷いてくれたリヒトにホッと胸を撫で下ろす。

 よかった、これであのお菓子地獄から解放される。


「ポーションが出来たら実験したかったけど、また今度かな」

 少しだけ残念そうに言って、リヒトが煤けた小石を詰め込んだ麻袋の口を閉じた。

 実験……と言うのが引っかかり、

「何かしたいことがあったんですか?」

 なんとなく尋ねてみる。

 すると、彼は左右対称で整った顔に極上の笑みを浮かべ、利き手で反対の腕を切り落とすようなジェスチャーを私に見せた。


「部位破壊が出来るのかとか、破壊した部位ってくっつくのかって」

「!?」

 驚き、目を瞠る。すると、彼はクスクスと口元を軽く握った拳で隠しながら笑った。

「気にならない?」

「なりません……な、ならないです!」

 勢いよく首を横に振る。


 自分の身体が無くなる、壊される――身に覚えがある分、容易に想像出来て背筋が凍った。

 自然と、吸い寄せられるように自分の両腕に視線が向く。そこには、傷一つない綺麗な腕が二本。確かについているのに、それが元々の物ではないと知っているため、複雑な気分になった。

 別に、腕を壊されたわけでも、切り落とされたわけでもない。二の腕から先が無くなったところを見たわけでもない。

 ただ、入り込まれるような、書き換えられるような、なんとも言えない違和感だけがべっとりと、絡みつくように記憶に残っている。

 恐怖だけが消えた、記憶の中に……


「と言うか、考えたくないです……」

 呟けば、リヒトが首を竦めた。

「だって、前と違って自分を傷つけられるようになったし、ありそうでしょ?」

「それは……そう、ですが………………」


 納得しかけた所で、私の頭の中に疑問符がヒョコリと顔を出した。


「って、”傷つける事が出来るようになった”とは……?」

 キョトンと目を丸くしてリヒトを見れば、細められた目元が怪しい光を宿している事に気づく。

 彼は唇に人差し指をそっと乗せて、微笑んだ。


「しー…………内緒」


 弓なりに、歪んでいく口元。

 唇が奏でた音は甘く、私の耳朶を震わせる。

 けれど、ときめきよりも先にサッと血の気が引いた。

 彼の性格を考えれば――相当の事をしているはずだから……


「……………………」

 歩を進め、彼の前に立って手を伸ばす。両肩を掴み、真剣な顔で見上げれば、彼が目が動揺で揺れる。

「エマ?」

「――なにしたの?」

 名を呼ぶ声に私の声が被さる。

「なにを、したの……?」

 同じ音を繰り返せば、僅かに怯んだようにリヒトが眉を顰めた。

「大したことはしてないよ。心配しなくていいから」

「それなら、私に言えるよね」

 強い口調で告げれば、彼が驚いたように目を瞬かせる。

 いつものように、おどおどした躊躇いがちな調子ではなく、ハッキリとした物言いの私に戸惑っているようにも見えた。


「………………ああもう、面倒くさいなぁ」

 鼻から息を吐き、後頭部をガシガシとかいてぶっきらぼうに呟く。

「言うから…………離して?」

 肩を掴む私の腕に触れ、剥がすように力を込めた。”言う”のであればと、逆らわず私は掴んでいた肩から手を離した。


「………………」

 静かに見つめていると、リヒトは少しだけ困ったような笑みを私に返し、着ていたシャツの裾を捲る。

 そこには、乱暴に巻かれた白い包帯があった。

 布の下にある傷をなぞるように、彼の指が左胸の下から右の骨盤に向けて動く。

「ザックリやってみたら、今までと違って中身が出てきたんだよね」

 あっけらかんと、まるでお菓子をこぼした時のように言って見せた彼に、私は目を見開いた。

 咄嗟に手が伸びそうになった私を、

「言っとくけど、テネーブルに回復してもらったからね? ちゃんと、中身は戻ってるから」

 彼の言葉と、”ストップ”と言いたげに向けられた右手が止める。


「それなら、どうして包帯を……?」

 浮かんだ疑問をそのまま口にすれば、リヒトが気まずそうに顔を反らした。

「………………それは、何と言うか……」

「リヒト?」

「ああもう、こういう時だけエマは強気だよね!」

 わかったよと続け、彼は腹部に巻いた包帯を解いていく。



 白く細い布の下から現れたのは、痛々しい裂傷――

 一本の深い線が、彼の白磁の肌を引きつらせ、赤黒い違和感を生んでいた。


「………………回復して、もらったん……だよね……?」

 左手で口元を抑え、問う。

 リヒトは足元に落ちた包帯を拾い上げ、首を竦めた。

「テネーブルが使えるのは中程度の回復だから。傷を消すには、錬金術師の作る最上級の回復ポーションか、精霊士の治癒魔法しかないんじゃない?」

「………………ポーションは、残って……」

「ないよ。ダンジョンで使っちゃったから」

 否定の言葉を口にし、拾った包帯をポケットに突っ込んだ。

 その手を抜くと、包帯はガラスの小瓶に変わっていた。その中には、虹色に輝く液体が入っている。

 目の高さまで持ち上げたそれを、右へ左へと揺らせばチャプチャプと微かな水音が静かな室内に響いた。

「あとは、これ」

「………………エリキシル」

「これはクエストでもらえる、(真)の方。でも、使っちゃうと死人が出た時困るでしょ?」

「でも、外に出なければ死ぬ事は……」

 ない。開きかけた唇を、彼の左手の人差し指が止めた。

 粘膜に感じる他人の肌の感触に一瞬で頭が真っ白になり、言葉が途切れる。


「生き物はね、意外と簡単に死ぬんだよ……エマ」

 美しい少年は、微笑んでいた。けれど、その声は酷く冷めていて――遠い記憶の中の死を思い出させる。

 両親と、祖母。そして、親友。

 気が付けば、いなくなった人たちの事を思い出していた。



 ”簡単に死ぬ”

 彼の言葉は、私の言葉だ。


 身体から力が抜け、私はその場に頽れるようにして膝を突いた。

 慌てたリヒトが腕を引いてくれなければ、変な形で床に手を突いていただろう。


 この世界に来てから、色々な事があって忘れていた……

 外が、外の世界だけが危ないんじゃない。外に出るから傷つくんじゃない。怪我をするんじゃない。

 どこにいても、何をしていても、この瞬間にも……死は常に、傍らにある。

 命の近くに、寄り添うように死はあるんだ。


「作らなきゃ……」


 呟き、私はしがみ付くようにリヒトの身体を抱きしめた。

 胸元に耳を押し付ければ、トクトクと脈打つ心臓の音が聞こえる。心地よい、命の鼓動だ。

「わっ、ちょ、エマ??」

 驚いた彼が戸惑ったような声を上げる。

 胸元から耳を離し見上げれば、視線が絡む。

 彼のアイオライトの瞳が動揺で揺れていた。その色は更に濃くなり、突然の行動に酷く焦っているようで、リヒトにしては珍しく何かを言いかけて口を閉ざす、と言う動きを何度か繰り返していた。

 その間も、私はただ黙って彼を見つめ……服の下の傷を思い出せば、目頭が熱くなる。


 きっと、相当痛かっただろう。血がたくさん出ただろう。

 それを、躊躇いなくやってしまえるように、私は彼を作ってしまった。


「ごめんなさい……」

「え?」

「……ごめん……なさい……」

 溢れた涙が、頬を伝って落ちる。

「なんでエマが謝るの?」

 悔やむ言葉を山のようにかけられたリヒトは、キョトンと目を丸くさせたまま、宥めるように私の背を撫でてくれた。




 彼は命を軽んじている。

 好奇心と少しの興味で自分を傷つけ、瀕死の傷を負う事を厭わないのだから。

 その設定を作ったのは私で、元はゲームのキャラクターだった。

 美しく、強く、命のやり取りを楽しむ少年。

 私の孤独を癒し、ボタン一つで生き返る不死の存在。



 けれど、今はそうじゃない。

 理解した瞬間、私は恐ろしくなった。



 彼を、彼らを失ったらきっと……

 私は……自分を殺すだろう。何故なら、彼らは私の心を生かしてくれる最後の存在だから。

 私がここで生きている事を、空気ではない事を教えてくれる、唯一の存在なのだから。




***




「……………………ごめん……なさ……い」


 泣き疲れ、腕の中で眠るエマの唇から、謝罪の音が零れる。

 何度目かのそれに、答えるように頭を撫でれば――眉間に出来た皴がわずかに和らいだように見えた。

「気にしなくていいのに……」

 起こさないよう、小さな声で呟く。

 けれど、眠っている彼女が答える事はない。

 答えとしても、似たような謝罪の音ばかりが繰り返されるだけで、返す言葉にこちらが詰まってしまうのだが……


「ハァ……」

 溜息を吐き、天井を仰ぐ。

 正直、このまま床に座って彼女が目覚めるまで待つ、と言う選択はしたくない。

 何故なら、動けないので腰が痛いし腹の傷が疼くから。

 かと言って、担ぐのもどうかなと考える。やっと寝入ってくれて静かになったのだから、出来れば起こしたくない。

 もう少し眠りが深くなるまで待つかなと、もう一度溜息を吐く。


「面倒くさい子だよね、エマって」

 ぼやくようにそう言って、目元の涙を指先で拭う。



 初めは、怖がっているのだと思っていた。

 自分を見るたびに挙動不審になる彼女が、決して目を合わせようとしなかったから。

 何故怖がっているのかわからなくて、少しイライラした。続くようなら殺そうかなともちょっとだけ考えた。


 だけど、彼女の口から好意的な言葉が零れた時、戸惑っているだけなのだと知った。

 苛立ちが消えて興味がわいて、なんとなく悪戯をしかければ、毎回予想外の反応が返ってきて面白くて、意地悪をしたくなる。


 意識してもらいたいなと思って、今日一日錬成に付き合っていたら――


「ねぇ……エマ……」

 腕の中で疲れて眠る彼女を見て、名前を呼ぶ。


「キミはさ、何を抱えているの?」



 告げた言葉に返答はない。

 ただ、自分で腹に付けた傷を見せた時の、彼女の反応が忘れられなかった。

 青ざめた顔で、何かを酷く恐れているような――




 そんな反応が初めてで、責められているようで居心地は悪いのに、キミから離れられない。

 縋るエマの手を、離しちゃいけない気がして……変な気分だった。


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