12-2.訓練しておくのは
いっちゃんには悪いことをしたなぁと思う。
「さぁ、いっちゃん。とりあえず、今日は2時間鬼ごっこしようか〜?」
「ふ、ふ…」
「ふ?」
「ふっざけんなー!」
「ふざけてなんかいないよ〜」
特訓という名の僕のお遊びを兼ねたいっちゃんの教育が始まりはや数日。
僕でいいって言われたから、僕にとって普通程度の訓練を始めた。うん、僕は悪くない。
「なんで銃なんか持ってんだよ!ここ日本だろ!」
「ほら、警察とかも持ってるじゃん?あれと同じ型だし?問題はないでしょ?」
「あるに決まってる!銃刀法違反だろ!」
「え〜…あ、でもほら、僕は使ってないし?今まで1回も撃ったことないよ?」
「使える時点でアウトだ!」
僕にとっての普通は大半の人において異常とみられることが多い。
…まぁ、自覚はあるんだよ?ただ、気にも留めないっていうだけでさ。それを何も説明せずにいっちゃんに選択を迫ったのはちょっとひどかったかなぁ、と今は思ってるね。
もう遅いんだけど。
「でも命の危機を感じるのはこれが多分一番楽でしょ〜?嫌なら早く魔力を見えるようになってよ〜」
「そんな無茶苦茶な…」
強引な手段だ。
今まで、いっちゃんは魔力に触れたことも見たこともない。だから、精神的に追い込んで魔力を味わってもらうことにした。
ちなみに、こんな方法を取っても魔力なんて見えるようになんかならないよ?魔力を見るためにはちゃんとした陣を描いたりしないといけないしね。
じゃあなんでこんなことをしてるのかといえば、自力で魔力を感じ取ってもらうためだ。魔力は見ることはできなくとも感じるということは可能。事実、僕は弾丸は1発も撃ってないけど、魔力弾は結構な数を撃っている。あ、ついでに言えば魔力弾なんてものはこっちの世界の人間は撃てないよ。まぁ、向こうの世界でもだけどね。そんなもの撃ったらすぐに霧散しちゃうから、よほど濃度の高い魔力が撃てないと意味ないしね。
「ほら〜。はやく〜」
「いや、そもそもこの状態でどう見ろって言うんだ…俺は新兄から逃げてるだけだろ。弾丸も飛んでこないし、身の危険も感じない」
実際、魔力を感じるだけなら僕が直接いっちゃんに魔力を送り込んであげればいい。よくあるラノベのように他人の魔力を感じられれば自分の中の魔力を…なんてことは一切ない。魔力は一人一人違うし、血液のように別の人のものを入れられるとひどい拒絶反応を起こすことだってあるのだから。
まぁ、僕には関係ないんだけど。
それでもその方法は使わないね。いっちゃんが自分で気がつくということが重要なのだ。一度他人の魔力を感じることができるようになれば、普段から気がつくことができるようになる。さっき言った方法じゃ、それとは別に周囲のある魔力を感じる訓練もしないといけない。あれは自分の魔力しかわからないからね。他人の魔力を感じる訓練にはこれが一番都合がいい。
それに逃げるいい練習にもなるしね。いくら銃弾を撃たないからって、僕から逃げることには変わりなんだし。だって捕まれば罰ゲームだから。
「じゃあ頑張って僕が追いかけてもいい?」
「勘弁してくれ」
「それじゃあ、仕方ないよね。早く魔力を見つけておくれ〜」
冗談じみた言い方に、いっちゃんは即座に拒否した。
まぁ、1日目に散々追い回されて僕が手を抜いてるということを知った上での拒否だろうね。いやぁ、あれは楽しかったな〜。
僕の指先から放たれた魔力の弾丸が、威力調節をあえて間違え地面を砕く。
「見つけるって…っぶな⁉︎」
「あ、ごめん。手が滑った」
「て、手が滑った…?何が起きたんだ?」
「ん?あ〜…実はね〜、さっきから魔力の弾丸を撃ってるんだよ〜。当たるとちょっとデコピンされたくらいの威力のやつをね」
「だから見えるようにって…つまり、さっきからずっとこれが飛んでたってことだよな?」
「そうね〜。見えるようになってれば見れたはずだよ」
だからそろそろちょっと威嚇射撃させてもらった。
こういうものを撃ってると分かれば、それを探そうと必死になるだろう。いっちゃんはもともと探知能力に関しては十二分に高い。意識するようになれば見つけるのは時間の問題だろう。
…というか、多分いっちゃんが感じる視線や気配っていうのはいっちゃん自身のそういう探知能力の一端のはずだから、それを十全に使えるようになればもっと色々と感じられると思うんだよね。拓巳がそういう関連のスキルを幾つか持ってたし、それを引き継いだものだと思うからさ。
「…っ」
「おやおや?いつにもなく真面目な表情だね〜」
「続き…頼む」
「ほ〜い」
銃を構え、銃口に合わせて魔力弾を撃つ。威力はデコピンよりちょっと痛いくらい。いっちゃんには常に銃口から外れるように言ってるから未だに一度も当ててはいないけど、一度でも当たっていれば魔力弾に気がつけただろう。
…予想外にもいっちゃんの身体能力が高かったせいもあるんだけどね。初日にいじめすぎて僕の言った事を忠実に守ってくれちゃうもんだから適当にやってる弾丸なんてあたらないんだよね〜。そこまで追い詰めてないんだけどなぁ…だって、せいぜい動きを先読みして自分から突っ込んでくるように誘導してタコ殴りにしただけだよ?ひたすらに。
「今13発…何発気がつけた?」
「…無理だ」
「撃ったタイミングも?僕は撃ったり撃たなかったりしてるんだけど」
しばらく撃ってから声をかける。
ついでとばかりにもう一発撃ち込んでみた。
「それなら多少…っ!あぶな⁉︎」
「おお〜。避けれるね」
意識すればやっぱりわかるようだ。
撃ったそぶりを見せた50回近くのうち、僕が本当に撃ったのは13発のみ。威力は高くないし、服に当たった程度じゃ気がつかないだろう。でも、撃った13回のうちの数回は本当に撃ったことに気がついて避けているように見えた。
一度理解できれば、あとはそれを意識的に探すだけ。そう言われても誰もかれもができるわけじゃないけど、いっちゃんはそれができるようだ。視線の先に確かに魔力弾があることが増えて来ている。
「油断大敵だよ〜?」
「やめて近づいて来たの新兄だろ」
「まぁそうね〜。さて、まぁそんなことはどうでもいいんだよ。これ、見える?」
「は?え?…いや、なにも」
「だろうね〜。じゃあ、ここに何かがあるのはわかる?」
「それなら…なんとなくでいいっていうならわかる」
「よろしい。第一関門突破かな〜?」
「…はぁ?」
惚けた顔をしたので銃口を向ける。
一瞬で飛び退いたその反射速度は褒めてあげよう。
「さて、じゃあまず話を進めよう。魔力っていうのは、そもそも視認不可能なものなんだよ」
「は?…見えるようになれっていったのは新兄だよな」
「まぁ、そのくらいの心意気で頑張って欲しいと思ってさ。別に見えなくっても感じられさえすればそれでこの訓練は問題ないんだよ」
「…そうか。それで?」
「魔力がどんなものかはわかったでしょ?」
「まぁ、多分」
いっちゃんが微妙な表情を浮かべたので、指を銃のようにしていっちゃんへ向ける。
指先に魔力を供給したところでいっちゃんが動いた。
…まぁ、及第点ってところかな?
「次は、魔力を自分の体内で探してみて」
「魔力を探すって…俺は魔術師の家系じゃないよな?あるのか?」
「あるね。僕はいっちゃんの保有魔力が見えてるから、安心して探してくれていいよ。今回は嘘ついてないから」
「……わかった」
「何さ〜、その疑り深い目は」
「新兄は自分の行動を省みるべきだと思う」
まぁ、否定できないね。
嘘ついているのは事実だし、まだ隠してることなんていくらでもあるし、それどころか今のだって嘘だし。
僕にはいっちゃんの保有魔力なんてものは見えてない。ただ、ステータス画面を呼び出すのと魔力を視ることができるだけ。どれくらいの魔力を持っているのかじゃなくて、どれくらいの魔力を持つスペックがあるのかと現在の魔力がどんな状態なのかはわかる。だけど、いっちゃんがどれほどの魔力を保有しているかはわからない。正確な数値化はできないのだ。人によって魔力の濃度は違うし、質も違う。それがこの世界においては顕著に現れる。実際、拓巳の魔力もこっちの世界へ戻って来た時に変質して、向こうの世界とは少し違くなっているし、僕は影響を受けないにしても僕の持ってた魔道具のいくつかには変化しているものもあるくらいにはね。
まぁ、要するに実際の魔力の量は本人にしかわからない。
僕がわかるのは総量と現在の状態。
「さぁ、やってみようか」
「…話逸らしたな」
「いっちゃんはどんな体勢でやってもいいよ。僕は定期的に邪魔するから」
「なんでだよ。自分の魔力を感じるのに邪魔は必要ないだろ」
「そうやってる間に敵に攻められても同じ文句を言うの?」
よく言うよね。
訓練じゃなくてこれが本番だと思ってやれ!みたいなさ。
僕はその考えが間違ってるとは言わないけど嫌いだね。だって練習だと思ってる方が気楽にできるし、なにより押し付けられてるみたいでいやだ。
「それとこれとは違うだろ」
「そうだね〜」
「…否定しないのかよ」
「しないよ。だってこれはただ単に効率を考えた訓練だからね〜。だって2つのことを同時進行するくらいできないと、魔術なんて使えないよ?動きながら詠唱は基本だからね」
「それはそうかもしれないけど」
「それに、敵に攻められながら魔力を動かす訓練にもなるし、奇襲への察知能力も上げられる。どう?効率的でしょ?」
「だとしても、初心者にやらす方法ではないよな」
「それがどうかしたの?」
初心者にやらせる方法ではないだろうけど、それは僕には関係ない。
僕は最速で最高の効果を得るためだけの訓練を課すのが当然だと思ってるし、たとえ別の方法でゆっくりやりたいと言われても聞く耳を持たないし、そもそもそんな余裕はない。
「…もういい。それでいい」
「よろしい。じゃあ、始めようか。実際のところ、僕にはちょっとこの先時間がないからこの先まで早く済ませてしまいたいんだよね〜。そこまでやればあとは反復練習と拓巳に押し付ければ問題ないようなものだし」
「親父に…?」
「ただの戦闘訓練だよ。大丈夫、拓巳はきっとうまく手加減してくれるからさ。ヒゥルと違って」
「はぁ…?」
「ほら、さっさとやっておくれ〜。さもないと魔力弾の威力あげるよ?」
「あれ以上って、銃より危険だと思うのは俺だけか…?」
「気のせいじゃな〜い?そんなこと考えてる暇があったら早く見つけて〜。ああ、もちろんちゃんと周囲にも気を張ってね?」
集中し始めたいっちゃんを見つつ、僕は玄丸に連絡を入れる。
使い魔からの情報を受け取り、計画は練った。懸念材料もいくつか残ってはいるけど、それは実行してみるまでわからないし、何より未来視なんてものができるわけでもないんだからそんなことがわかるはずもないし、しょうがないよね。そもそも未来なんてものは確定しないから見えるわけもないし。
だから、現在での最も成功に近づける方法を選んだ。
邪魔者はみんな消しとばす…なんて方法を取ってしまうのが一番楽なんだけど、この身体でそれをするのはいささか難しい。それにこの世界でそれをやるにはデメリットが多すぎる。
ゆえに、選ぶ方法は僕単体ではこなせないが、最も確実性の高い方法だ。
「…玄丸、邪魔しないでくれるかな〜?」
きっと優しい玄丸なら、僕がこれ以上協会から爪弾きにされるような真似をするつもりだとわかれば止めに来るだろう。表立って敵対こそしないが、きっと僕が裏で糸を引いていたのはすぐにわかるはずだ。確証は絶対に取れなくても、協会が僕をこのまま放置するとはとても思えない。
だから、先はない。
この件のゴタゴタ全てを片付けさせた後に僕を捕まえて殺す…協会ならやりかねないよね〜。協会だって一応人の集団だ。危険因子を嬉々として身内に置こうとは思わないだろうからね。
でもまぁ、今回は明確な悪は向こうといってもいいはずだし、情状酌量の余地はある。それに期待して僕がやばい人だって思われないように行動の機微にまで気を張っておいてはいるし?
「とりあえず、うまく正義の味方をやりましょうかね〜」
魔力弾をいっちゃんに向けて数発打ち込みながら呟く。
どれだけ相手を陥れられるかが重要だね。向こうは協会でも上層部に近い家だから、いかにして地位を落としてからたたき潰すかが今後に関わってくる。しかも、それを僕がやったと悟らせずに。
うまくいけば、悪いことをして協会を陥れようとした者たちってことで処分できるはず。
…さぁて、頑張ろうかな?
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