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まじめと魔人の冒険奇譚  作者: 春牧大介
第一章 まじめとまじん
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まじめとまじん 1-4

 襲撃者から襲われて今日で三日目。

 だが、イリアナが意識を取り戻したのは昨日の夕方のことだ。


 カーチャの話では、左手は襲撃者を殴りつけた際に砕け、手の骨が皮を突き破っていたそうだ。それどころか肩口に至る骨にまでひびが入っていた。

 重症であったイリアナの左腕も、一般の治癒の魔法で傷は回復するものの、痛みだけは取り除かない。

 これはちぎれた神経がつながっているかを経過を見て判断するためである。

 当然神経がつながっていなければ、動かない。戦士であるイリアナにとってそれは大きな問題だ。また、神経がつながっているからこその痛みである。

 もっとも、高い治療費を払い、高度な治癒の魔法をかければ、この痛みはすぐに取り除けるのだが。

 痛みは自分への戒めもかねているのだ。


 首に着けられた赤いチョーカーに手を添えた。 


 先日の無意識に起きた暴走。

 イリアナは狂戦士病という病気にかかっている。

 稀な病気ではあるが認知度は高い。症状は普段から怒り以外の感情が非常に乏しく、興奮すると自我を失い、周りで動くものが無くなるか自分の命尽きるまで破壊を繰り返す。症状によっては、発症すると高確率で死に至る非常に危険な病気なのだ。


 現在では症状が区分されていて、病状は大きく重度、中度、軽度の三つに分類される。


 重度であれば隔離施設に入れられる。

 中度ならば、就ける職に制限がかかり、武器の携帯禁止、都市や村などから入ることを許されないことが多い。

 軽度であるならば、就ける職に制限されるのみ。


 イリアナは軽度。

 自我を失っても敵味方、無関係者の区別がつき、攻撃対象のみを襲い続ける。さらに過剰な運動によってすぐに酸素欠乏症を引き起こし気を失うため、軽度と診断された。


 だが、狂戦士と診断された者は、専用のチョーカーを身に着けねばならない。ひと目で狂戦士病であることを周りに知らせるためだ。

 これは彼女が世間的に疎まれているという証でもある。これをつけている限り迫害や中傷を受け続ける。


 イリアナはいつも自分は普通ではないと言い聞かせ、人よりも努力しようと勤めてきた。

 だが、いつもその努力を棒に振るのは自分。

 毎度毎度同じ失敗を繰り返す、自制心の無い自分に腹が立った。悔しさで左手に力が入る。


「いたっ……」


 ちくりと左手に痛みが走り、左手をさする。痛みと悔しさで涙も出てきた。

 涙がこぼれたら、もはや泣くのをとめられなかった。

 イリアナの啼泣ていきゅうも街の喧騒にかき消されていた。


 大泣きがすすり泣きに変わるころ、


「もう気が済んだか?」

 

 声をかけられた。

 イリアナはぎょっとした。

 部屋の中を見回す。誰もいない。椅子から立ち上がろうとする。


「いいのよ。気の済むまでなきなさい。気持ちもすっきりするから」


 また別の声がした。窓から身を乗り出す。下は街を行きかう人々。上には誰もいない。


「そっちじゃねぇ。こっちこっち」


 部屋の中から声がする。


 しかし声はすれど、姿は見えず。

 取り乱し窓の外まで見たが、冷静になれば声のする方向はちゃんとわかった。声は、このシーズまで任されてきた箱の方からした。

 箱を狙う、間者の類か。箱を守らねば。

 イリアナは箱を抱え込んだ。


「だれ? 出てきなさい」


 今度は返事が無い。

 にわかにイリアナに緊張が走る。

 すると、抱えた箱がカタカタ音を出しながら揺れ始めた。


 驚き、思わず箱を落としてしまった。


「ウゲぎゃんっ」


 落とした箱から声がした。しかも二種類。

 イリアナは、反射的に箱から飛びのいた。

 もしかしたら魔物かもしれない。左手をかばいつつ、慣れない右手でテーブルの上にあったフォークを手に取る。


 箱は落ちたまま、まったく動かない。

 意を決し、箱に少しずつにじり寄る。イリアナの顔には汗がにじみはじめる。

 箱を手に取ろうとした瞬間、であった。


「何してんだばか者ー!」


 突然箱から二つの物体が飛び出してきた。

 イリアナは悲鳴を上げ、無様にもしりもちをついた。素人丸出しの情けない格好で右手に握ったフォークを前に突き出した。

 二つの物体はすぐに、止まった。イリアナの目の前、白と黒の対照的な球体のようなものが、空中でふわふわと浮いている。


「うわぁぁぁ!」

 

 イリアナはしりもちをついた格好のまま、後退った。テーブルの足に頭をぶつけ、逃げ場が無くなった。


「なにやってんだ? おまえ」


 呆れ顔でそういったのは黒い方。白い方は苦笑いをしている。魔物か、悪霊か、刺客の使い魔か。


「大丈夫。何もしないわよ。今までずっといたのにあなたに何もしてないでしょう?」


 白い方はやさしく諭すように言ったが、イリアナは信じる気になれなかった。混乱と恐怖で動悸が激しくなる。

 自分が首都まで管理を任されていた箱の中から出てきた二匹の生き物。

 この球体に短い羽と手足がついた天使と悪魔をモチーフにした様な姿に見覚えがあった。

 イリアナが小さいころ流行っていたミミズクのぬいぐるみだ。白と黒で番いになっている「オフェルとディフェル」である。どっちがどっちかはよく覚えていない。

 それが動いている。箱の中身はいつの間にか摩り替わっていた可能性がある。

 自分に近づく理由はさほどあるわけではない。


 レオンたちに恨みを持つものが、自分を人質ないし殺害するのが目的。

 もうひとつは、五枚羽の刺客による十年前の口封じ。


 どちらにしろ良い状況ではない。殺されるかもしれない。だが暴走だけは何とかせねばと、冷静になろうと必死だ。だがその表情はさらに強張った。


「だめだこりゃ。完全にすくみあがってる。ねぇ、エル。これじゃ何を話しても信じないんじゃないの?」

「うーん。そうですねぇ」


 黒い方に呆れ顔をされ、白い方はなにやら考え始めた。


「あいつらが帰ってくるまで待つしかないかな」

「けど……」


 白い方はイリアナを見た。

 目の前の少女は、警戒と恐怖で、とてもレオン達が帰ってくるのを待てそうにも無い。取り乱して暴れたり、外に飛び出しでもすれば大事になりかねない。


「やっぱり、説明したほうが良いと思います」

「うーん」と、黒い方が羽で頭を掻き、


「あー、その、なんだ」


 黒い方は、怯え方に少しまずいと思ったのか、とりあえず気を落ち着かせようと話しかけた。

 が、イリアナはかなり緊張した面持ちで、フォークを構えている。

 黒い方が、イリアナを指すように羽を向ける。


「とりあえず、そのセクシーポーズを何とかしろ。説明するにもその格好じゃあなぁ」


 黒い方に呆れ顔で言われ、イリアナは自分の無様な格好に気がついた。

 テーブルの下で、仰向けに肘をつくように倒れ、蟹股に足を開き、寝間着の上着は左の肩口まではだけ、下着の一部が見え、ボトムスも腰から足の付け根までずり落ち、やはり下着が見えてしまっている。どれ程取り乱していたかは、子供で容易にわかるほどである。

 

 イリアナはあわてて衣服を直そうと体を起こす。

 その勢いでテーブルの角に頭をぶつけた。


「あぐぁ!」


 鈍い音と変な悲鳴が部屋に響き渡った。

 鈍痛が頭部に響き渡り、頭を抱えてうずくまる。


「ぎゃはははは。バッカでぇー」

「ちょ、ちょっと、大丈夫? 怪我とかない?」


 黒い方はイリアナを見て、のた打ち回るように大笑い。白い方は半笑いになりながらも心配そうに覗き込む。近寄ろうとしたが、イリアナが警戒しているので遠慮した。

 

 イリアナは顔を真っ赤にして涙目になっている。

 顔を見られたくないのか、うつむき加減にいそいそと衣服の乱れを直す。

 すぐに落ち着きを取り戻し、眼鏡のズレを直した。


 二体のぬいぐるみたちは、落ち着きを取り戻したイリアナを見て、安心した……のも束の間、


「ぷっ、っぷはははは」

「ちょ、ちょっとハヤテさん。笑わないで! あははっ」


 先ほどの間抜けなイリアナの姿を思い出したらしく、再び大笑いした。

 落ち着きを取り戻したイリアナも、さすがに二度も笑われたのは堪えたらしく、恥ずかしさではなく、悲しくて涙目でうつむいた。


「わりぃわりぃ。ここ暫くずっと一緒にいたのに、そんな姿見せたこと無かったから、あんまり感情が表に出ないのかと思ってたよ」

 

 黒い方が申し訳なさそうに言った。


「ごめんなさいね。あまりに、おも……かわいらしかったから、つい……」白い方も謝った。

「とりあえず、椅子に座れよ。これからの話もあるしさ。それに、俺たちが怖いなら武器でも何でも構えとけ」


 黒い方に勧められ、倒れた窓際の椅子を元に戻し、座ることにした。イリアナ自身、驚くくらい素直にこれに従った。

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