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11-1.退屈を返上する




 リュックサックをロッカーにしまい、窓際の一番後ろの席に座る。

 いつものようにカーテンを閉め、机に突っ伏し時間が過ぎるのを待つ。だんだんとクラスの人が増えていき、聞こえる声が増え、俺に向かう視線が増えたり減ったり。



 「よっ、いっちゃん。おはようさん」

 「おはよう」

 

 近寄ってきた視線が俺のそばで声を出した。

 顔を少し上げれば見知った顔。



 「どうした?寝不足かー?」


 比呂が俺の顔を覗き込むように顔を傾ける。

 学校が再開し、何事もなかったかのように俺の退屈は戻ってきた。

 両親が異世界帰りと異世界人で、友人が魔術師で、慕う兄貴分は普通からはかけ離れた魔法使いだったが、俺の退屈は帰ってきた。



 「…まぁ、な」

 「どーせ昨日もインしてたんだろ?隈ができちまうぞ?」

 「そうだな。少し気をつけたほうがいいか」

 「おっ?珍しく素直じゃん」

 「雨で頭が痛いから反論する気が起きない」


 梅雨も時期に開ける頃だが、ジトッとした雨はここ数日降り続いている。気圧のせいか、頭がズキズキと痛んだ。

 きっと普段なら新兄が癖っ毛がうっとうしいと愚痴を垂れている頃だろう。



 「あー、雨だもんなー」

 「そういうことだ」

 「そっか。じゃ、騒がず俺は席に戻ってるわ」


 比呂が雨がウザいと騒ぎまわっていることだろう。

 …きっと、いつもなら。

 そう言うと比呂は自分の席へと戻ってしまう。



 「…はぁ。なんだろうな」


 窓の外に視線をやる俺を見る視線を幾つか感じる。

 自分に似た人がいる可能性を知り、自分の体の事情を知り、近しい人の秘密を知った。俺を悩ませてきた問題はほぼすべて消えた。向こう側からの干渉はあれ以来なく、平凡な日常が続いている。

 あぁ…退屈だ。

 俺を悩ませることは何もなく、静かに時間だけが過ぎ去っていく。



 「退屈だ」


 そう、退屈だ。俺は退屈に過ごしたかった。

 なのに…なぜ俺は今こんなにもたまらなく憂鬱に感じるのだろうか?

 来る日も来る日もどこか色あせた日常。ゲームをしようと遊びに出かけようとこの感情は揺るがない。

 …いや、わかってはいる。俺は今までその退屈を充実した生活の中に持っていた。それが充実しない生活へ変わったから本当に退屈になってしまったのだ。飽き飽きするほどにつまらない物事も、比呂たちの楽しそうな表情で楽しめた。騒がしい日常が、俺の生活を彩っていた。

 


 「…あと1週間で夏休みだな」


 比呂は今までと変わらず(・・・・・・・・)楽しそうに過ごしている。

 …だが、俺にはそこに違和感を覚えざるおえないのだ。あの向こう側の世界を垣間見るたびに、何かが違うと現実を拒否する。”どこか違う”と、そう感じてしまう。だから、今までみたいにはなれない。

 そうした違和感が俺の態度に出ているのだろう。俺たちはどこか崩れていた。

 ふと顔を戻すと美耶がこちらを見ている。

 その表情は不安げで、不満げだった。



 「どうかしたの、いっちゃん?最近沈んだ表情してるよ?」

 「普通に疲れがたまってるだけ。大丈夫だから」

 「でも…ううん。いっちゃんがそう言うなら大丈夫だよね!ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、さっさといつものいっちゃんに戻ってね」


 きっと、一番心配をかけてるのは美耶だ。

 ギクシャクした俺らに挟まれて、一番辛いのは美耶のはずだ。



 「ああ、そうする」

 「それと!比呂とも早く仲直りしなよ!」

 「…そうだな」


 振り向きぎわにそう言われてしまった。

 それほどまでに俺らはおかしいのだろう。それほどまでにいつもと違うように見えるのだろう。

 見かねてそう言ってしまうほどにまで。

 …どうしてそうなってしまった?俺は退屈な日々を取り戻したかっただけのはずだ。今まで通りの、愉快な日々を。


 

 「違う…」


 そう。俺の退屈はこんなもののために取り戻したのではないはずだ。

 もっと騒々しくて、煩くて…それでいて、愉快な日常が俺の望んだもの。たわいのない、くだらないありふれた日常。

 なら、どうすればいい?

 俺はそれを取り戻すためにどうすればいい?

 …結論は出ない。だが、このまま夏休みに入っては絶対にいけないと思う。夏休みに入れば比呂たちと会う機会が減る。そのまま期間が空いたなら、きっとこの亀裂は埋められないものになってしまう。

 だからこそ、どうにかしないといけない。



 「…考える、か」


 あの日、新兄は俺に考えて欲しいと言っていた。比呂も、それに同意していた。

 …その答えは未だ得ていない。

 自分なりの答えを得ようと、考えてみた。話も聞いたし、知るために動きもした。さらには親父ともう一度話し合ってもみた。

 だから、理解はできている。自分の置かれている状況、これから起こる可能性のあること、どうしてこうなったのかの経緯…自分で納得がいくまで考えた。なのに、その答えは未だに得られない…新兄の真意が理解できない。

 俺に考えて欲しいと言っていた。これからのことを自分で選べと言っていた。



 「選んでどうすればいい…?」


 言っていた意味はわかる。

 確かに俺が巻き込まれたのは不可抗力で、俺が自ら望んだわけじゃない。だから、知った上でそれ以上踏み込みたいのかどうかを考えろということだろう。

 …正直に言えば、これ以上踏み込みたいとは思わない。だが、踏み込まないでこれをどう解決すればいい?俺と比呂との間の亀裂はそちらの世界を俺が拒否しているからだ。それを受け入れない限り、おそらく解決はしないだろう。

 


 「踏み込まないで…受け入れるためには」


 知ってしまった以上、知らなかったことにはできない…いや、そういう魔術もあるのかもしれないが。でも、少なくとも俺は忘れたいとは思わない。 

 俺はこの体のことを知れた。他の脅威にさらされる可能性があることを知ったが、新兄が守ってくれているということも知った。それを忘れてまで元のような生活をしたいとは思えない。

 だから、受け入れなければならないだろう。

 …それに、それを拒否してしまう理由にも自覚はある。比呂がそういう生活をしているのに、自分だけがのうのうと生きているのを許容できない自分がいるからだ。知っているのに他人任せでいることに忌避感を感じる、罪悪感を感じる。

 


 「…新兄に、か」


 話し合ってみるべきだろう。

 そちら側の世界に踏み込まず、うまく付き合う方法について。

 あれから、新兄とゲーム外で会っていない。どうやらうちの店にも来ていないらしく、忙しくしているようなので会えるかどうかはわからないが、話してみるべきだろう。

 ゲーム内で魔術とかについて話を数回聞いた。実はギルドが俺以外全員向こうの世界に関わっていたというのには驚いたが、それでも新兄がかなり俺のために多くのことをしてくれていたことをワインやゲンマルさんから聞くことができたのだから、むしろ運が良かったのかもしれない。

 彼らから聞けた話では、新兄は俺や俺の両親のためだけに向こうの世界に関わっていたらしい。初めは彼らが新兄と口裏を合わせているだけの可能性も考えたが、間違いなくそんなものではないと途中から確信できる程度には現実味のない話だった。



 「話をして、どう返すんだろうな…?」


 新兄たちが異世界へ喚ばれたのはちょうど俺と同じくらいの年齢の頃。

 ゲンマルさんから聞いた話ではそれは事実であり、それと同時にそれだけではない。新兄たちはその約1年後にももう一度異世界へ喚ばれている。その際にその事実が魔術師関連に伝わり、そこから新兄は向こう側の世界に踏み入るようになったらしい。しかも、異世界へ呼ばれた人数をどう誤魔化したのか、同じく異世界へ喚ばれた魔術師と10名程度だと偽って。

 魔術師達は最初、その”向こう側へ喚ばれたほんの数人”を未知の知識を持つ研究対象の一つとしか考えていなかったらしい。だが、どうやってもそのほんの数人を知ることはできなかったそうだ…魔術師に関わってきた唯一の人物であった新兄を除いて。



 「いっちゃん?どうしたんだ、難しい顔して」

 「…いや、なんでもない」

 「なんでもないって…まぁ、いっちゃんが大丈夫ならそれでいいんだけどよ」

 「そうか」


 いつの間にか朝のH・Rが終わっていたらしい。

 それに気がつかないほどに考え込むなど、本当にこの日常を取り戻した意味を問いただしたい気分だ。早く解決しよう。



 「はぁ…ほら、次体育だぞ。早く着替えちまえよ?」

 「ああ、そうだな」


 立ち上がり、制服から体操着へ着替える。

 ふと、親父が帰ってきてから身体能力のせいで体育があまり楽しくなかったと言っていたのを思い出す。

 …それは今の俺のような気分だったのだろうか?周囲の見え方が変わったから、自分を異物のように感じるから、退屈になってしまったのだろうか?

 

 

 「…なぁ、比呂は体育を俺とやってて楽しいのか?」

 「え?突然どうしたんだよいっちゃん」

 「前に俺の体のことは聞いただろ。そんな理不尽な身体能力の俺と一緒に体育の授業をやっても楽しいのかと思っただけだ」

 「あー…普通に楽しいぞ?なんて言えばいいのかなー………あ、すげぇスポーツ選手と一緒に授業やってる感じ?見てて痛快だし、それが自分の親友だって言うんだからむしろ誇らしいくらいだな!」

 「…そうか」


 久しぶりに比呂の目をしっかりと見て会話をしたような気がするが、その目はしっかりと俺を見ていた。

 避けているようになっている自分が恥ずかしくなって目をそらし、制服をロッカーへ放り込んだ。

 そう…余計なことを考えているのは俺だけ。無駄に深く考えるから、気まずく感じて、後ろめたく思って、被害妄想して自分を追い詰める。



 「ほら、早く行こうぜ?」

 「わかってる」


 別に比呂は俺を避けていない。 

 俺が比呂を遠ざけているだけだ。俺が関わりたくないとでもいうような態度をとるから比呂が俺と話すことをやめる。俺が考え込むのを察して、俺に時間をくれる。

 ならば、そんな無駄な行き違いをいつまでも続ける必要はない。俺が決意して、行動に移せばいい。ただ、それだけのこと。

 


 「比呂、新兄が今日どうしてるか知ってるか?」

 「ん?あー…いや、知らないけど、それがどうかしたかー?」

 「話がしたかった。俺には起きたことを忘れるなんて器用なことはできないし、なかったかのように過ごすなんていうこともできない。だから」

 「…新兄なら何かって?」

 「ああ」

 「………一応言っておくけど、俺はオススメしないからな」


 比呂は苦い顔だった。

 それを望まないが、それ以外の方法を提示できないことから来るのだろう。



 「新兄に相談することが、か?」

 「それもあるけど、その顔からしてこっちに踏み入るつもりなんだろ?」

 「…ああ。うまく、関わる方法を考えるつもりだ」

 「まぁ、新兄に相談すればきっとちゃんと答えてくれるだろうな…」

 「何か言いたいことがあるのか?」


 比呂の表情は思わしくない。

 新兄に相談すれば、答えが返ってくるということを想像した上での表情なのだろう。俺は頼り切るつもりはないし、その答えを鵜呑みにするつもりはないのだから完全に否定するようなことではないはずだと思うのだが。



 「…あれからな。俺、1回いっちゃんの親父さんに話を聞いたんだ。新兄が魔術師たちの中でどういうことをしてるのかとかも知ってるのかって」

 「そうか…それで、何が聞けた?」

 「少しも知らないってさ。多分、新兄はいっちゃんの親父さんのことを一番信用してると思う。新兄が誰かのことを”親友”だなんていうのはそれ以外1度も聞いたことがないから」

 「…確かに聞いたことはないな。それがどうかしたのか?」

 「新兄はさ、そんな人にすら自分のやってることを話してない…正直、俺はそういう新兄の面を怖いと思う。新兄は自分の気に入った人に自分の汚い面を一切見せたがらない。いっちゃんがすることはそこに踏み込むってことに近いと思う。だって、そういうことだろ?」

 「…確かに、それはそうだな」


 俺らが知らない、新兄の顔…極悪非道で、残虐卑劣で、悪逆無道な新兄の顔。

 新兄にうまく生きる方法を聞くということは、それの一端を知るということに近いのかもしれない。



 「だから、俺はあんまりオススメしない…でも、それ以外の方法も俺は知らない。俺から言えるのは、ちょっと気をつけろってことぐらいだ」

 「…そうだな。気をつける」

 「その方がいいと思う。俺は魔術師としての新兄も知ってはいるけど、その魔術師としての人物像は全く知らない…というか、多分知ってる人もほとんどいないと思う。だから、いつもの新兄だと思わない方がいい、と思う。あんま言いたくないけど」


 初対面の人と話すようなつもりで、少し気を張っていくべきだろうか?

 その日は結局そんなことを考えるうちに学校が終わり帰宅した。


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