閑話:その頃の勇者たち《下》
「おい、和也!みんなを起こせ。あそこに魔族がいた」
神野は、拠点まで走って戻り、石井に向かって叫ぶ。魔族は神野をただの一般人だと思っているせいもあり、そこまで速度を出して追いかけてきていないので、まだ結構遠くにいる。
「なっ⁉︎わ、わかった。何人いた?」
「3人だ。もしかしたら、他にもいるかもしれない」
「わかった。おい、みんな起きてくれ!魔族だ」
石井は、休んでいるアレクたちを起こし、情報を伝える。
「本当か?やはり、見たという情報は確かだったようだな。おい、皆早く戦闘準備をしろ。何があるかわからん。注意しておけ」
アレクは、皆を急かして戦闘に備える。
「あらら、結構いるじゃねぇか」
少しして、魔族が神野に追いつく。
「シャンディネ、安井、やれ!」
「『光よ、線となりて、我が敵を射ぬけ。ホーリーレイ』」
「『精霊よ、光を矢とし敵を射よ。スピリットアロー』」
二人は、光の光線と槍を放つ。
ただし、シャンディネは魔法ではなく”精霊魔法”である。”精霊魔法”とは、世界に充満する魔力が意志を持ち、生物として姿を表したもの。その発生地点は精霊大陸のみなので、会うことは滅多になく、精霊は気まぐれなので契約をするのも珍しい。だが、精霊と契約を交わすことで、精霊が魔法を補助し、世界の魔力への干渉がより強くなる。それゆえに、普通の魔法より威力が高い魔法を使うことができる。
「おっと、危ないな。さてと、人が…1,2,3,4,5,6…7人か。これは引くべきだな」
魔族は、人数的にも不利だと判断し、即座に逃げ出す。
だが、
「アレク、追うのか?」
「ああ、お前の話では、何かの準備をしている可能性が高い。今のうちにそれを阻止する」
「でも、相手は魔族なんだろ?大丈夫なのか?」
「いや、一応俺らも一度魔族と戦って、勝ってる。その時は1体だったけど、今は能力もあるし、いけると思う」
「そうだね。私たちは前よりも強くなってるんだよ。大丈夫、大丈夫」
そう言い、神野たちは魔族の後を追う。
魔族は、追われていることに気づき、さっき追いかけてきた時より、何倍も早く走っている。だが、今の神野たちの能力値は魔族より高い。しばらくすれば、追いつくであろう。
「くそ…足止めしないとまずいな。『闇よ、我が意志に従え。シャドーランス』」
魔族は後ろに向けて数本の闇の槍を放つ。が、難なく神野たちはそれを躱す。
「どうやら、逃げ切るのがギリギリのようだな。拓巳、出来るか?」
「いや、この距離じゃ辛い。それに時間がかかるから、当てるより先に合流されると思う」
「そうか、なら、合流されてからでいい。今から準備しておけ」
「了解」
神野は、背負っている大剣に魔力を纏わせ、そのままの状態で魔法を発動する。つまり、エンチャントだ。だが、この世界のそれは簡単にはいかない。魔力を安定させるまで保たなければ、すぐに魔力が散ってしまい、成功しない。
だが、成功すればエンチャントした魔法を纏った武器が出来上がる上に、今の神野の能力値で大剣を振り下ろすのだ。かなりの威力を待つ一撃となる。
「おい、まずいぞ。結構いやがった」
魔族は残りの2人と合流する。が、その直後に神野たちも追いつく。そして、
「おりゃあぁぁ!」
神野は魔族の1人に大剣を振り下ろし、追いかけていた魔族が剣にあたり、粉々になって飛び散った。
「よし、まずは1体だ」
その様子を見た魔族は、
「まずいな…おい、座標の設置はできたのか?」
「ああ、もう済んでる」
「なら、早く起動しろ。このままじゃ、俺らがやられるぞ」
「わかってる。今やるところだ。『闇の扉よ、我らが主の意志の声を聞け。イービルゲート』」
魔族の1人が呪文を唱えた直後に、そこに突然真っ黒い穴が開き、そこからゴブリンやオークなどの魔物が湧き出す。
「よし、出来たなら、早く逃げるぞ」
「わかってる」
魔物が湧く穴を作り出した直後、魔族はその場から逃げ出す。
「おい、逃げたぜ。どうすんだよ?」
「俺と和也と安井で追いかける。お前らは、ここを抑えていてくれ」
「わかった。拓巳、そちらは任せる。こちらは俺がどうにかする」
「ああ、頼んだ。行くぞ!」
神野たちはアレクたちにその場を任せ、魔族を追いかける。
「おい、奴ら俺らを追いかけてきてるぞ!どうする?」
「このままでは、逃げ切れそうにないな…抗戦する」
魔族たちは立ち止まり、神野たちを迎え撃つために構えた。そして、神野たちはそれに追いつく。
神野は魔族に斬りかかり、石井は安井を守りながら前へ出て、安井は神野と石井を援護し、魔族との戦闘を開始する…
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「はぁ、はぁ…前よりは楽に倒せたな」
それから、30分少々。神野たちは魔族2体を倒した。
「急いで、アレクさんたちを助けに行かないと。あの穴がどうなったのか、俺らにはわかんないし、何かあるかもしれない」
「そうだな。急ごう」
神野たちはアレクたちのいる、魔族が作った穴に向かって走り出す。
その頃、
「くそ、どんだけ出てくるんだよ…」
「…でも、先ほどから穴が小さくなっています。もう少しの辛抱でしょう」
アレクたちは、穴から出てくる魔物を倒すのに手こずっていた。始めに比べると、出てきていた穴が小さくはなっていたが、代わりに出てきている魔物のランクが上がっていた。始めはゴブリン程度であったのが、今ではワイバーン数体が出てきている。
「おそらく、拓巳たちももう少しでこちらに来るだろう。それまで耐えろ」
もうすでに、シャンディネは魔力が尽きかけ、アレクとジャンクは体力が限界に近く、ソフィに至っては魔力が限界に近づき、今や杖で魔物と戦っている。
それもそのはず。魔物は穴から絶え間なく出続け、もうすでに200以上をアレクたちは倒している。しかもその内の半分程度はCランク以上の魔物だ。もう、限界が来ていてもおかしくはないのだった。
「『水よ、我が敵を押し流せ。ウォーターウェーブ』」
安井の魔法で群がっていた魔物が押し流される。
それからしばらくし、神野たちが到着した。その時にはすでに皆限界を迎え、魔物と渡り合っているのも不思議なくらいだった。
「大丈夫か!」
神野は今にも倒れそうになっていた、ソフィに駆け寄り、石井と安井もアレクとシャンディネに駆け寄る。
ジャンクは、一番気力が残っていたため放置された。
「そちらは終わったのですか?」
「ああ、大丈夫だ。それより、こっちの今の状況はどうなんだ?」
「あの穴から魔物が呼び出されているようです。少しずつ小さくなっているので、数十分もすれば消えると思います」
「わかった。残りは俺らでどうにかする。お前らは休んでいてくれ」
神野は疲労しきっているアレクたちを魔物の湧いている穴から遠ざけて、未だ増え続けている魔物に向かって走り出す…
「はぁはぁはぁ…どうにかなったな」
神野たちはその場に倒れこんだ。
あれから25分程が経ち、ようやく魔物が増えることはなくなった。神野たちも魔族との戦いで魔力もほとんどなく、体力的にも限界ではあったが、どうにか全てを倒しきった…はずだった。
「グギャァァァ!」
「拓巳!危ない!」
まだ残っていたハイオーク1体が棍棒を振り上げ、神野に向かって飛びかかってきた。神野は突然のことに身動きが取れず、体力も残っていなかったためその重たい大剣を盾にすることもできない。
グチャ…
「ぐっ…」
「え…ア、アレク!」
近くにいたアレクが、神野をその場から両手で押しのけていた。だが、そのうちの右腕はハイオークの棍棒によって、潰されていた。
「グギャァァァ!」
再び、ハイオークが棍棒を振り下ろす…が、
「『精霊よ、風邪を刃に敵を斬り裂け。ウィンドカッター』」
それは、シャンディネの魔法にハイオークが殺されたことによって防がれた。
ハイオークは、そのまま後ろへと倒れこんだ。そして、安井やソフィなど、動けるものたちはアレクに向かって駆け寄った。
「お、おい!アレク!み、右腕が…」
「だ、大丈夫だ。とりあえず、安井治療を頼めるか?」
「はい。で、でも…」
「右手は斬り落とせ。治癒魔法じゃ、この傷は癒せない」
「でも…」
「おい、和也。俺の剣を取ってくれ」
「え、ああ。剣なんてどうする…って、おい!」
アレクは、渋る安井と抑えようとした石井を無視し、自ら右腕を切り落とした。
「これでいい。安井頼む」
「うぅ…はい。『神よ。我が友を癒したまえ。キュアー』」
血が流れていたアレクの腕の血は止まり、腕があった場所には腕の付け根だけが残る。
治癒魔法は修復する魔法だ。つまり、再生ではない。治癒魔法で可能なのは、傷を癒すのと病気などを和らげること。だから、原型を止めていない腕を元に戻すのは無理だった。
アレクの腕はすでにグチャグチャになっていて、そのまま治癒をかけるとその形のままで修復されてしまい、腕はもはや邪魔物以外の何物でもなくなる。だから、アレクは躊躇いもせずに自らの腕を切り落とした。
「アレク…俺がもっと…」
「いい、気にするな。たかが腕一本で勇者が救えたんだ。悪くない」
「だが、俺が最後まで気を抜かなかったら…アレクは…」
「やめろ。自分を責めるな。後悔するなら次に活かせ。いいか?」
「ああ、それはわかってる。わかってるんだよ。だけど、また俺のせいで…」
神野は後悔の表情を浮かべる。
「また?どういうことなの、拓巳くん」
「いや、なんでもない。これは俺の問題だ。気にしないでくれ」
神野が思ったのは、他でもない新のことだった。神野は、新が変わったのは自分のせいだと思っている。実際はそういうわけではないのだが、それでも神野は自分を責めていた。そして、また自分のせいで誰かが傷ついた、と。
「で、でも…」
「いや、拓巳がそう言うんだ。聞かないでおこう」
「悪いな…」
「さて、早く魔石を取り出しに行け。この状況でアンデットの相手をするのは無理だ」
「ああ、わかった。アレクは休んでいてくれ」
「ああ、さすがに血が足りなくてまだ動けん」
神野たちはアレクを休ませ、魔石の回収を急ぐ。
アンデットとは、死んだ魔物から魔石を取り出さないとこで起こる、二次災害のようなものだ。
新の”眷属生成”でもあるように、魔物は魔力と核になるものがあれば生まれてくる。なので、死んだばかりの魔物は魂が世界に吸収されきっていないので、魔石を核に魂の残骸を吸収し”アンデット”として新しい魔物になる。いわゆる”ゾンビ”だとか”スケルトン”なんて呼ばれる奴だ。だが、肉体は新しく作られるのではなく、死んだ時の状態のままなので、肉体はいくら破壊されても死ぬことはなく、魔石を破壊しなくてはいけないので普通の魔物より数段厄介である。
ちなみに、回収した魔石からは魔物が発生しない。主な原因としては、魔物はかなり濃密な魔力を魔石に与えないと肉体が作ることはできなくて、それも魔力にして約10000以上は必要だ。なので、魔力より上位の魂の残骸である”魂力”や”神力”などがたまっている場所ではない限り、魔物は生まれることはない。
そうして、神野たちはより一層決意を固めた。神野は”また自分のせいで、誰かを傷つけまい”と。石井は自らの力のなさを。安井は仲間を助けられるほどの力を…




