5話 私服という装備
「お疲れさま。」
「おう、ありがとう。」
紫苑の差し出す紅茶を飲む。
紅茶やほかの食材も全てこの砦になぜか置いてあったものだ。
「にしても、すごい無双っぷりだったねぇ。」
「まぁな。下級ゴブリンくらいならな。」
「でも、一番強いのは二撃だったんでしょ?」
「そうだ。一撃じゃ倒しきれなかった。」
「装備、最強に戻したらぁ?」
「あれか?恰好がいまいち最強って感じしないんだよなぁ。」
「だって、普通の服と変わんないもんねぇ。」
もともと、このゲームでプレイしていた時、鎧が一時期いやになった時期があった。
もっと言うと、たまにはゲーム内で普通に暮らしてみたいという発想の産物。
そこそこ、有名なデザイナーに服をデザインしてもらい、それをゲーム内最強クラスのステータスと付与効果を与えたもの。
それが、所謂隠し装備として存在している。
実際、その装備を持っているのは多くない。というより、凜雅たちを除けば片手で数えられる人数だ。
故に、噂すら広まらず、伝説どころか、誰も知らないという現状だ。
「あれ着てると現実の自分に戻っちゃうというか、雑魚感が半端ねーんだよな。」
「でも実際は、すごい装備じゃん。」
「まぁな。なんせ、このハルシャレインの八華を倒すことで手に入るんだからな。」
ハルシャレインの外壁を二つ超えた先には、各階層の八華。
八華単体で、国家級の戦力を持つ上に、大概の八華は、子分を使う。
その難関を潜り抜け、倒した者に与えられる最強装備。
「が、普通の服ってどうよ。」
「いいじゃん。おしゃれだし。」
「だけどな。まぁいいや。着替えるか。」
「うんうん!それがいいよぉ!」
「エクイプメント:エレボスオリジナル」
詠唱によるコマンド操作。
もうだいぶ慣れてきた。
少し怖い感じの雰囲気に包まれた少年が現れた。
耳には、ピアス。
上半身はかなり大きめの深い紫のロングパーカー。
下には、黒の七分丈のパンツ。
靴は、藍色のスニーカー。
「やっぱ、そっちの方がいいじゃん。」
「そうかな?やっぱいまいちなんだよな。」
―――ぎぃぃぃ―――
凜雅の寝室の扉が開く。
「あれ、凜雅着替えたの?」
そういって入ってきたのは、咲渦と、礼渦だった。
「あ、エレボス装備。」
「どうだ?久しぶりだろ。」
「そうだね。凜兄あんまそれ着ないから。」
「そういうお前らもあんま着ないじゃんかよ、オリジナル。」
いま、ゲーマスの全員がオリジナル装備を外している。
理由は、一つ。
それは、超古株以外にとっては、この装備は未知のもので、疑いがかかる可能性があったからだ。
「よし!明日のウェタンデ会議は全員オリジナル装備で出ること。」
「え!?」
「大丈夫。明日来るやつらは全員、信頼しているやつらだ。」
「でもぉ。まずいんじゃ。」
「そんなこたぁねーよ。」
明日集まる元むき身の連中は全員超古株。
そのうえ、口は堅いと来ている。
「そういうことだから、心にも言っといてくれ、楓。」
「はい、では。」
「ところで、スティーブ。例の原因分かったか?」
「はい。おおよそは。」
「ほんとうか!で、どうだった?」
「推測の部分が多いのですが、まとめて言いますと、モンスターたちの異常魔力増大です。」
「異常魔力増大?」
この場にいた全員が?だった。
「心様によりますと、経験値というものがなくなったことによって、獲得したあらゆるものが蓄積されているのでは。とのことでした。」
「つーまりー、どゆこと?」
「つまりは、村を襲ったりして村人を殺すことによって、モンスターも経験値を得て、強くなり、ボス格になるというシステムでした。」
「そうだったな。」
「しかし、村人を襲っても殺しても、経験値というものが存在しなくなったいま、経験値だった存在はどこへいくのか。それが、魔力や筋力といった、ステータスとのことです。」
「つまり、俺たちの知らん間に村が襲われ、ゴブリンが強くなり、集団魔力がハルシャレインの結界を探知できるまでになったと。」
「はい。しかし、心様いわく、村を二つ三つ潰したところで、あれほどにはならないと。」
「てことはだ。誰かが死んだわけだ。プレイヤーの誰かが。」
「はい。それも相当高レベルのプレイヤーがです。」
これは、最悪の事態に近い状態だ。
「高位プレイヤーがどういう経緯で殺されたかは分からない。が、なんにせよ、さっきまでの余裕はなくなったわけだ。」
「そうなるわねぇ。」
「高レベルプレイヤーがぼくたちのように強かったらの話だけどね。」
「あら。」
心がすっと入ってきた。
「どういう意味だ?」
「混乱していたプレイヤーや、非戦闘員だった場合の事だよ。」
「あぁ。なにも強いだけが高位というわけではなかったな。」
「うん。だけど、最悪の場合の事は考えておくべきだよ。」
「最悪?」
「うん。例えば」
其の一、高レベル前線戦闘員が実力で負けた場合。
これは、純粋にモンスターが強いということを示す。
つまり、あの下級ゴブリンを率いて戦い、ゴブリン共のステータスを上げるという、知恵を持った奴と、それを実行する力を持つ奴がいるということ。
其の二、プレイヤー側に、モンスターに与するやつがいる場合。
これは、簡単には見つけられない。
つまり、早急な解決が望まれない以上、まだまだ犠牲は出るということ。
「其の二の方がやばいな。」
「そうだねぇ。」
「其の二だった場合、この閉じ込められた現象と関連がある可能性が高い。」
「其の三もあるよ。」
其の三、其の一、其の二両方だった場合。
これこそ、最悪だ。
モンスター側に与し、さらには、知恵と力を持ったモンスターが存在するというのは非常に厄介。
「確かにな。」
「だけど、このどれもがぼくたちに危険であるかどうかは分からない。」
「つまり、モンスターが一般プレイヤーにとって危険であっても俺たちレベルであれば、問題ないと。」
「うん。その通り。だけど、油断は禁物。」
「そうだな。とりあえず、このことは霧心と錬斗には伝えとくか。」
「そうするべきだね。」
「じゃ、とりあえず、寝るか。」
「うん!おやすみぃ。」
強モンスター、裏切者、あるいは両方。
最悪の事態だけは避けねば…。