13-2.久しぶりに痛い
そもそも、適当にやってどうにかなるような問題じゃない。
まぁ、だからこんな痛い目見てまで手の込んだことをしてるわけだけどさ。
「いいか〜い?ここが正念場ってやつだよ?ここでミスれば僕らの命は…まぁ、あるけど、ちょっと表を堂々と歩けないような生活になることに違いはないだろうね」
「ご主人様、私はもとより外を出歩いていませんがぁ?」
「それは単なる引きこもり。まぁ、そんなことだからみんなで頑張ろう〜!」
「…いや、頑張ってるのは実際ほとんど俺なんですけどね」
「そういうのはわかってても言わないものだよ〜、凛夜」
「うーっす」
僕らは鏡森家の一室にいた。
お茶を飲みながら、ただ談笑しているようにしか見えない状態で。
「ていうか望乃は〜?」
「今、フランスですねぇ…これは、今日中に帰ってこれなさそうですよ?」
「姉ちゃんを派遣したの新兄じゃあないですか」
「うん。だからまだ帰ってないのかなぁ〜って思ってさ」
まぁ、帰ってないんだったらそれはそれで都合がいいからいいんだけどね。直に本部付近の状況も探れるし、いざという時に動いてももらえる。一石二鳥というやつだよ。
包帯に覆われたこめかみの辺りを掻き、お茶をすする。
「…痒いのであれば取ってはいかがですかな?」
「いやぁ、痒いわけじゃないんだよね〜。なんか普段してないものがあると気になるじゃん?」
「まぁ、確かにそうですねぇ…そう言われればなんとも言えないじゃあないですか」
包帯の裏の瞳が瞬きをする。
そのせいで包帯が蠢き、いかにも化け物といった様子に見えるだろうね。
「…まぁ、姉ちゃんはいなくてよかったんじゃないですか?」
「ああ見えてグロいのキモいのはダメな方でしたしねぇ…」
「ねぇ、遠回しに僕に喧嘩売ってる?」
「いえ〜、直接売ってますよぉ〜」
「ひどいなぁ。僕だって好きでこんなに目を生やしてるわけじゃないんだよ〜?しかもこれ結構痛いし」
目がじくじくと痛む。
代わりに映る視界は数十にも渡り、各地で僕の代わりの使い魔とは到底呼べない瞳だけの化け物があちらこちらで仕事をしている。
まぁ、何時ぞやの戦争の時のアレとはちょっと趣向を変えたものだね。あれは、術者の瞳を潰す代わりに外部に視界を作る呪術の一種。目一つに対して視界一つだから、あの時は僕の目の中に数十の目を強引に作ってやったから死ぬほど痛い目を見たわけだけど。
「でしたら別の方法をとればよかったのですよ…」
「俺も同感ですわ」
「いや〜、この方法が一番手軽じゃん?」
「…それを手軽というなら大概のことは手軽ですねぇ〜」
で、今回は外部に作った目と実際の目をつなぐ魔術。
だから、今の僕の目には小さな眼球が大量にくっつき、一種のホラー状態になってる。自分でもてもそれなりに気持ち悪いと思うくらいだし、結構化け物だよね。普通に怖い。
まぁ、それを外部に作った目…正確には目だけのクローンに擬似的な魂を与えて操作可能にしたものと視界をつないでいるのが現状だ。
まぁ、自分で見えてるものじゃないものが見えるわけだし、そりゃ気持ち悪くも頭が痛くもなるよね。そんな状態が今。
「まぁ、移植っていうよりちょっと手間のかかった増殖だから面倒じゃなかったよ?」
「一体何をしたんですか…」
「え?あ、聞きたい?」
「遠慮します!全力を期して聞かないですからね!俺は嫌ですよ!」
「あ、そう?」
まぁ、何をしたのかといえば体を交換したのだ。
…この言い方だと語弊があるね。正確にはもとよりそういう生物だったということに体を構成し直した。どういうことかといえば玄丸の魔術の同類だよ。ただ、ちょっと体の構造を変えるだけ。その度に体が崩れて劣化してくわけだけど、まぁ、この体はただの依り代だし?実験として他のバージョンもすでに体に刻んだからもう今更だし。というか、これが終わったら早々に死にそうな感じがするくらいなレベルのまで刻んでおいたから有能な兵器にしか感じられなくなったよね!
「まぁ、聞きたくないって言われてもいうけど」
「いやいや⁉︎言わないでくださいよ!」
「え?だってただの刺青だよ?」
「…へ?」
「いや、あ…見せればいっか。ほら」
僕はシャツをめくり、二の腕を見せる。
そこには瞳の模様を抱えた天使の陣があった。
…要するに、いつもの紋章だ。他にもいくつかあるけど、まぁ見せないでおこうか。
「天使…みたいですねぇ」
「ですね?」
「これはね〜、自分の身体を作り変えるものなのだよ。これには目が書いてあるでしょ?だから目に関する変身をするよ」
「それって計良のとこの…」
「うん。あれに近いね。構造的にはあっちは魂への書き込み、こっちは身体への情報移植って感じかな」
「それは何が違うのでしょうか?」
「ふむ…あっちは、魂に別種族の情報を混ぜて肉体を再構築させる魔術。要するにミスを自動修正させることで身体を作り替えてるんだよ」
「へぇ、初めて知りましたよ」
「では、ご主人様のは何が違うのでしょうか?」
「僕のこれはね、肉体の構成を強引に置き換えて別種族になるっていう魔法。身体リスクが大きい分効力はいいよ。何しろ本来ありえない状態だから元に戻ろうとすると勝手に戻るし」
「…俺には難しい話みたいなので諦めますわ」
「どうやら私にも難しい話のようですねぇ…」
「ははは〜。ま、頑張って」
この魔法は元々の身体に作りたいものを植え込むことで別種族になる魔法。
あっちが全身を自動で別種族化するのに対して、こっちは局所的。対象にしか作用せず、例えば今のように目の部分だけを置き換えることで多眼の別種族になってはいるが身体的にはただの人だったりする。
まぁ、言うなれば着せ替え人形に近いんじゃないかな。
自分の欲しいものを着せることで好きな格好にできる。
まぁ、代わりにするたんびに身体は疲弊し劣化するわけだけどさ。これはちょっと反動が大きいんだよね。
「で、お猿ちゃんたちの様子はどう?」
「お、お猿ちゃん…」
「可愛いよね〜。いっつも凛夜の肩の上でさ、愛らしく座ってるんだよ?」
「ふむ。確かに可愛いですねぇ。私の鳩たちには劣りますが」
愕然とした様子の凛夜は少ししてからため息をついて諦めたかのように言葉を返す。
「もうそういうことでいいですよ…というか見えてるんですよね」
「いや〜?」
「はぁ?」
「いや、僕が見てるのは上空と本部。そういう細々としたところはよく見えないんだよ」
「ああ、なるほど…一応、問題はなさそうですよ。順調に人員を配置して指示を待ってるところが大半ですね」
「ふ〜ん…じゃあ、こっちの指示次第かなぁ」
僕は司令塔と思わしき魔術師たちの視点に意識をさく。
離反者たちは割とすぐに僕の教えた事実に反応した。まぁ、自分たちが協会の考えに共感できずに離反したのに、それを利用して自分が都合のいいように使われてるだなんて知って放置するのも変な話だから当然だとは思うんだけど。
で、何があったかといえば離反者たちは内部で裏切り者探しをしたんだよね。その裏切り者を炙り出して、拷問して、色々と聞き出して、自分たちの現状を把握した。
「ご主人様の指示ですか?」
「いや?今回僕は基本的に見るだけにとどまるよ」
「おや…?協力するのではないのですか」
「そんなことしたら僕の居所がバレるじゃん。せっかくうまくいって僕なしでも事態を動かせそうなんだからさ」
「なるほど。それもそうですね」
「お茶いりますかー?」
「あ、ちょうだ〜い」
「私もお願いしましょう」
その後、彼らと僕は数回会ってはいるが、具体的に何という話はしていない。教えてくれたのはありがたいが、それもどうせ僕の事情によるものだと思われてるし…まぁ事実だし、そもそも協会側の魔術師だからね。
だから、僕が彼らと話したのは数点だ。
裏切り者の目的と思われること、協会の重鎮が関わってること、僕は自分の周辺の被害をどうにかしたいと思ってること、その他いくつかの意見交換。
大したことは話していない。
ただ、彼らは僕が監視するということに理解を示してくれたし、事情次第ではこちらへの協力もしてくれるとのことだ。まぁ、恩を仇で返したいとは思ってないみたいだよ。
だから、今回僕は監視にとどまる。一応、問題があれば今の時代便利なスマホというものがあるし、連絡は取れるようにしてる。ま、こっちに被害が及ばない限りは連絡しないだろうけどね。
「でもいいんですか?俺らって、ほら、一応この騒ぎを収束するためにやってるじゃないですか」
「うん?」
「だから、戦いを促すようなことしちゃっていいんですか?って話ですよ」
「あ〜。いいんじゃないの?むしろこの辺でやっとかないとそれこそ総力戦になりかねないし、程よいところで妨害する手段くらいは準備してるし」
「あ、そうだったんですか…いや、それなら俺らにも何かしら言ってくださいよ…」
「ははは〜。忘れてた」
今回の目的はあくまでも離反者との抗争の収束。
向こうにも言い分があり、こちらにも言い分はある。だけど、それを邪な目的に利用するのは違うでしょ?って話なのだ。
今回のこれで多少無駄な抗争の回数は減るだろうし、むしろ場合によってはこっちに戻りたいと思う人だっているかもしれない。まぁ、逆も然りだけど。
「で、それはなんなんですか?」
「人工降雨装置のようなものかな〜」
「…それが一体何になるんです?俺らみたいなのからすればむしろ雨って補助にしかなんないんですけど」
「うん。それが普通程度の雨だったらね」
「………いやいやいや!環境破壊でもするつもりですか⁉︎というかそれこそ協会にバレたら一大事なやつですよ!」
隠密行動に雨は助けになる場合は多い。
だが、それも度を越えればただの災害だ。突風と豪雨の中では隠密行動も何もない。まぁ、そんなことをすれば明らかに不自然にしかならないからすでに準備はしてるんだよ。数日くらい前からさ。
「まぁ、準備は周到にやってるから大丈夫だよ〜」
「ご主人様が手を抜くことがあるわけないでしょうに」
「いやいや、そういう話じゃないですからねー?そもそもそんなことがあったら異常気象ってことで問題が…ああ、そうですか。そこまで考えての準備なんですね。もう俺には新兄が何者なのかわからなくなってきましたよ。ええ」
「ははは〜。まぁ、そういうこと」
まぁ、今回のことできっと主犯の三家は焦るだろうね。何せ、今まではごまかしごまかし行えてきたことだって、もうごまかす方法がなくなるんだから。
だから、今回の件が僕が原因だと悟られてはならない。離反者の思考誘導も作戦の補助という名の誘導も僕が関与したことがバレないように努めてきた。まぁ、記憶の読み取りだとかそういうようなことされれば一瞬で協会にバレるけどね。
あとはもう待つだけ。この結果でどう動くか。それが問題だ。
「さぁて、もうそろそろ動くみたいだね〜」
「ですね」
「私の鳩の仕事がないのが残念ですよ」
僕の今回の目的は離反者との抗争の収束ともう一つある。三家の邪魔だ。
あそこが手下たちを一気に失ったらどうするのか?多分、これ以上の損失をする前に一気に終わらせようとしてくるだろう。今までしてこなかった強引な手段もありうる。
僕はそれに備えなければならない。
…本来、こんな手段は取りたくなかったんだけど、この手段が一番僕の関与がバレにくいのだ。何しろ三家が勝手にやってることに巻き込まれる形になるからね。
「いや、仕事はあるよ」
「あれれ。今回私は何も言われてませんが?」
「死体回収後は任せるから」
「…なるほど。今のうちに手ごまを増やすのですね」
「一応、僕が直接関わった人たちが捕まるとまずいからね〜。ちょっと向こうに肩入れはするよ」
僕は微笑み、包帯の動きに二人がゾッとしたような表情を返すのであった。
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