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まじめと魔人の冒険奇譚  作者: 春牧大介
第一章 まじめとまじん
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まじめとまじん 1-6A

「だけど、仇を討つための力を授けることが出来るわ」

「力を授ける?」


 イリアナは目を丸くした。


「俺たちが、お前を鍛えてやる。もっとも、いわゆる門徒。平たく言えば弟子になってもらうけどな」

「鍛える……」

「鍛えないと、俺たちの紋章の力に振り回されることになるからな」

「え?」


 黒い方が紋章の力と言った。

 レオンも持っている『紋章』のことなのか。

 

 紋章は冒険者や傭兵ならのどから手が出るほど欲しいものだ。

 古代の魔術の力で、偉人や英雄の力を収納した小型の魔法陣である。『印』にさまざまな力を収納させたもので、所有者に莫大な力を与えるのだ。

 中でも森羅三十六紋しんらさんじゅうろくもんと呼ばれるものは桁外れの力を秘めていて、生きながらにして神になれるといわれている。一説では、魔人の門徒が振るっていた紋章の全てが、その森羅三十六紋であったという。本物の魔人ならば、持っている紋章はその森羅三十六紋に違いない。


 こんなチャンス滅多に無い。

 いや、おそらくこれを逃せば、こんなチャンスにめぐり合わない。

 だが、彼らを師事するということは、同時に彼らの部下になることも同然。もし、彼らが世界を滅ぼそうとしていてその片棒を担がされることになれば……イリアナは頭を掻き毟った。


「ああ。あともう一つ特典がついてくるぞ? お前自身の問題を解決してやる。」

「私自身の問題……?」


 イリアナは顔を上げた。


「お前の首についてるそれだよ」


 イリアナは首元を押さえ、ハッとなった。


「お前さんの狂戦士病を治してやる。まぁ俺たちの修行をちゃんとこなせば、勝手に治るんだけどな」

「どうやって?」

「口ではなんともな……。お前の場合は過去のトラウマ、お前自身の心の問題なんだ。今言ったとおり、旅をしながら修行をこなす過程で、心身共にお前が強くなれば自然にそのチョーカーは外れる。ただそんだけだ」

「修行……」


 イリアナはチョーカーに手をやる。

 このチョーカーは強力な呪術がかけられており、一定時間以上暴走を引き起こすと、首を締め付け意識を奪おうとする。それでも止まらない場合は最終的に首を両断する。

 だがこのチョーカーは、単に装着者に死を与えるだけではない。完治すれば勝手に外れるのである。これは狂戦士になることが、心的外傷だけではないためである。

 悪霊に取り憑かれたり、精霊の怒りを買って呪われたり、紋章の力に飲み込まれたりと様々なのだ。チョーカーに施された呪術が、狂戦士病を感知しなくなるとチョーカーは外れる仕組みになっている。

 とはいえ、イリアナ自身、絶えず死と直面しているようなもので、気が気でないのも事実なのだ。


「お前がもし弟子になるなら、お前の仇討ちは後回しだ。今は時間が惜しい。俺たちの封印の方が先だ。絶対封印された時のままの俺たちを復活させちゃだめなんだ。弟子になったら、俺たちを無事に封印の地に連れて行くこと。これが最優先事項だ。記憶の無い俺たちが、お前たちや子供たちを殺すのなんか我慢なんねえ。絶対に今の記憶を持って封印から復活しなければならないんだ。」


 イリアナは黙っている。『お前たち』ということは、一応『レオンとカーチャ』のことも考慮に入れているのか。そう思った。


「ハヤテさん……」


 白い方がたしなめるような顔を黒い方に向ける。黒い方もそれに気がついた。


「あ、いや、すまん。でも、もちろん無理強いするつもりで言った。こっちも余裕無いからな。早くしねえと、俺たちが世界を滅ぼしちまう」


 けらけらと笑う。だが、目は笑っていないように見えた。白い方は軽いため息をつく。

 黒いほうが再びイリアナをちらと見た。


「お前にとっても魅力的だっただろ? だけど都合のいいことばかりじゃないはずだ。悩んで、自分で判断してくれ。俺たちの弟子になるなら、レオンたちともいずれ別れることになる。俺たちの封印の解除に失敗すれば、エスカーテか俺たちに殺されるだろうし。ついでに言えば、お前の仇討ちが済んでいようが済んでいまいが、最終的にはエスカーテの討伐か再封印をせねばならんしな。それまでお前に自由は無いんだしな」


 黒い方は、意地悪い言い方をした。だが、その顔は真剣だ。

 彼らの言っていることは説得力があった。二人の言葉には真摯さがあり、いくらか親近感すら沸いていた。だが親近感が、うまいこと言いくるめられているのではないかという不安をより煽っているのも事実だ。


「一つ良い……ですか?」

「なあに?」


 白い方がニコニコしながら答えた。


 一つの大きな疑問が残っていた。この答え次第では即断る。


「なぜ私なのですか? レオンやカーチャのほうが腕も立つし、経験も豊富だし……」


 イリアナはうつむいた。包帯を巻いた左手をさする。イリアナにとって狂戦士であることは大きな失敗を招くだけの災いの現況そのもの。だれも自分に期待などしない。頼りにもしない。


「そんなのきまってるじゃない」


 イリアナは思わず顔を上げ、答えを待った。


「かわいいからよ」


 白い方の答えは満面の笑顔で答えた。


「は?」

「あなた素直でかわいいから。だから協力して欲しいの」


 なんとくだらない理由か。イリアナはそう思った。

 黒い方が、さらに続ける。


「まぁ素直であるということは大部分を占める評価だ。それこそ素直に喜んでいい。それから、レオンやカーチャにも当然同じように頼んださ。けど、レオンはすでに紋章持ってるしな。俺たちの紋章が拒絶したんだ。カーチャは、カーチャ自身が紋章を拒んだ。誰か紹介してくれないか頼んだら、お前を紹介してくれたのさ。お前に関する前情報もないからここ二週間、箱の中に入ってお前を観察していたわけだ。おかげでお前と俺たちの紋章の相性も、問題ないだろうと判断できたわけだ」


 黒い方が、イリアナの疑問にあらかた答えた。


「素直に好意と受け取ってもらって良いぞ。人に好かれるなんて気分良いだろ」

「は……はぁ」


 イリアナは力が抜けた。というか、どっと疲れが噴出したといった感じだ。

 少なくとも、レオンとカーチャはこの二人を信用した。だから自分を推薦した。イリアナはレオンとカーチャが信用した相手なら信用できると判断した。だから安心して疲れが出た。


 正直、自分を必要だと言ってくれて、胸が高鳴った。顔に出ないし、『うれしい』と言う感覚が良く分からないので、この胸の高鳴りがそうなどだと思った。


「まぁ王都につくまでに決めれば良いさ。契約は王都まで俺たちを無事に運ぶことだしな」


 黒い方は、白い方と食べ物がないか、台所を物色しに行った。カーチャが用意していてくれた買い置きされたパンを見つけ、美味しそうにかじりはじめた。


「そんなところで悩んでたって何にも始まらないんだし、こっちで一緒に朝ごはん食べましょう」


 黒い方は悩めといい、白い方は悩むなと言う。あべこべだ。

 白い方が手招きをしている。イリアナはそれに素直に従った。




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