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12-1.退屈を差し出す




 新兄が結局落ちてから数時間ほど、ゲンマルさんと話した。

 どうやら、まだ俺が攫われたあの集団についてやっていたらしい。口止めされてると言って細かくは教えてくれなかったが、最近の新兄はその事件全てを片付けるために走り回っているとのことだった。

 …ほんの少し。いや…結構、自分勝手にも話を聞いてもらえなかったことに不満を覚えた自分を恥じた。



 「ああは言ったけど、疲れてるだろ…」


 だから、翌日に押しかけるのはどうなのかとも思うが、新兄がそう言ったから多少遅めにだが結局来てしまった。少しばかり申し訳なく、少しばかり不安で、少しばかり期待している自分についついため息が出る。

 歩道を歩いて、信号を渡り、住宅街を進むと紫陽花の綺麗な家が見えてきた。昨日は晴れていたのにその葉が濡れているところを見れば新兄が既に起きているということがわかる。

 …本当に体調を崩さないかが不安だ。新兄だって親父と同い年のはず。それがそんな無理な生活をしていても大丈夫なのだろうか?

 あの新兄だからと思いながらも少し心配している。


 

 「はぁ…俺はどうすればいいのだろうか」


 家の門を開け、家のインターホンを押す。

 しばらくしてからモニターのつく音がしたので名乗った。



 「新兄、俺だけど」


 プツッとモニターが切れ、足音がして扉が開く。

 だが、その扉からから見えた顔は新兄のものではなくて、俺の見たことのない男性のもの。黒髪で黒目なのだが、顔つきは日本人離れして整っていて、モデルだと言われても信じてしまうほどだ。



 「彩月様ですね?主から伺っています。どうぞ、おあがりください」

 「…その前に、お前は誰なんだ?」

 「申し遅れました。私はプロメテウス。主人の眷属の1人ですよ」

 「眷属…ってなんだ?お前はどう見ても人だろ?ということは部下か何かなのか?」

 「いえ、現在は人の形を取っていますが、私の本来の姿は妖精といった類に近いものです。眷属というのは神に天使が仕えるように、私たちは主に仕えているのです」

 「…?使い魔と何が違うんだ?」

 「使い魔との違いを大まかに言うのであれば、寿命と繋がりの深さですね。私たちは主が死ねば死にます。主から分かれた分体とも呼べる関係にあるのです。ですが、使い魔は契約によりその関係を維持しているにすぎません。その点において大きな違いがあると言えるでしょう」

 「な、なるほど…?」


 要するに契約があるから一緒にいるのが使い魔で、別に契約じゃなくても一緒にいるのが眷属?

 でも、分体みたいなものって言ってたから本体である新兄の一部なのか?新兄が死ねば死ぬということは分裂してる?



 「くふふ…いえ、申し訳ありません。少々説明が足りませんでしたね。詳しくは主にお聞きください。では、こんな場所で待たせるわけにはいきませんし、どうぞ中へ」

 「あ、ああ。お邪魔する」


 促されるままに中へ入り、靴を脱いでいつも連れてこられるリビングに通された。

 いつもは新兄がすでにいるが、今日は見知らぬ人と二人なために少し違和感を感じる。見知った人の家に知らない人がいると思ったより落ち着かないものだと思っていると、プロメテウスと名乗った青年は俺に声をかけてきた。



 「お茶請けはクッキーですが、飲み物は何がいいですか?なんでも構いませんよ」

 「なら、紅茶で」

 「承知しました。では、主を呼んできますので少々お待ちください」


 彼はお湯を沸かし始めると、部屋を出て行った。



 「…この部屋ってこんな感じだったか?」


 1人になったら、別に違和感を覚えた。

 久しぶりに来たからだろうが、いつもとどこか違うような感じがする。何故だか、見知らぬ場所にいるような、そんな不安を覚えた。俺が勝手に身構えているからだろうか?それとも見覚えない人がいたからだろうか?

 辺りを見回し、違和感の元を探す。

 小型扇風機が増えていたり、ゲームソフトの棚に物が増えていたり、壁のコルクボードの写真が増えていたり、本棚のファイルが増えていたり、他にもいくつかの変化した箇所を見つけた。

 だが、俺の感じている違和感はそういった些細な日常的な変化ではなく、もっと根源的な何か。それこそ、部屋が狭くなったとか…狭くなっている?



 「本棚…こんな位値だったか?」


 立ち上がり、壁に付けて配置されている本棚の前に立つ。

 そう。この本棚とテーブルとの間はもう少し広かったような気がする。確か、俺がここで寝転んでも多少の余裕ができるぐらいだった。なのに、今はその余裕がほぼない。それどころか寝転ぶのも難しいと思う。

 …本当に、部屋が狭くなっている?



 「ふぁぁ〜あ…おはよう、いっちゃん。そんなところで何本棚とにらめっこしてるの?」

 「お、おはよう。新兄」


 突然にドアが開いて角のついた青い怪獣を模したパーカーを着た新兄が入ってきた。

 今の新兄からは普段だったら気がつくはずの気配のようなものすら感じられない。どことなく、不気味に感じた。



 「…本当によかったのか?休んでないんだよな?」

 「いいよ〜、別に。こんなの昔より随分マシだからさ」

 「そ、そうか」

 「そうだよ〜。ほら、とりあえず座ったら〜?」


 俺が元のように座ったところでプロメテウスが紅茶とクッキーを運んできた。

 何故か俺を見ては笑いをこらえているようなのが気になる。



 「…ロメ、読心禁止〜」

 「失礼しました…くふふふっ」

 「は?読心?」


 読心っていうのは心を読むという意味であってるのだろうか?

 だとすれば、俺が考えていたことが全部筒抜けだったということ…だから笑っていた?確かに、俺が考えていたことに反応するように笑ってはいた気がする。



 「まったく。僕がいないからってふざけ過ぎ〜。いっちゃんからかうのもその辺にしてあげなよ?」

 「えぇ、承知しました」

 「…新兄、こいつはなんなんだ?」

 「ん?ああ、僕の家族だよ」

 

 俺がそう聞くと、新兄は嬉しそうにそう答えた。

 本当に疲れているらしくて、目の下に隈を作り少しばかり白い顔をしていたのだが、その時だけは随分と明るく見えるほどに。

 だが、どう見ても似ても似つかず、さっきこいつが言ったこととは異なる内容だ。



 「まぁ、正確に言えば家族のようなものってところかな。僕は家族だと思ってるんだけどさ〜、ロメとかが僕の方が上だってうるさいんだもん。知ったこっちゃないね!うん、ロメたちは僕の家族なんだよ〜」

 「ですから、私たちは主に仕えるものなんですよ?」

 「いいじゃないのさ。僕がそれを許してるんだから、ロメもそれで」

 「…この話はまた別の時にしましょうか。彩月様に御用件があったのでしょう?」

 「あ、そうだったね」


 本当に忘れていたかのように新兄はふとこちらを向いた。

 それと同時にそいつはキッチンの方へ歩いて行く。



 「さぁ、話を聞こうか」

 「あ、ああ」


 俺が新兄の方を向き真剣な表情をしたせいか、新兄もこちらへ向き直った。そして、クッキーをかじりつつ、俺の言葉を待っている。



 「俺は…そっちの世界に入りたいとはやっぱり思えない。もう、俺の体のことも知れたし、俺みたいな異物が世界にもいることがわかったからもう十分だと思ってる」

 「ほうほう。じゃあ、もう完全にこっちの世界とは関わらずに生きていくっていうこと〜?」

 「…いや、そうじゃない。俺はもうそっちのことを知ったし、そっちも俺のことを知ってる。だから、もう知らないじゃ生きられないだろ?」

 「別に〜?いっちゃんが望むなら、僕は世界中からこの前の事件の記憶を消してあげるよ。いっちゃんからその記憶だけ消してもいい」


 あっけらかんと新兄はそう言った。

 だが、俺はそれではいけないと思ってる。なにより、それでは俺が満足できない。



 「ダメだと思う。例え向こうが知らなくなっても、俺が気にする。俺が忘れても、また同じことを繰り返すと思う。だから、上手く生きる術を教えて欲しい。そっちの世界と上手く生きていく方法を、教えて欲しい」

 「…いいの?僕は割と色んなことができるし、その気になればいっちゃんの今考えてたこと全部覆して元のような生活に戻してだってあげられる。それに、こっちはもう戻れないよ?」

 「いい。俺は…また、比呂たちと楽しく過ごしたい。俺だけが知らないままの生活に戻りたくない。俺だけがぬくぬくと平和にいるのは…心苦しいんだよ」

 「ふ〜ん…まぁ、どうせそういうだろうとは思ったけどねぇ」


 新兄はどこか寂しげに、どうせこうなることをわかっていたかのような反応を返した。

 きっと親父もそうだったんじゃないだろうか?親父は正義の主人公のような性格をしていると、新兄が前に言っていた。

 …多分、どこか俺にもそういうところがあるんだろう。頑固で、負けず嫌いで、曲がった事の嫌いな親父のようなところが。



 「はぁ…じゃあ、それでいいって言うんだったら、僕も手伝いはするよ。僕が考えるに、いっちゃんに関わろうとする手を端から切れば平和に生きられる。それだけじゃなくこっちのことを知りたいって言うんだったら、こっちのことをちょっと勉強してみればいい。それ以外は比呂と情報の共有でもすれば、いっちゃんの望む生活は送れると思うよ」

 「…なんか、まともだな」

 「それはそうでしょ〜?だって、この世界は単純明快。強すぎる者にケンカを売るバカはいないのさ。だから、正当な手段で邪魔者を防げばいい。それが一番賢くて楽なやり方だよ」


 新兄は至極当然のことをいうかのようにそう言う。

 確かに、それが正解ではあるのだろうと俺も思ってしまった。事実、俺に関わる側がいなければ平和に生きられるし、俺が比呂と元どおりではないにしても気軽に話せるように戻るにはそっちの世界に自ら踏み込むより他ないだろう。



 「…それでも、十分に俺が苦労するんだよな」

 「当然でしょ〜?こっちに関わるんだから、今までに加えてこっちの世界の2つの世界で生きていくことになるんだよ」

 「そうだよな…」


 改めて言われて自覚する。

 俺はこれから二面生活のようなことを始めるのだ。だから、今までより苦労するのは当然のこと。

 



 「…具体的に、何をするつもりなんだ?」

 「具体的に〜?そうだねぇ…」


 そのまま鵜呑みにはしない。

 比呂が言ったように、新兄は俺らにそういうことに対処するところを一切見せていないのだから。

 きっと、この先は新兄の裏の部分だと思う。

 


 「まぁ、普通にいっちゃんと特訓かな〜?」

 「特訓…て何をするんだ?」

 「戦闘訓練をメインに、うまく面倒ごとから逃げる方法とか、適切な威圧の仕方とか?」

 「…わかった。それで、俺がそれを誰から教わるんだ?」


 思ったよりおかしくはない。

 異常でもなければ、異様でもない。いたって普通な、想像に易い事。

 …これは、新兄をこのまま頼ってもいいのではないだろうか?

 何もかもを気にせずにいくわけではないが、ひとまず新兄に従ってみようかと思った。



 「どうする〜?僕が付き合ってもいいし、そういうことに長けた他の人に任せてもいいよ?」

 「…ちなみに、その他の人って誰なんだ?」

 「え?あ〜…いっちゃん知らないかなぁ?1人は李川先生っていういっちゃんの高校の教頭先生。もう1人はそこの神社の恋だね〜」

 「…多分知らない。李川先生ってのは多分わかったけど、どっちも関わりはない」

 「だろうね〜。で、教わるんだったら誰がいい?会ってみてからってのでもいいよ〜」

 「…新兄でいい」

 「そ。じゃあ、いっちゃんが教わる気になったら僕がやってあげるね〜」


 新兄はそう言いながらニコニコと笑っている。

 ちょうど、後ろからプロメテウスが皿を持って戻ってきた。



 「主、朝食には少々遅いですがパンケーキです。はちみつはここに置いておきますので」

 「ほ〜い。ありがとね〜」


 淵に金色の模様の入った皿に乗せられたパンケーキは、ふっくらと焼かれていてカフェなんかで出てきてもおかしくないほどの出来だった。

 何も言われていなかったのにこういうことをしているところを見ると、さっき言っていたような新兄が上の立場関係を感じる。まるで、執事や使用人かなにかのようだ。

 


 「なぁ、新兄」

 「ん〜?」

 「俺に、魔術のこととかそういうことを教えてくれないか?」

 「ひひほぉ〜」

 「…せめて口の中が無くなってから喋れよ」

 「ん…いいよ。まぁ、どうせそろそろ頼りに来る頃だと思って待ってたわけだしね」


 新兄が手招きすると、プロメテウスは俺の後ろの本棚に近づく。

 そして、よくあるような隠し部屋への扉を開くかのように本棚に入っていた本の一冊を押しこむと、本棚の真横の床がカチッと音を立てて少し持ち上がる。それを持ち上げれば、そこには階段があるのが見えた。



 「そこの下。ちょうど地下に200mくらいかな?そこを中心に僕の作った部屋があるんだ。まぁ、半分以上は趣味とかだけどね。ロメ、案内してあげて」

 「承知しました」

 「そこの一つに訓練用の部屋があるんだ…まぁ、本来は魔法を実験的に撃つための部屋なんだけど。そこで訓練するから、先に行ってて」

 「い、今からか?」

 「何事も早いに越したことはないでしょ?」

 「それは…」

 

 確かに早いほうがいいのは理解できるが、今突然と言われると少し気後れする。

 何をさせられるのかもわからないままにいきなりおかしな部屋に連れて行かれるのだから気後れしないほうがおかしいとも言えるが。



 「ほら、僕はこれ食べたら行くからさ〜」

 「………わかった。先に行ってる」

 「では、ご案内します」


 俺は結局それに従う。

 立ち上がり、背の高いこの男の後ろについて降りる階段はひどく不気味だった。


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