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まじめと魔人の冒険奇譚  作者: 春牧大介
第一章 まじめとまじん
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まじめとまじん 1-3

 城砦都市「シーズ」


 連合国家ユヒロムを治める御三家の一人である、セオドア伯爵の拠点都市である。北西にビストイア連峰を臨み、東西にオグン大河が流れる天然の要塞である。

 その歴史は八百年に及ぶ。

 八百年前、邪神と戦っていた大ユヒロム王国の橋頭堡としてたのが始まりとされる。

 邪神との戦いに終止符が打たれると、戦いによってその目的を完全に失う形となった砦は、放棄されるところだったが、その立地に目をつけたのが商人であった初代当主シーズである。

 シーズは四方に広がる街道、外敵から護るに安い天険の二つを備えていた。だが、魔物も多く住み着き危険な土地であったといえる。


 初代当主シーズは、ここに貿易拠点を建設した。

 伝説のあばら屋、『シーズマーケット』の誕生であった。

 手法はいたって簡単。地道なだけであった。

 だが、遠方の物でも適正な価格で売買されるそれらの商品は、顧客を満足させてゆき、シーズマーケットの評判は人から人へと伝わり、やがて商品のみならず人も集まりだした。

 あばら屋は拠点の名前に。

 一つの拠点がひとつの街に。

 一つの街がひとつの都市に発展し、いつのまにか十万人を越える大都市になった。

 そして「シーズに無い物は無い」といわれるほどにまでになった。


 また、傭兵を育てることも盛んな都市で、兵士を育て上げると商人たちに護衛として貸し与えている。傭兵業は都市を代表するカラーのひとつとなった。

 やがて一つ。シーズでは暗黙の了解が出来上がった。


「金による金のための信頼」


 誰が言い出したとも、誰が指示したということもなく、掟でも法律でもない。だが、これを守らねばシーズでは生きていけない。裏切りや詐欺は、シーズにおいては禁忌とされている。

 シーズは、大陸の経済の重要な拠点都市となり、商人としての気風と他都市との信頼関係、強力な経済力が八百年間この地は、「最も邪神の地に近く危険で、最も安全な場所」と称されるようになり、今もまたその名に恥じぬ役割を果たしている。


 シーズを覆う巨大な強大な結界「破邪の大楯」も、得た利益をシーズを利用するすべての人に還元した結果であり、安全で安心して商売をすることをモットーとしてきたシーズに根付いた商魂の象徴である。そしてアプレシア大陸で最も強力な都市結界の一つと知られる。

 イリアナたちが襲われたのが、このシーズ近郊だったのは運がよかったといえる。



 


 炎が唸りを上げて巻き上がる。

 赤、黄、黒の三色の強烈なコントラストを作り出す。

 猛り狂った炎は、その場にあるすべてが憎むかのように、死のカーテンですべてを覆っていく。

 森が燃えている。木々や土、石、いや、森だけではない人工物も焼けている。馬車や荷物、そして人。

 何かが焦げる鼻をつく嫌なにおいと、とどまるところを知らない炎の中、小さな人影がそこにあった。


 年端も行かぬ少女であった。膝を地面に着きすすり泣く。轟々と燃え上がる炎によってかき消されそうなほど、か細く力ない。

 少女の足元には、同じような少年と少女の亡骸。友達だったのだろうか。体の一部は欠損し、焼け焦げ、苦痛にゆがめたその顔は、生きている少女に助けを求めているかのようにも見える。

 いや、少年少女の亡骸だけにとどまらず、老若男女の亡骸が瓦礫と炎に包まれいたるところに横たわっている。原形を留めぬものから、炭と化しているもの。生きている者は見当たらない。

 傭兵団か旅団か。焼け焦げ破れた団旗や馬車、生活用品などがそれを物語っていた。それらすべてを灰と炭に変えていく。

 胃袋を逆なでする刺激臭。炎の熱気で、肌が焼けるように痛い。息も苦しい。呼びかけに答えるものはいない。


 死体、炎、焼け焦げた荷物。炎、死体、死体。

 孤独と熱気が、ただただ少女を絶望で包んでいた。


 少女は泣きながら、よたよたと、炎と焦げ臭い死体の中を彷徨さまよう。口からこぼれ出る言葉は、人の名だった。母を、友人を、共に旅してきた仲間を。このままでは、いずれ横たわる彼らと同じ運命をたどる。絶望の中でも、何かにすがろうと歩きだしたのは生存本能のなせる業か。


 遠くでかすかに何かの声が聞こえた。

 そして金属音。

 幼い少女に宿るかすかな希望。音の鳴る方へ、走り出す。瓦礫に足を取られ転んでも、炎にあおられても、瓦礫で肌を切られても走った。

 誰かいる。

 

 そして――


 炎と瓦礫をぬけて出た先、そこには人影があった。

 その人影の後ろで炎が燃え盛り、逆光で陰になり誰なのか識別はできない。それどころか、その人影には羽のようなものが何枚か、生えているようだった。

 少女の仲間にそのような鎧を身につけたものは居ない。それに仲間の誰よりも体が大きいようだ。


 恐る恐る近寄っていく。人影から、何かを砕くような音がする。

 何かを食べているようにも見える。人影がこちらに気づき、振り向く。

 

 振り向いたその人影は、生きたままの母をむさぼり食う、5つの羽を生やしたした化物であった。




 イリアナは目を覚ました。

 開けられた窓から入る初夏の暖かな日差しが、そよ風とともにイリアナの頬をやさしくなでる。


「またあの夢……」


 目に浮かんだ涙を、寝間着の袖口で拭う。暴走したあとはいつもこの夢を見る。この夢ばかりは何度見ても慣れるものではない。

 小さいころの記憶である。


 イリアナの母親は傭兵団を運営していた。百人あまりの規模の大きな傭兵団で、魔物などの討伐を主に仕事としていた。

 母親とその仲間たちは、イリアナにとって家族だった。

 だが、ある日、化け物に襲われ傭兵団は全滅。買い出しに出ていたイリアナとレオンとカーチャだけが生き残ったのだった。あとは夢と同じである。禍々しくもおぞましい体に5つの羽を生やした魔物が、母を食う姿。

 この出来事は、今に至るまでの十年間の、そしてこれから先イリアナの生きている意味であり、ある意味支えであった。


 復讐を果たすというためだけに生きている。


 ベッドから起き上がると、ナイトテーブルの上においてある眼鏡を手に取り、掛けた。そのまま窓際の椅子に腰掛け、怪我をしなかった右手で頬杖をつき、外をぼーっと眺める。


 宿の三階から眺める景色。

 この宿は大通りと広場に面し、見晴らしがいい。街の景観は大体三階建ての建物で統一されている。赤作りのレンガの建物しかない。デザインも大体統一されている。似たような建物がひしめいており、入り組んでいる。

 また大通り以外の道幅は、広くても四、五人がすれ違うことが出来る程度である。市場以外の住宅街などは大体この程度に統一されている。道幅が狭く、似たような建物が多いのは、戦争時、敵に侵入された際に敵の進行を妨げるためであるとレオンから聞いた。


 部屋の中から鐘のなる音がした。

 壁掛け時計だ。

 針は午前11時。もう朝とはいえぬほど日が高く上っている。朝市のにぎわいも、とうに落ち着いている。

 街中を行き交う人は、農家から馬車、技術職や商人などへと移り変わっている。朝の活気が無くなり人通りが減ったとはいえ、それでも十分すぎるほどの人でごった返している。


 シーズ付近は山間部であるため標高が高い。夏になれば日差しも強くなるものの、気温は真夏でも30℃を超えることはほとんど無い。

 また湿度も低く、商品が傷みにくいので商人の中にもここを拠点にする者が多く、また、一部の裕福層の避暑地としても有名だ。

 そんな街の様子をただ眺める。


 イリアナの膝の上には先日痛めた左手。巻かれた包帯が痛々しい。


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