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まじめと魔人の冒険奇譚  作者: 春牧大介
第一章 まじめとまじん
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まじめとまじん 1-5

 イリアナは、椅子に座ってやっと落ち着きを取り戻したのか、いつもの岩のような無表情に戻った。

 その様子を見て、黒い方も話せる状態と判断した。 


「さて。まずは、俺たちのことか」


 白い方を見て、話の段取りを目で確認する。白い方も頷く。


「まず、十五年前に邪神エスカーテが、八門徒はちもんとによって封じられたのは知っているな?」


 イリアナは黙って頷いた。


 この世の終わりをもたらすといわれている『邪神エスカーテ』

 子供でも知っている、語り継がれてきた伝説。


 その話は、邪神エスカーテの前身、『黄昏の邪神』が現れたことから始まった。

 約二千年前、この大陸は、魔法文明で、現在よりも進んだ技術で繁栄していたといわれている。


 だが、突如として現れた『黄昏の邪神』によって滅亡の危機を迎えた。

 邪神は、地面から這い出て来たとも、海から上陸したとも、空から火球となって現れたとも言われていてはっきりしない。

 だが、どの記述にも『山のように大きな存在』として記されている。


 邪神は、破壊の限りを尽くした。

 数多の勇者や賢者が戦いを挑んだが、むなしく敗れ去った。

 大陸中の古の民は、最後の生き残りをかけて力を結集し、邪神を異世界へ追いやり、世界に平和がもたらされた。

 だが、この戦いで高度な魔法技術の大半が失われたという。


 そして、五百年後、邪神が再び姿を現した。

 今度は異界の軍隊と交戦しながら。

 見たこともない格好に、見たこともない武器を携えていた異界の軍隊は、圧倒的な戦闘力と火力で邪神と交戦していた。


 古の民は、この軍隊との共闘を模索した。

 それを実現させたのは、聖女エスカーテであった。

 故郷への帰還を条件に、異界の軍隊との同盟が締結された。

 エスカーテと古の民は異界の軍隊の協力し、邪神を追い込んだ。


 しかし邪神は、古の民を率いていた聖女エスカーテを取り込んでしまう。

 聖女エスカーテを取り込んだ邪神は絶大な力を振るい、異界の軍隊に、力を振るうと自我を喪失する呪いをかけた。

 異界の軍隊は古の民と同士討ちになり、壊滅するかと思われた。


 邪神に取り込まれながらも聖女エスカーテは力を振り絞り、異界の軍隊の呪いを緩和するため、暴走の原因になっている『力』を切り分ける秘術を古の民に伝えた。

 力を半分に切り分ける秘術。


 これが『紋章』であるという。


 この秘術によって異界の軍隊は暴走を抑制することに成功した。

 異界の軍隊の弱体化は否めず、両者が力を合わせても邪神を封印するのが精一杯であった。


 聖女エスカーテは、封印によって邪神の力が弱まった隙を突き、軍隊の中から二人選び、邪神を打ち滅ぼす希望を作り出した。


 彼らは『つがいの魔人』と呼ばれ、男がハヤテマル、女がエルフィーナと言った。


 以後、両名は歴史の影で、もしくは表舞台で、千年近く戦いを繰り広げてきたという。

 魔人は八人の門徒、通称『八門徒はちもんと』を従え、邪神を弱体化させ封印を繰り返してきた。これを、およそ百年周期に。


 七回目の討伐にあたる十五年前の戦いにおいて、魔人たちは邪神エスカーテに洗脳され、この世に仇を成そうとしたため八門徒によってエスカーテとともに魔人を封印したと聞く。




「俺たちは、その魔人だ」


 黒い方はさらりと言った。


「は?」イリアナは目をしばたたかせた。

「俺はハヤテマル。こっちの白いのがエルフィーナだ」


 黒い方のハヤテマルに紹介され、白い方であるエルフィーナはニコニコと羽を手に見立てて振った。


 イリアナは理解できなかった。

 何の冗談か。


 魔人は前回の戦いで、邪神に洗脳されて封印されたとされている。たとえ、封印から逃れていても、洗脳されているわけだから、今のように正気でしゃべっているのはおかしい。

 イリアナは左手の痛みが実感できるくらい強く握りこんだ。夢の中ではない。


「まぁ嘘を言っているようにしか聞こえないよな」

「いつも思うことですけど、恥ずかしいですね。子供のつく嘘っぽいですもの」


 黒いのと白いのは苦笑いを浮かべている。


 それは聞いたイリアナが一番信じられないことである。

 だが、真偽はどうであれ少なくとも話を全部聴いた上で、つじつまがあわなければ信用しなければいい。

 ただ、レオンたちが帰ってくるまで、時間を稼げばいい。『魔人』だと言うなら最悪のことを考え、下手に行動を起こさないほうが得策だ。下級の魔物ならば隙を見て叩きつぶすでも捕らえるでもいい。

 イリアナは話に集中することにした。


「お前が知っている歴史だと、いわゆるエスカーテに洗脳された魔人が人類と敵対して八門徒に封印されたってのなんだけど、ソレ嘘だから」


 イリアナは目を丸くした。


「俺もエルも洗脳されてない。八門徒の内の六人がエスカーテと密約結んで俺らをエスカーテごと封印したんだよ」


 イリアナの顔が徐々にこわばり始める。


「あ、だけど魔人が人類に敵対ってのは間違ってないな。裏切られたショックで、エルは世界を滅ぼすってメチャクチャ怒ってたよね」


 黒い方は白い方をみてニヤニヤ笑っている。


「あたりまえです。千年もかけて追い詰めて、最後に裏切るなんて信じられますか。世界を滅ぼすのは止めるとしても、裏切り者は絶対ゆるしませんから」


 イリアナは、白い方は怒ってはいるものの、本当に世界を滅ぼそうという意思はないように感じた。

 黒い方は、さらに続けた。


「今現在、問題なのはエスカーテよりもエルの方。魔人エルフィーナの封印のされ方なんだよ」


 黒い方は白い方を見た。白い方はコクリと頷いた。


「今の私たちのこの姿は、当然仮のもので、私の魔力で意識だけ封印の外に出しているの。言ってしまえば、今私たちが体験していることは、封印されている体が見ている夢のようなものなの。だから下手に封印が解けちゃうと、今のことはただの夢で、忘れちゃうかもしれない。そうなると、封印された時の記憶だけが残って、世界を滅ぼそうとしちゃうと思うのよね、私が」


 白い方はそう答えた。


「冗談にしか聞こえないかもしれないけど、世界を滅ぼしかねないのはエスカーテより、エルの方なんだ」


 ハヤテマルも困ったように言った。

 イリアナは黙って話を聞いている。理解しようとするために頭がフル回転している。


「と、本題に入る前に、私たちの封印された後の話をさせてね」


 白い方はそう言うと、黒い方に促すように頷いた。

 そして黒い方が同じく頷き、話し始めた。


「あいつらは封印に失敗したんだ。俺たちはエスカーテと一緒に結界に封印されたんだけど、俺たちの意識だけが封印されなかったんだ」


 黒い顔にきれいな青筋が浮かび上がる。

 白い方も困ったような笑顔を向けた。


「封印が甘かったせいで、動けないのに意識だけはそこにある。あなたも動けないまま、ずっと同じところにいるのって苦痛でしょ? 実際、こんな目にあわせた裏切り者への殺意で頭がおかしくなりそうだった」


 白い方はしみじみと語りはじめた。


「だけどそんな時、今から……そう、十四年前。うちの子達と出会ったの。あの子達はエスカーテの手の者によって両親を失った、孤児だった。私たちが討ちもらしたエスカーテとの縁であの子達と出会った。皮肉よね。おかげで私たちは、自分の放つ悪意から救われた。けど、あの子達にとっては不幸でしかなかった。いってみれば私たちの油断が、あの子達に不幸を呼び込んでしまった。だからせめて、あの子達が生きている間くらい、理不尽な暴力に怯えない暮らしをしてもらいたいの」


 イリアナは黙って聞いている。


「だから、私たちは、私ことエルフィーナが引き起こそうとしている世界の滅亡を食い止めたい。エスカーテを打ち倒したい。そのためには生身に戻らなければならないの。そのための協力者を探してる。その候補があなた」


 白い方は、穏やかだが真摯な眼差しでイリアナを見つめる。今の話はどこまで本当なのかまったく判断できない。嘘を言っているようにも見えないが、本当だという確証はどこにも無い。ましてレオンやカーチャがいるのになぜ私なのか。


 それに、協力するかは別の問題。


「私には、やりたいことがあるから協力は出来ない」


 イリアナはきっぱりと断った。イリアナにしてみれば、世界を救うだとかそんなものは出来る人、やりたい人がやればいい。

 まずしなければいけないことがあるなら、まずそれから片付けたいのだ。


「仇討ちでしょ?」


 白い方が間髪いれずにイリアナの理由を言い当てた。まさしくその通りで、イリアナにとって仇討ちだけが、この殺伐とした傭兵業をしている理由であり、生きている理由といってもいい。


「二人に話は聞いたわ。残念だけど仇討ちの助勢は出来ないわ」


 二人とはレオンとカーチャのことだろうか? イリアナは黙って頷いた。

 元より助勢を頼むつもりは無い。これはイリアナとレオンたちの問題だ。むしろ他人に踏み入って欲しくない。


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